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03 苦い思い出

「戌井さん、お客様がお見えです」


 昼を少し過ぎた頃、警察署でカップ焼きそばを啜っていた戌井のもとに、予定外の来客が訪れていた。

 恐らくはまだ若い、大学生くらいであろうか。気弱そうな青年がぽつんと入口の近くに立ち尽くしていた。


 青年は戌井の姿を認めると、ぺこ、と頭を一度下げてから顔を挙げる。


「あ——」


 戌井は立ち止まり、敬礼ではなく深々と頭を下げた。


「お久しぶりです、戌井さん。僕のこと、覚えてましたか」

「もちろん。その節は——力になれず本当に申し訳なかった……」

「いえ、戌井さん達は頑張ってくれたと思います」


 来客者のネームカードを提げた青年は、ゆっくりと戌井に歩み寄る。

 2人は警察署のすぐ外側にあるベンチに腰掛けると、戌井は胸ポケットからタバコを1本取り出した。


「僕も1本、良いですか」

「……そうか、陽平くんももうハタチ過ぎたのか……」

「7年、経ちましたからね。僕ももう21歳です」


 馬渕陽平は、戌井海斗が刑事になる前に知り合っている。

 きっかけは、陽平の父の失踪であった。

 当時、生活課に配属されていた戌井は、失踪事件の捜索要員として現場にでていた。

 付近住民への聞き込みに加えて、家族として陽平への事情聴取も行っている。


 まだ中学生だった陽平は、突然の父の失踪で強いショックを受けていたが、陽平の母が寝込んでしまっていたため、警察への対応は陽平が一人で行わざるを得なかった。


『いいか、警察は君の味方だ。警察を頼りなさい。俺でよければ、いつでも話を聞く』


 そう言って陽平を励まし続けていたが、捜索が1年続いた後に自発的失踪であろうと結論付けられ、さらに戌井が刑事課へ配属されて以来、ほぼ没交渉となっている。


「この前、父が失踪して7年になりましたので……死亡扱いになりました」

「陽平くん、申し訳ない。俺達警察がいながら——」

「ただですね、戌井さん」


 ふぅ、と陽平は煙を吐き出してから、顔を戌井へと向ける。

 まるで助けを求めるかのような、切羽詰まった表情だ。


「この前、テレビで父とよく似た人が写ったんです。いや、よく似てるじゃない。あれは間違いなく父です。7年経って老けてましたけど、アレは絶対に父でした」

「テレビで? それは、何かの番組でインタビューを受けたとか?」

「いえ、旅行番組でした。何とかっていう芸人さん達があっちこっち食べ歩くっていうやつで。それでたまたま見てたら、画面の奥の方に父が映ってたんです! 知らない女と一緒でしたけど、あれは間違いなく! 絶対に父でした!」


 次第に陽平の声が大きくなっていく。

 

 陽平の父、陽一が失踪したのは今から7年前のことだった。

 いつも通り会社へ向かったはずの父。

 昼頃に陽平の母が、陽一の勤め先から連絡を受けたのは昼過ぎのことだった。


『馬渕君が出社していないが、ご在宅ですか』


 という問い合わせの連絡だった。

 父陽一が仕事でトラブルを起こして、連日残業が続いていた時期のことだった。

 その日の夜、警察に通報したのは一人息子の陽平である。

 陽平の母はパニックを起こしてあちこちを走り回って探した挙句、倒れて寝込んでしまった。


「母も一昨年死んで、もう僕以外父のことを覚えてる人もいなくなりました……もしアレが父だとしたら、会いたいんです。会って話したいんです、聞きたいんです! どうして僕と母を捨てたのか! この7年間、どんな思いで生きてたのか、どうしても知りたいんです!」

「陽平くん、分かった。まずは落ち着け」


 まるで長身の戌井にすがりつくように、ジャケットの袖を握った陽平は、うつむいて肩を震わせていた。

 父親が失踪した、ということからも、彼のこれまでの7年間の人生が容易ならざるものであった事は想像に難くない。


 保険金が掛けられていたとしても、『死亡』と法的に宣告されるまでは保険金は降りない。そればかりか、掛け金の払込を続けなければならない。

 陽平の祖父母は、父方母方共にすでに死去していた。彼らの残したいくばくかの遺産があったからこそ、陽平は高校を卒業して働けるまで暮らして来られた。

 母が死んだのも、なかば自死のようなものだ。オーバードーズによる急性中毒だったという。


「まずは、その番組から調べてみよう」

「調べて、くれるんですか……?」

「調べるさ。ようやく手がかりが見つかったんだ。よく知らせてくれた。必ず俺が調べる。だから陽平くん、その番組が何月何日に放送された、何という番組だったのか。そこを教えてくれ。テレビ局に問い合わせれば、ロケ地もわかるだろうし、放送したデータももらえるかもしれない」

「はい、あの、一応メモをしてて——」


 陽平が手帳を開き、走り書きのメモを戌井に手渡した。


「奥多摩……か……」


 戌井が勤務する署でも、このところ立て続けに起きている失踪や行方不明事件についての話が取り沙汰されている。

 おもに西東京で起きているもので、おもに成人の男女が相次いで行方不明になっている、というものだ。

 

 そのいずれもが、陽平の父と同じく『ある日突然、何の前触れもなく失踪して行方がまったくわからない』という消え方である。


「よし。陽平くん、この名刺に俺の携帯の番号が書いてある。何か情報が分かったら、何でも良い。何時でも知らせてくれ。俺もこれから上に掛け合って捜査を始められるようにする。今度こそ、君のお父さんを見つけてみせる」

「はい、お願いします……あの、僕もその、勤め先とかがあってあんまり頻繁に連絡は出来ないんですけど——」

「構わない。俺の方は何時でも良い。あぁ、でも陽平くんにはあまり頻繁に連絡しないほうが良いか。SMSなら大丈夫か?」

「はい、メッセージなら。返信は遅れると思いますが」

「分かった。何か分かったら必ず共有する」


 戌井は指に持ったままのタバコを思い出したのか、自分のタバコと陽平のタバコの先に火をつける。

 思い切り、肺の奥まで煙を吸い込むという極めて健康に悪い吸い方の後、戌井は豪快に煙を吐き出す。


「今度こそ見つけてみせる」


 そう呟いた戌井の言葉は、陽平に向けられたものではない。

 まるで、自分を奮い立たせるための言葉であるかのようだった。

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