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23 名探偵FOX

「どうやら穴熊は、半グレ集団ジャッカルに所属していたらしい。おまけに、ジャッカルの連中は東京都内でMDMAを売り捌いてたようだな。今朝捕まえた奴らが『快く』話してくれたよ」

「あらやだ、怖いわぁ。ねぇタヌさん?」

「あ、穴熊さんって、あの人って実はヤクザだったんだね……うわ、怖ぁ」


 戌井は寅之介が作った甘めのカクテルを少しずつ飲みながら、忌々しげなため息を吐いた。


「まぁこういう薬物は、売るにしてもシマってものがあるからな。東京都内でクスリを売り捌いてる内にいろんな組と揉めて、それでこの辺りに手を伸ばしてきたらしい。で、そこで一番つかまりやすくて一番切り捨てやすい『売り子』としてジャッカルに雇われたのが穴熊、っていうところだ」

「あーん怖ぁい、やだなぁ、この辺も物騒になっちゃうのかなぁ? ねぇツルさん、私怖ぁい」


 戌井の話を聞いて、まったく感情のこもっていない棒読みセリフを吐きながら、チーママのマコはいつも通り鶴岡のグラスにワインを注ぐ。


「そうだねぇ、そういう半グレっていうのは、組織だって動いてる『組』と違って秩序というものがないからねぇ……いや、これは物騒になったねぇ。怖いよねぇ? チーママも」

「ま、鶴岡さんの言うとおりだよな……ヤクザだの暴力団ってのは、ある程度『上』の人間と話が付けば制御出来るんだがな、ああいう半グレどもは道理も筋も仁義もありゃしない。正直、ヤクザよりタチが悪い」

「ね、ねぇ戌井さん? その、ジャッカルだっけ? 穴熊さんがそのジャッカルに雇われてたってことは、こないだのさ、ほらあのアレ、あの錠剤も穴熊さんと関係あるのかな?」

「あぁ、田貫さんのポケットに入ってたアレだな。関係大有りだったよ。一応穴熊の自宅の捜索もしたんだが……あぁもう、これもここなら言っちゃって大丈夫か……穴熊は、どうやらあのクスリをくすねてたらしい。自分で使ってたのか、盗んだクスリをどこかで売って自分のカネにしてたのかはまだ調べてるけどな。でも自分で使ってた可能性が高いだろう」

「なるほどねぇ、ジャッカルとかいう半グレからすれば、穴熊さんは『売り物のクスリ』を盗んだ裏切り者、ってことかな。ただねぇ戌井さん、穴熊さんが盗んだ分を自分で使ってた、というのとはちょっと違う推理が出来ないかなぁ? ねぇママ?」


 戌井が意外そうな顔で鶴岡を、そして何かを考え込んでいるような表情で頷いているママ、木常に視線を向ける。


「そうねぇ。これはただの素人の、推理とも言えないようなものなんだけど——」


 木常が語った内容はこうだ。

 穴熊は、前々から『歓喜観音会』の信者であると同時に、半グレ集団ジャッカルの一員でもあった。

 ジャッカルはMDMAの密造や販売を手掛けて資金源としていた。

 そこで手に入れた薬物を、穴熊は歓喜観音会の教祖鳩ヶ谷妙見に差し出し、『薬物を使った信者の繋ぎ止め』を提案する。


「あ、そのアレだ、ガンギマリ会、だっけ? そこがクスリを使って、マブちゃんの親父さんを強引に信者にした、ってことか」

 

 妙見は、信者の獲得や繋ぎ止めに薬物を使い始めるようになり、馬渕陽一は薬物を使用した強引な信者獲得の動きの犠牲になった。

 一方で、歓喜観音会はより多くの信者獲得のために、より多くの薬物を必要とするようになる。

 穴熊はジャッカルが密造したMDMAを妙見に卸売りをすることで、その見返りに観音会での立場や金銭を受け取っていた。


「だからよ! そうよママ、ほら穴熊さんやたら高いワイン入れてたじゃない? チーママの胸触って入れたあのシャトー・マルゴー。あんなのパチプロくずれが入れられるワインじゃないもの」


 ジェニーが田貫のもとにポテトサラダを差し出しながら、何かを納得したように繰り返し頷く。


「それそれ、それだよぉママぁ。いつからだっけ? いつも600円の水割りしか飲んでなかったのに、穴熊さんいきなり山崎の12年とかVSOPとかボトル入れたじゃない? あの辺りから急に羽振り良くなった感じよねぇ?」

「穴熊にしてみれば、リスクの高い売り子をする中でも、教団を『卸先』に使えればリスクは抑えられる、それに定期的な『売上』にもつながる、か……」


 やがて資金繰りが良くなった穴熊は金にものを言わせるようになるが、薬物をくすねておいて何事もなし、などということもなく、やがてジャッカルに追われる身になる。

 安らぎのない毎日に、穴熊はついに教団に差し出していた薬物に自ら手を付ける事になった。

 田貫にやたらと絡んだりと、ただでさえ悪かった酒癖がさらに悪くなり、美真への執着も強くなり、そして田貫に濡れ衣を着せるという、『ちょっと調べればすぐにわかる』レベルの稚拙な犯罪に及ぶことになる。


「なるほどねぇ。クスリで頭が回らなくなった、っていうことだね?」

「じゃあ……その、7年前の馬渕陽一の失踪に、この前の田貫さんの事件もつながってるってことか……それじゃあまさか、例のあの薬学部のセンセイの横流しは——」


 鷲崎『元』准教授が教授選に敗れたのは、およそ8年前のこと。当時鷲崎は50歳で、研究者としてはもっとも脂の乗った頃と言っていい。

 だが、『人間性に問題あり』という評価を受けて教授選に落選したことから、鷲崎は歪み始める。

 MDMAの密造を行っていたジャッカルが、そんな自尊心と立場だけはある鷲崎に目をつけたのが運の尽きだった。

 鷲崎は『バレなければ現金収入を得られ、バレても鷺宮に責任を被せ、ついでに自分に勝って教授に、そして学部長になった男に恥をかかせられる』という、日本でもトップレベルのインテリとは思えないほど幼稚な発想で、薬物の原料横流しに手を染めることとなる。


「ただ、それもミマちゃんとこの鷺宮センセイの内部告発で『おじゃん』に、それに穴熊さんも亡くなったことでジャッカルもMDMAの売上? って言っていいのかな? ——がガタ落ちした。ジャッカルとしては売上大幅減だから何があったんだ、となる。でも穴熊さんが亡くなったことを知らないから、駅で穴熊さんを探してた……ってことで良いの? ママ?」

「ま、私の推理っていうか、素人考えだとこんな感じかしらねぇ? ほら、推理ものっていうかミステリー小説だと、『アレもコレも全部つながってました』ってなるじゃない。それを強引に当てはめてみたら、こんな感じじゃないかしら。どうかしら、刑事さん?」


 戌井はグラスに残ったカクテルを一気に飲み干すと、一万円札をカウンターに差し出す。


「署に戻る。ごちそうさん」

「はいはい、じゃあ今日は戌井さんはポテサラとコロッケとビール1本にカクテル2杯ね。はいお釣り5200円。領収書は?」

「要らん。また来る」


 一気に酔いが覚めたような引き締まった顔で、戌井は勢いよくドアを開け、夜の暗がりへと潜って行った。

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