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33 道場

「警視庁です。麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で家宅捜索します。はい、では全員、手を上に上げて何にも触れないで。パソコンは起動したままにしておいて下さい、全員席から離れていてください。責任者の方はいらっしゃいますか」


 奥多摩の山中、非常に狭い道を通り抜けた先にあったのは、プレハブが連なった建物だった。

 ひときわ広いプレハブからはガタガタと騒がしい足音と声が響いてくるが、すでに周囲は大勢の警察官に取り囲まれている。

 逃げ場などまったくない状況がすでに出来上がってしまっていた。


「こ、これは、これは何事だ!」


 どたどた、と騒がしい足音を立てて駆け寄ってきたのは、白い和服に袴姿のでっぷりと太った男であった

 見事な造形の二重顎に、首というものの存在が疑わしいほどに丸い体格で、肩が上下するたびに『ぶふぅ』と妙な息を吐く音が聞こえてくる。


「失礼、こちらの責任者の方ですか」

「そ、そうですが、あの、これは一体どういう事ですか! 何なんですかいきなり! 警察を呼びますよ!」

「はい、その警察です。こちらは裁判所が発行した家宅捜索令状です。では責任者の方も一旦外へ。戌井くん、ご案内してお名前とご事情を伺っておいて下さい」

「うっす、じゃあこっちでハナシしようか。はいコレ、警察手帳ね。じゃあこっち、警視庁のハイエースあるからな」

「ま、待って、待ってくれ! 何だ、何の話だ!? 何でこんないきなり!」


 喚き立てる二重顎の男は、戌井に肩を掴まれるようにして、少し離れた場所に止められているハイエースに連れ込まれていた。

 やれやれまったく、と呟きながら二人の後ろ姿を見送った熊川は、大勢の警察官に手際よく指示を出す。


「おい窓! 窓開けろ! 早く! すぐ開けるんだ!」


 制服の警察官が、最も大きな建物の窓から顔を出して叫ぶような声を出した。

 咳き込むような声が何度か続き、大きなプレハブから数名の警察官が苦しげに咳き込みながら出てきた。


 くん、と熊川が大きく鼻で息を吸い込むと、巨体から拡声器を使ったかのような声量で雄叫びのような声を上げた。


「救急車を! すぐに換気をしなさい! 大麻です!」


 最も大きな建物の中は、白い煙が充満している状態だった。

 踏み込んだ警察官は、無防備な状態で乾燥大麻を燻した煙を吸い込んでしまったのだ。

 数名が倒れ込んだのを合図にするように、小さなプレハブから何人か白装束の男女が駆け出してきた。が、いずれも周囲を経過していた警察官に取り押さえられる。


 外の騒ぎを耳にした戌井は、まるで唸り声を挙げる軍用犬のように、ハイエースの後部座席に押し込まれた二重あごの男を睨みつけた。


大麻(ハッパ)か、随分ナメた真似してやがるじゃねぇか。あ?」

「し、知らん! 私は知らん! 大体何の話だ! 日本には信教の自由という物があって、我々はただ御仏の貴い教えを——」

「そのミホトケのトウトイオシエとやらには、葉っぱキメろとか書いてあんのか? お前らの道場とやらにな、クスリが運び込まれてたってぇネタぁもう上がってんだよ。どこにあるんだ? そのおクスリは」

「知らん! 私は何も関係ない! そもそも、何の権利があってこんなことを! 警察の横暴だ! 差別だ! 人権蹂躙だ!」

「見なかったのか? 裁判所が発行した家宅捜索令状。何の権利が、か。教えてやるよ、法律できちんと認められた警察の捜査権だ。裁判所が許可したんだよ。お前らがヤクを取り扱ってる合理的な疑いがあるから、お前らの家、施設、設備、道場、まぁ呼び名は何でも良いか。とにかくお前らの()()を徹底的にガサ入れして来いっていう許可をな」

「わ、我々は、我々はただ信教の自由を——」

「自由には責任ってモンがセットになってついてんだよ。で? どうする、この場で快く捜査に協力するか、全員しょっぴいて留置所で快適な尋問をお楽しみ頂くか、選んでいいぜ? とりあえずあんたの名前と立場は? おれは警視庁第三西東京署、刑事課の戌井だ」


 顔中に汗をじっとりとにじませた男は、歯ぎしりの音が聞こえそうなほど歯を食いしばる。


「ま、名乗らなくても良いけどな、快く話したくなるまで留置所で泊まってくか?」

「わ、私は! 何も! 知らん!」

「そうか、鳥井健三って名前も知らねぇか?」

「知らんと言ってるだろう!」


 男の返事とは裏腹に、『鳥井健三』という名前を聞いた直後の表情の微妙な動きを、戌井は見逃さなかった。

 コイツは『クロ』だ、そう確信した戌井はもう少し揺さぶりをかけることにした。


「知らねぇか。じゃあ、穴熊のオッサンに聞くか」

「あ、穴熊だと!? 穴熊は死んだはず——」

「ほう、知ってるか? 穴熊のオッサンが死んだって。誰に聞いた? 警察関係者にしか明かされてねぇ情報だぜ? ひょっとして、お前が殺ったか」

「ちちちちが違う! 違う! 私じゃない、私は殺ってない! 穴熊は自殺だったはず——」

「私『は』やってない? じゃあ誰が殺った? 自殺だってのはどこ情報だ?」


 二重顎の顔中に浮かべた脂汗は、いつの間にか冷たい冷や汗に変わっていた。

 こんこんこん、と丁寧なノックの音に反応して戌井だけがスライド式のドアに目を向けると、すぐ外側には熊川が立っていた。


「戌井くん、家宅捜索は空振りに終わらずに済みましたよ」

「マジすか……ったく、やってくれたなお前ら」

「えぇ本当です。歓喜観音会奥多摩支部長、猪俣耕太郎さん、あなたを麻薬及び向精神薬取締法違反、大麻取締法違反、覚醒剤取締法違反、並びに逮捕監禁、傷害、強要、誘拐、未成年者略取の疑いで逮捕します」

「なっ……く、熊川さん、その、前半は分かるんすけど、後半は……」


 疲れた表情で大きく息を吐いた熊川は、珍しく怒りの感情を隠そうともせずに、縮こまった壮年の男、猪俣を睨みつけた。


「あのプレハブの2階に、捜索願が出ていた中学生の子を始めとして、6人が監禁されていました。重度の薬物中毒の状態です」


 ゆっくりとした動作で、熊川の手はハイエースの座席の背もたれにかけられる。

 めきめき、と嫌な音を立てて、座席を支えるクッションが歪んでいく。

 恐らく同じ車内のような至近距離で、怒れるヒグマと顔を突き合わせたらこんな感じだろう、という恐怖は、戌井ですら初めて味わうものだ。


「猪俣さん、私はね、怒っています。ですが我々は警察官です。容疑者も、法によって守られなければなりません。あなたには、署で、じっくりとお話を伺います。戌井くん、彼に手錠を」

「う、うす……」


 狭いハイエースの車内に、がちゃ、という手錠の金属音が響いた。

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