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02 ストーカー

「たっだいまぁー。……って何? どしたの皆? 暗くない? え、誰のお葬式ぃ?」


 豪快にドアを開けて店に入ってきたのは、まるで子どものように小柄で、子どものように童顔ながら夜の蝶らしきドレスを纏った女だ。


「あぁお帰りチーママ」

「あ、タヌさんいらっしゃぁい。ほらほら、ミマちゃんお酌したげて? どんどん飲んでってねぇ? ……んで? どしたの? 何この空気」


 賑やかなチーママ、伊立(いたち)麻子(あさこ)はくりくりと大きな目を動かして薄暗い店内を見回す。

 相変わらず満員御礼とは程遠い店内のカウンターには田貫と、テーブル席には開店以来の常連である老人が座っているだけだ。


「ほら、こないだ刑事さん来たでしょ? あの人がね」

「あー! あのコワい刑事さん!? アナグマさんの!? っていうかストーカーの!?」

「そうそう。結局穴熊さんねぇ、他にも色々やらかしてたんだって。クスリなんかも。実刑間違いなしみたいなこと言ってたわねぇ」

「あちゃあ、やっぱそうだったかぁ。やー、私もあの人怪しいって思ってたんですよねー」


 実に軽い調子で賑やかに喋りながら、カウンターの奥に入っていく。

 

 どこからどう見ても未成年、見方によっては『キャバ嬢のコスプレをした中学生』にも見える彼女は、立派に成人している。

 テーブル席の老人にひらひらと小さな手を降ると、老人は嬉しそうに手を振替した。


「マコちゃん、今日もカワイイね? 何歳になったんだっけ?」

「うっふふ、私18ちゃい♡」


 マコちゃん、というのは伊立の源氏名である。

 下の名前『麻子』を読み替えたもので、ちなみにママの源氏名は『タマさん』だが、従業員も客も彼女のことは『ママ』と呼ぶため、ママの源氏名を知らない常連も多い。


「マコちゃんも18歳のベテランだね? 18歳やって何年目だい?」

「えー? 忘れちゃった」


 ケラケラと軽く笑い、カウンター奥の冷蔵庫に何かをごそごそとしまい込む。


「それでそれで? アナグマさん結局なにやらかしたの? ね、タヌさんも巻き込まれちゃったんでしょ? やっぱアレ? 取り調べ室はカツ丼食べ放題ってホント?」

「い、いや、チーママちょっと近い。あとカツ丼とか出なかったから」

「取り調べでカツ丼……日本の警察のオ通しでスか?」

「ほらチーママ、ミマちゃんが混乱してる。変な情報教えないで」


 田貫と美真がそろって困った表情を浮かべるなか、チーママのマコだけは明るく笑っている。

 

「ねー鶴岡さぁん、私も一杯もらっていーい?」

「あーもちろんもちろん! ママもミマちゃんも、どうぞ一杯やって」

「やったぁ! 鶴岡さん大好きぃ!」


 鶴岡、と呼ばれた老人は上機嫌で赤ら顔をシワだらけにして笑い、カウンター奥の3人に酒を振る舞う。

 こういう店では客どうし素性を探り合うのはマナー違反である。田貫も鶴岡も、お互いどんな立場でどんな仕事をしているのかなどまったく知らない間柄だ。


「田貫さんも災難だったよねぇ。まぁ穴熊さん、なんていうかこう……人柄もアレだったしねぇ」

「ねー? 私穴熊さんに何回か胸揉まれたし、お触りNGだって言ってんのに」

「あらやだマコちゃん、そう言うことちゃんと報告して? そしたらさっさと出禁にしたのに」

「だってぇ、胸触らせたら高いワイン入れるって言ってたから」


 ちら、とマコがカウンター奥の棚に置かれたワインのボトルを指さした。

 1本7万円という、店でも最も高い酒だ。


「あ、そだ! 私のおっぱいで入れたワインだもん、穴熊さんもう来ないんだったら、私が飲んじゃってもいいよね? ねっ? ママ?」


 ふぅ、と呆れたようなため息をついて、ママの木常は苦笑を浮かべる。


「まぁそうね。栓も開けちゃったし。とりあえず田貫さんの釈放祝いってことでみんなで飲みましょうか」

「いやママ、私は捕まったワケじゃ——」

「ミマちゃん、あのワインとってもらえる? ジェニーが来てみんな揃ったら、空けちゃいましょ」

「えーママ、私のワインなのにぃ」

「はいはい、穴熊さんが最近入れたお酒、まだあるでしょ? 山崎の12年とか、VSOPとか。この辺もおいおい皆で飲みましょ。ワインは開けたら早めに飲んだほうが良いんだから」


 マコは不満そうに頬をふくらませる。

 このころころとよく変わる表情に子どものような顔立ちは、チーママのマコが人気ナンバーワンである理由のひとつでもある。


「チーママも飲みすぎないようにねぇ? 最近ほら、何かと物騒らしいからね」

「あー知ってる知ってるぅ。行方不明? あれ? 失踪だっけ? なんか色々あるんでしょ? っていうか失踪と行方不明って違うんだっけ?」

「違う違う。行方不明は、原因がわからないままいなくなっちゃうこと。失踪は自分の意志でいなくなっちゃうこと。だったかなぁ? どうだっけ? 田貫さん?」

「えっ?」


 突然店の奥の老人から話を振られた田貫は、今度は困り果てた視線を真正面にいるミマへと向ける。


「えと、すみマセん、わかラないです……」

「だ、だよね? ゴメンねミマちゃん。私も分からんようなことで……鶴岡さん、いきなり振らないでくださいよぉ」

「やーごめんごめん、ちょっと気になっちゃってねぇ。ほら、最近都内で増えてるって話だしさ」


 鶴岡とチーママのマコが語る失踪事件は、確かにここ数ヶ月東京都内で頻発していた。

 ニュースでも時折報じられているが、そのほとんどが『成人が自分の意志でいなくなった』事件性のないものとされており、報じられるのは未成年に関わるものだけだ。


「チーママはねぇ、ほら、子供っぽいでしょ。拐われちゃうよ?」

「やだ鶴岡さん、ロリコン?」

「男はね、みんな若い子が好きなんだよ。あ、ママも若いしジェニーちゃんも若いよ」

「あら、相変わらずお上手だこと」


 ママは妖艶に笑いながら、カウンター奥でワインに合わせるサラミを切り分け始めた。


「そう言えばマコちゃん、ジェニーは? 一緒じゃなかったの?」

「あぁ、ジェニーちゃんならもうすぐ——」


 からん、と軽い音をたて三度ドアが開く。

 現れたのは、浅黒い肌に長身、ショートカットにエキゾチックな顔立ちの、スナックFOXでのセクシークイーンことジャネット・テン。源氏名ジェニーである。


「ごめんなさいママ、遅くなっちゃって」

「いいのよ。ほらジェニー、サラミ配って。穴熊さんのワイン、空けちゃいましょ。もったいないわ」

「え? 良いの? やだぁ私こんな高いワイン飲むの初めて!」


 ボトルの中身を均等に分けたグラスが行き渡ると、チーママ、マコの可愛らしいソプラノの声が狭い店内に響く。


「じゃあタヌさんの釈放を祝ってぇ?」

「あの、だからチーママ?」

「かんぱぁーい♪」


 田貫の訴えは、敢え無く高級ワイン、シャトー・マルゴーに押し流されてしまった。

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