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30 名探偵真理亜?

「あ、おじーちゃんおかえりぃ」

「やぁやぁ、ただいま真理亜ちゃん。今日もカワイイねぇ。また背のびた?」

「そーなのぉ、また伸びちゃったぁ。今174センチもあんの。どうしよ、私もうこれ以上デカくなりたくない」


 珍しく開店前に扉を開けた鶴岡を出迎えたのは、なんと店のカウンターを使って宿題をこなしている真理亜と、勉強が苦手な真理亜の宿題を手伝っている薬学部3年生の白美真だった。


「ミマちゃんも偉いねぇ。真理亜ちゃんに教えてあげてるんだ」

「はい、国語以外なら、真理亜ちゃんが教科書の内容はなしてくれタラ私も分かるデすから」

「凄いねぇミマちゃん、四川(しせん)大学って名門なんでしょ?」

「どうでショう? でも、今中国は大学出テも就職先がナクて」


 美真の実家は四川省で漢方薬を扱う店を古くから営んでいた。

 漢方薬屋の一人娘であった美真は、当初店を継ぐ予定であったものの、世界的パンデミックの影響で実家の店は倒産してしまった。

 両親離婚、日本出身の祖母も他界していたため、現在美真は『頼る実家がない』という状態だ。

 留学のビザで許される範囲ギリギリで働いているが、それでも学費を払うと生活はカツカツの状態である。

 

「ありゃぁ、そうなんだねぇ。大変だ。それで日本に来たんだねぇ。まぁ、言葉も違う国で女の子の一人暮らしは大変でしょ。何か困ったことあったら、いつでも、なんでも言うんだよ? 真理亜ちゃんもね?」

「え、じゃあおじーちゃん、私日本史わかんなぁい」

「あはは、その甘え方はチーママから教わったのかな」

「ありゃ、バレてた」


 あははは、と大きく口を開けて笑う真理亜は、スナックFOXの女たちに育てられたようなものである。

 実母であるジャネットに、店のママである木常、そして合気道や『男のあしらい方』を伝授したチーママの麻子。

 鶴岡は、そんな真理亜のことを本当の孫娘同然に可愛がっていた。


 だからこそ、チーママの麻子やバーテンの寅之介、なにより夜の世界に入ってもいない真理亜に手を伸ばしかけたジャッカルが許せなかった。

 引退し足を洗った身とはいえ、東日本の極道(ごくどう)の世界には、鶴岡を慕うものは未だ数千人単位で存在する。

 下手をすると警察を凌ぐ情報網に機動力、そして『実力』を持つのが、いかにも好々爺な小柄な老人であるなど、誰が想像できるだろうか。

 今も、大柄な女子高生、貂真理亜に『関ヶ原はねぇ、なんていうのかな、ほぼほぼ家康が仕組んだ出来レースでね?』と雑学混じりに解説をしている、孫娘に甘い優しいおじいちゃんにしか見えない鶴岡の声に気付いたのか、ビルの2階から降りてきたジャネットが声をかける。


「あらツルさん、お帰んなさい。今日早いわね?」

「あぁジェニーちゃん、ただいま。真理亜ちゃんは頑張り屋さんだねぇ。勉強するのは偉い、良いことだよ?」

「もうツルさん、この子すぐ調子に乗っちゃうから」

「あはは、いいのいいの、若い子はね、調子に乗るくらいでちょうどいいの。ルール守って、道理を守って、ね? それさえ出来てれば良いんだよ」

「ありがとうございます。ほら真理亜、もうお店開ける準備しないといけないから、あんた2階で続きやんなさい。晩御飯は作って冷蔵庫入れてあるから」

「はぁい。じゃ、おじーちゃんまたね。ミマ姉ちゃんもありがと! 数学めっちゃ分かった気がする!」

「分かったんなら、ちゃんと次のテストも頑張りなさいよ?」


 母ジャネットの呆れたような言葉に『はぁーい』というまったく実感のこもっていない返事を返し、真理亜は急な階段を駆け上がっていった。

 ——かと思ったら、すぐにドタドタと騒がしい音を立てて、素早くジャージに着替えた真理亜が階段を駆け下りてくる。


「そうそうお母さん! これ、なんか椅子んとこ落ちてた!」

「真理亜、あんたちょっとくらいじっとしてられないの? で? 何これ?」


 ジャネットが受け取ったのは、小さなメモ紙である。


「右、右、左、右、左……何これ」

「知らない。捨てちゃおっかなって思ったけど、お客さんのだったら勝手に捨てたらまずいかなって」

「そうねぇ……ミマちゃん、知ってる?」

「いえ、見たことナイです……」

「ふぅん、僕も見たことないねぇ……ま、タヌさんじゃない? ほら、あの人印刷機とか機械扱うから。レバーがちゃがちゃやったりするんじゃないかな?」

「そうね、多分タヌさんだわ。でも……あの人ってほら、結構几帳面じゃない? こんな方向だけのメモとか作るかしら」


 ジャネットも美真も、博識な鶴岡もそろって腕を組んで『ふぅむ』と黙り込んでしまう。


「ね、これ道順じゃない? 分かれ道のどっち行くかっていうメモ」


 いかにも『ただの思いつきです』と言わんばかりの軽さでアイディアを出したのは、ジャージ姿の真理亜だ。


「ほら、右行って、次も右行って、んでその次は左、っていう」

「なるほどねぇ、道順か……でも、それだとスタート地点が必要になっちゃうねぇ」

「あ、そっか。やっぱダメかぁ」


 けらけらと深刻さの欠片も見せない笑顔を見せて、今度こそ真理亜はスナックFOXの2階にある2LDKの部屋へと戻っていく。ジャネットと真理亜、それにチーママの麻子も、このビル2階と3階に住んでいる。最上階にはママの木常が住んでおり、なんと木常はスナックFOXだけでなくこのビルのオーナーでもある。


「さてと、このメモはとりあえずタヌさんに見せましょっか。ミマちゃん来てるし、どーせ今日もタヌさん来るわよ。『やっぱミマちゃんのハイボールが一番美味しいよぉ』って」

「えへへへ、そうデすね」


 ジャネットと美真は手際よく店の照明をつけ、テーブルを拭き始める。

 鶴岡は『ゴメンねぇ、ちょっと早すぎたかな?』と申し訳なさそうにしながらも、迷うこと無く店の奥のテーブル席、ほぼ鶴岡の指定席となっている椅子に腰掛けた。

 いつも通りの、スナックFOXの開店直前の風景である。

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