第7話「4回目の——またね。」
「汚染区域?」
僕がそう聞くと、彼は深刻そうな顔をした。
「あぁ…腐神の…奥のことだ。対策機関であろうと、行くのは避ける場所だ。危険なこともそうだが、…「コルプト」になってしまうんだ。核が汚染されてね。」
僕の背筋に悪寒が走る。
「じゃ、じゃあ私はもう人間では無いんですか?」
「いや、汚染区域にずっといるからってコルプトになってしまうんじゃない。」
彼は静かに首を振った。
「24時間以上いた状態で、死ぬ必要がある。ただ、24時間を超えた時には半分人間じゃないからね。餓死も病死もしない。外傷では死ぬけれどもね。」
彼は続けて言った。
「もし、本当に汚染区域に入ったならば——」
彼の声が一段低くなる。
「今すぐ精密検査を行わなくてはならない」
僕はストレッチャーに乗せられ、廊下を運ばれていく。
天井の照明が、一定の間隔で流れていく。
腕にはいつの間にか点滴が刺さっていて、透明な液体がゆっくりと体の中に落ちていく。
……頭が重い。
何かを打たれたのか、意識が沈んでいく。
しばらく経ったころ、ある部屋の前で止まった。
部屋に入ると、部屋の中には、感染防護服を着た職員が数人立っていた。そのうちの一人が、無言で近づいてくる。
冷たい針が、腕に刺さった。
意識が途切れる、その直前。
——視界の端で、何かが光った。
僕の血だ。
採取されたそれが、淡く光っている。
「——っ!?」
防護服の奥で、誰かが息を呑んだ。
……その顔は、明らかに動揺していた。
「っ…」
頭が痛い。意識が、朦朧としている。
何か…打たれた。
ぼやけた記憶が少しずつ繋がって行く。
——検査の為だ。
僕は眠気と麻酔を押しのけ、重い体を起こした。
胸にいくつもの電極が貼り付けられている。
検査器具らしきものが体中についている。
静かな部屋だ。何の音もしない。
……静かすぎる
僕は辺りを見回す。
僕の視線は、ある場所に釘付けになった。
心電図モニター。
それは…
一本の緑の線を描いているだけだった。
「死んだ…のか?」
「いいえ。死んではいません。」
ちょうどその時、白衣を着た人が入って来た。胸には…緑の…対策職員のバッチ。
「じゃあ何で…」
僕は心電図に目をやる。
…相変わらず一本の線のままだ。
「ここでは神秘の流れを観測し、それを心電図に変換する装置を主に使用しており、発見が遅れてしまい申し上げございません。」
彼女は一呼吸開けて続けた。
「率直に申し上げます。あなたの心臓は機械に置き換えられていました」
「…え?」
「つまり、人工心臓です。」
「そんなはずがない。僕は——そんな手術、受けていない」
「ですが、事実です」
彼女の声は冷め切っていた。
「まだただの人工心臓ならよかったのですが…その人工心臓は…」
——一拍、間が落ちる。
「常に「神洩」を引き起こしており…危険と隣合わせになっています」
神…洩。どこか聞いたことのある響きだ。
「神洩…」
「…実際に見てもらった方が早いでしょう」
彼女が取り出したのは、普通の採血管だった。
最初は照明の反射かと思った。
…だが間違いない。血が淡い光を放っている。
「これ…は…」
「この光っている物。これが神秘です。これが本来あり得ない形で、血液に流れ込んでいます」
神秘。これが…体の中に。
「…それの何がダメなんですか?」
「…本来神秘は、体にある「核」でつくられ、「回路」に流れ、体を巡っています。」
彼女は続ける。
「核に異常が起き、神秘が血管に洩れだす事。それを神洩と呼ばれています」
「それじゃあ…私の人工心臓に、異常が起きていると?」
彼女は首を横に振る。
「いいえ、人工心臓は正常です。…わざと神洩を常に引き起こすように設計されています」
その時、僕の頭に疑問が浮かんだ。
「…なぜ神洩が危険なんですか?」
「神洩は、「外に流れ出す」現象です」
「つまり——核の中は、常に不足している状態になる」
「核に一定以上の神秘がない場合、どんどん衰弱して…死んでしまいます」
彼女は僕の顔を覗き込む。
「…ですが…メリットもあります。神秘が筋肉に流れると言う事ですから、力が一時的に増幅します。何かそう言う出来事はなかったんですか?」
……その言葉で、ふと頭に浮かんだ。
目覚まし時計。
——何度も、壊していた。
——あれは、力を入れすぎたんじゃない。
壊れていたのは、僕の方だ。
「治せるんですか」
僕は震える声で言った。
…でも、返って来た答えは僕の望んでいた物じゃなかった。
「いいえ。たとえ心臓移植をしても、神洩は治療できません」
「じゃあ…僕は後少しで…」
「いいえ」
その一言で僕の涙は引っ込んだ。
「な、治せないって…」
「えぇ。治せません。」
「じゃあ…やっぱり…」
「……これまでの症例では」
「神洩を発症した人間は、例外なく——五日以内に死亡しています」
「ですが。あなたの場合——」
彼女は僅かに視線を落とす。
「おそらくすでに数年程経過しています。…つまり、あなたが特殊か、あるいは心臓が特殊なのでしょう」
「つまり、あなたは神秘によって死ぬ事はありません」
僕の中に光が差し込んだ気がした。
——助かる。
「じゃあ——」
「ですが」
彼女が僕の言葉を遮る。
「体の負担がゼロと言うわけではありません。常人よりも早く肉体を消耗するでしょう」
——一拍間が落ちる。
「……いずれ、体の方が壊れてしまうでしょう」
「なので、選んでください」
彼女はファイルから2枚の紙を取り出した。
「神洩患者保護措置契約」
「対腐神隊員登録確認書」
…どちらもサインする場所がある。
僕はボールペンのノックを押す。
カチッ
——指が止まる。
……
(僕は——)
迷うわけがない。
僕はペンを走らせた。
ペンの乾いた音と、
一つしかない心音だけが。
——部屋に響いていた。




