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廃棄されるバグ

検閲システムから叩きつけられた真っ赤な警告表示は、カイの冷徹な理性を取り戻させるのに十分だった。

一晩中、自室で震えながら考えた末にたどり着いた結論は、「彼女はバグであり、自分はそれを排除しなければならない」という、かつての傲慢な正義への回帰だった。

翌日、カイは重い足取りで温室へ向かった。だが、その手に持っていたのは語彙デバイスではなく、一通の「最終通告書」だった。

「……ミナ。今日で、君の担当を外れることになった」

温室の緑の中に立つ彼女へ、カイは一度も目を合わせずに告げた。その声は、ギルドが推奨する「感情を排した事務的トーン」そのものだった。

ミナは、摘みかけの花を手に持ったまま、静かに彼を見つめた。

「どうして? 私、まだ君に話したいこと、いっぱいあるのに」

「君が話しているのは、言葉じゃない。社会を壊すノイズだ」

カイは自分に言い聞かせるように、言葉を叩きつける。

「僕には、守るべきキャリアがある。この街の平穏を守る義務があるんだ。君のような『不完全な存在』に関わって、僕の人生を台無しにするわけにはいかない」

「カイ……」

「もう、そのノートも捨てろ。ペンも、インクもだ」

カイは、彼女が大切に抱えていたノートを奪い取ろうとした。

「そんな汚れたものを持っているから、君はいつまでも不幸なんだ。僕が用意した完璧なスクリプトを受け入れれば、君は明日からでも、みんなと同じ『幸せな市民』になれるのに!」

「……ねえ、カイ」

ミナは奪われそうになったノートを、力強く、しかし優しく抱きしめ直した。

「あなた、今……すっごく泣きそうな声してるよ」

「黙れ!」

カイの喉が、鋭く鳴った。

それは、彼が最も忌み嫌っていた「感情の爆発」だった。

「……もう来ない。君も、僕を探さないでくれ。それがお互いのためだ」

背を向けて走り去るカイの耳に、ミナの追いかける声は届かなかった。

ただ、温室の土の匂いと、彼女の手の熱さだけが、呪いのように彼の手のひらに残っていた。

しかし、ギルドに戻ったカイを待っていたのは、平穏な日常ではなかった。

自席に座り、真っ白な画面に向き合った瞬間、彼は気づいてしまった。

どれほど洗練された言葉を並べても、そこに「ミナ」というノイズが混じらなければ、世界はあまりにも退屈で、死んでいるも同然だということに。

数日後、彼は自身のスコアが急落していくのを承知した。

それから、カイは死んだような顔で、ギルドのデスクに向かっていた。

目の前のモニターには、かつて彼が誇りとしていた「完璧な文字列」が並んでいる。しかし、今のカイにはそれが、栄養素をすべて抜かれた白い固形燃料のようにしか見えなかった。

その時、彼の端末に最優先のシステム通知が割り込んできた。

 【異常個体の処理実行通知:検体番号 17-Mミナ

カイの指先が、目に見えて震えた。

画面をスクロールすると、冷徹な行政用語が並んでいた。

《対象は言語機能の回復が困難であり、社会復帰の見込みなしと判断。本日18時、言語中枢への強制的介入、および記憶の初期化を実行する》

初期化。

それは、彼女のあの不格好で愛おしい手書きの文字も、インクの染みも、カイの名前を呼んだあの震える声も、すべてを消し去り、彼女を「空っぽの人形」に書き換えるという宣告だった。

(……社会的な死だ。彼女は、彼女でなくなってしまう)

「カイ。その顔は何だ。君が報告書で『修正不能』と書いたから、この決定が下されたんだぞ」

背後からレオンの声が響いた。

カイはハッとして振り返る。レオンの目は、まるで壊れた家電の処分を語るかのように冷ややかだった。

「君は正しい仕事をした。あのバグは排除され、街は再び清浄になる。さあ、次の追悼文の校正を終えろ。それが君の『誇り』だろう?」

レオンが去った後、カイは自分の手元にある「追悼文」をじっと見つめた。

そこには【私たちは、失われたものを美しく記憶し続ける義務があります】という一文が輝いていた。

(……嘘だ。僕は、記憶を消そうとしている。美しくなんてない。ただの、殺人じゃないか)

その瞬間、カイの中で何かが決定的に破砕した。

エリートとしてのプライド、築き上げてきたスコア、将来の約束。そんな「透明な宝物」が、ミナが残したあの指先の熱に負けたのだ。

カイは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。

周囲の編纂官たちが驚愕の表情で彼を見る。監視カメラが彼の不審な動きを察知し、警告音が鳴り響く。

「……あんなのは、言葉じゃない!」

カイは叫んでいた。デバイスを通さない、ひどく掠れた、自分でも驚くほど汚い声。

彼はバッジを床に叩きつけると、警備員が駆け寄るよりも早く、走り出した。

心臓が、喉が、これまでにないほど激しく震えている。

痛いほどの動悸。吐きそうなほどの恐怖。

だが、カイは生まれて初めて、自分が「自分の意志で動いている」という猛烈な生の実感に、震えるほどの歓喜を覚えていた。


 

 

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