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32 どこからどこへ

「ここです。ここが、父が働いてた土産物店ですね」


 馬渕が指さしたのは、奥多摩の国道411号線からも離れた場所にある土産物店。

 タブレットで表示されているマップを軽くぽんと指でタップすると、地図がさらに拡大する。

 

 馬渕が父親の姿をテレビで見て、原付を走らせて入り込んだ先にある、土産物屋としても『どうしてこれで店の経営が成り立つのか』が分からないほど不便な場所にある店であり、お世辞にも繁盛しているとは言えない店だった。

 店から少し進んだ場所は、もう軽自動車がギリギリ入れる程度の道幅しか無かったという。

 

「実際原付で近くまで行ったんです。父を探すときに。確かにここの店で間違いないです」


 タブレットの画面が、まるでその場所にいるかのような写真に切り替わる。

 グーグルが世界に誇るサービス、グーグルマップの機能で、場合によっては山の中や富士山の重畳に至るまで、360度の全天球画像を切り替えながら、実際に道を歩いているかのように地図上を探索できる機能だ。


「考えてみれば恐ろしい世の中になったモンだねぇ、昔々にこんなのあったら、大変なことになってたよ」


 鶴岡のいう『大変なこと』が実現していたら、恐らくは血で血を洗う抗争があちこちで繰り広げられていたかも知れない、という恐ろしい事実は、この店ではママ以外誰も知らない。

 タブレットの画面を全員で覗き込む中、チーママのマコは指で画像を拡大したりくるくる回転させて遊んでいる。


「じゃさ? 選択肢としては2つだよね。ここ、このお土産物屋さんがゴールになってる説と、スタートになってる説。どっちから見てみるぅ?」

「スタート説ね。クマさんが話してたけど、馬渕さんのお父様……ゴメンなさいね、ちょっと辛い話をするかもだけど、『鳥井健三』さんは、例のほら、あの穴熊さんからMDMAを受け取って、鳩ヶ谷妙見から受け取ったお金を穴熊さんにわたす、っていう役割、つまりは薬剤の受取窓口になってたらしいの」

「……そ、そんな事やってたのか、父さん……」

「馬渕さん、洗脳された上でのことよ。だからお父様を責めちゃダメ。良い? じゃ続けるわよ?」


 ママ、木常珠代は和服の袖を慣れた手つきでさばきながら、自分のための薄いハイボールを作り始めた。

 熟練の手が滑らかに動く間も、ママの言葉は途切れなかった。

 

「受け取ったクスリはどうしたのか? もしあの土産物屋に保管していたとしたらそこで詰みだけど、馬渕さんがこの店に行った時にお父様といっしょにいた女は、特に変わった様子は無かったのよね? であれば、その女はお父様の監視役だった可能性が高い。ただ、監視役を置きながらも、土産物屋として偽装している以上は店の営業をしないといけない。でもお父様は多分洗脳で使われたクスリの影響で正常にものを考えられない状況だった。だから、鳩ヶ谷妙見とその監視役の女は考えた。お父様に、クスリの運搬もさせようと」


 ゴクリ、と馬渕と田貫と、ついでにミマとジェニーも生唾を飲み込んだ。

 誰もが、木常ママの推理に耳を傾けている。


「ただ、お父様はクスリの影響で正常な状態じゃなかった。言ってみれば認知症のような状態ね。難しい事はさせられない。だから、監視役の女と鳩ヶ谷妙見は、お父様に『土産物店から運び先への道順』だけを徹底的に教え込んだ。それが、この『右、右、左、右、左、左、左、右、左』という順番。だとすれば」


 チーママ、マコがタブレットと店内のモニターの端子を接続すると、壁にかけられた45インチの大型モニターにタブレットの画面が映し出される。


「まずは店を出て右へ」


 マコがタブレットを操り、画面に映し出されるマップの視点をぐる、と右へ回す。


「そしてまっすぐ、次の分岐や分かれ道があったらそこを右」

「おっけー、じゃあここだね? うんうん、まだイケる。そんでママ? 次はぁ?」

「次は左」


 実に手慣れた様子でマコがタブレットを操ると、まるでその場にいる全員が奥多摩の小道を進んでいるかのような感覚に陥った。

 道の写真は撮影されて数年経っているようではあったが、ほぼ山道に近い風景はきっと今もほぼ変わっていないはずだ。

 マコの操作で、画面上の視点はどんどん奥深い細い道へ、山中へと入り込んでいく。

 ついに道路は舗装されておらず、砂利がむき出しになりガードレールすら消えた。


「あちゃー……こっから先はアプリじゃイケないっぽいよぉ」

「いや、チーママちょっと待って、少し後ろに下がって。今何かあった」


 田貫が手を伸ばしタブレットに指を触れようとすると、チーママ、マコの小さな手に軽く指が触れる。


「いやんタヌさん、えっち。うちはお触りNGだよぉ?」

「えっ? あ、や、ゴメンチーママ、そう言うつもりじゃ——」

「タヌキさん……? ダメです、お触りしちゃイケないです」


 じろ、とまるで『ヤキモチ焼きな彼女』が男を見るような目で、ミマが田貫を見下ろした。

 

「あああミマちゃん、違うの、今のはね? その、あぁアレ、アレだよ、不可抗力?」

「こかこーりょく? ……ペプシか何かデスか?」

「じゃなくって、えぇっと何だっけ、あの、ツルさん?」

「まぁまぁ、チーママもほら、タヌさんは別に助平心でお触りしたんじゃないんだし、ノーカンにしてあげて。今日またチーママの売り上げでシャンパン入れてあげるから」

「やったぁ! ツルさんやっぱ大好き! じゃあタヌさん、特別に許したげる。ダメだよぉ? 18歳のオンナノコに手ぇ触れたりしたら。事案だよ?」

「い、いや、チーママは18歳じゃ——」

「ん? 何か言ったぁ? タヌさん?」


 突如店内の温度が下がったような錯覚。

 鶴岡の迫力とは違い、なぜか『生命の危機がすぐそこに迫っているような圧迫感』が襲いかかってくる。


「ほらほらタヌさん、私って何歳だっけぇ?」

「あー…………う、うん、チーママは確かアレだよね、18歳、だよね……?」

「ほらー、もうヤだタヌさんったらぁ、わかってるならヘンな事いわないでよぉ。ね? ミマちゃん?」


 ケラケラと明るい笑い声と同時に店の空気がようやく軽くなる。

 ふぅ、と安堵のため息を漏らした田貫がタブレット上の指を軽く動かすと同時に、45インチモニターにはあるものが映し出される。


「あっ!」

「あらやだ、タヌさんこれ——」


 馬渕とママが同時に声を上げる。

 画像を見るなり、チーママは即座にスマホを取り出してどこかへと電話をかけ始めた。


「——あ、もしもしぃ? 戌井さん? ねー今夜来ないのぉ? 熊川さんも一緒にきてよぉ、今日来たらすっごい面白いもの見せられるよ?」


 ちら、とマコがモニターに視線を向ける。

 大きな画面には白い木の杭が映し出されていた。


「あのねーぇ? 私達、ひょっとしてわかっちゃったかも。えー? 電話じゃヤだぁ、ね? 会いに来てぇ? ——はぁい、じゃお待ちしてまぁす。あっ、ねーぇ戌井さぁん? 私ね、ファミマのシュークリーム食べたぁい。んっとね? 今お店に7人いるからぁ——」


 もはやマコの営業電話とも通報とも区別が付かない電話には誰も耳を傾けていない。

 白い杭には、非常に読み取りづらいが、毛筆で漢字ばかり12文字が縦書きで記されている。

 恐らくはタブレットのままなら気づかないであろうその文字は、45インチモニターの大きさによるものか、記されている内容がおぼろげに読み取れるようになっていた。

 

『歓喜観音会奥多摩支部道場』


 この日のスナックFOXは、何時になく遅くまで営業することとなった。

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