第3話「長い長い夢の始まり」
僕は彼女の隣に座ると、背後の窓に目をやる。
わかってはいたけど、外は…灰の砂丘だけが広がっていた。
思わず、ため息が出た。
どうやら、僕は駅のホームとかあるんじゃないかと期待していたらしい。
「突然だが…君、私の事知ってるか?」
彼女の方を振り返ると、何かを期待するような目でこちらを見ていた。
「ごめん、知らない…君とはどこかで会ったことが?」
僕がそういうと、彼女は先程よりもさらに悲しそうに言った。
「あぁ…まぁ、少し…な。」
それを聞いて僕は申し訳なくなってしまった。
「ごめん…言い訳になってしまうけれど、小さい頃の記憶が曖昧で…色々、上手く思い出せないんだ。」
僕がそういうと彼女はため息を吐いていった。
「…その記憶に意味は無い。早く忘れることだ。」
「えっ、酷いな…」
「まぁ、今はあるかもな。」
「…」
会話が途切れ、気まずさがどんどん積もっていく。
それを断ち切るように僕は口を開いた。
「君の名前は?」
「…私の名前?」
彼女は少し考え込むと、やがて首を横に振る。
「ここでは名乗る人がいない。…いや、そもそも必要がなくてな。名前なんて忘れてしまった。」
先程よりも重い沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、彼女だった。
「生きているって、どうやって証明すると思う?」
唐突な問題に頭を悩ませていると、ありがたい事に彼女は自分で続けた。
「脈、体温、脳波、対光反射、青リトマス紙…証明する方法なんていくらでもある。」
彼女は一息ついて続ける。
「だが…」
一拍、間が落ちる。
「**生きていた**って、どう証明すれば良いんだ?」
彼女の声は、少しずつ掠れてゆく。
「遺品?写真?功績?死体?墓?どれもこれもいつか消えてしまうものばかりだ。」
彼女は顔を伏せる。
「自分がやってきたことが、生きていたことが、大切なものが、いつか何もかも消えて、忘れ去られてしまう。」
そこまで言うと、彼女は絞り出すような声で続けた。
「それが虚しくて、悲しくて、…辛い。」
「…」
知らないはずなのに、その質問に妙な胸騒ぎを覚える。
「私は、それに抗おうとしたが…この様だ。沢山の罪を犯したくせに、結局大切な物を数えきれない程失ってしまった。」
彼女は上擦った声で続ける。
「こんな事になる前に止めてくれた君に…私は……」
そこまで言うと、彼女はふと我に返ったように言葉が途切れる。
「あぁ…そうだったな。君には記憶がないんだったな。すまない、少々感情的になってしまった。…私らしくない。」
「僕は…どんな人だったの?」
彼女は顔を伏せたまま答えた。
「君は…良い研究者だった。いつも私達と…「プラエト研究所」のみんなと一緒に「腐神」を研究していた。」
(おかしい…)
(僕が無くした記憶は小さい頃のはず…)
「プラエト研究——」
その瞬間、急に視点が高くなる。
「かっ…く…あっ」
(喉が——潰れる…)
息ができない。
「くっ…おい化け物!こいつを離せ!」
彼女の声には焦りと恐怖が混じっている。
——意識…が…
光が遠のいていく。
「くそっ…おい!しっかりしろ!」
声が遠のいていく。
その声を最後に、僕はそのまま意識を手放した。




