第311話 果報は寝て待て
大成功に終わった交流会と、少々の因縁。それらを各々が飲み込み休みを挟んだ翌週。ついに生徒会長選挙本番の日を迎えた。
学院では午後から始まる選挙に向けて、誰も彼もがその話題で持ち切りである。もちろん当事者たるランディはというと……。
「ふぁ〜。ねみぃな……」
あくびを隠すこともなく、ボンヤリと教室の窓から外を眺めていた。当事者らしからぬ態度は、最後の最後まで変わることはない。
昨日の休みに、皆を誘った撮影会が非常に盛り上がり、そのままコピー機の完成(予定)祝いまで開催してしまったため、寝不足なのだ。
もちろん完成(予定)祝いは、常識の範囲内でのお開きとなったのだが、予定になかった物が飛び込んできては、その後の予定は押すというもの。
撮影した写真の選別や、ルックブックの構成に想像以上に時間がかかり、結局ベッドに潜り込んだのは深夜を大きく回ってからだった。
「もう。大事な選挙前だから、パーティは終わってから……って言ったじゃないですか」
頬をふくらませるリズに、「良いんだよ」とランディが思い切り伸びをして、またあくびをする。
「パーティは思いついた時が、ベストタイミングだ」
ドヤ顔を見せるランディに、リズが「全然格好良くないです」とジト目を向ける。
「大体ランディのせいで、エリーまで……」
リズがランディの隣に見えるエリーへと視線を移した。そこには「むにゃむにゃ」と何かを呟きながら机に突っ伏し眠るエリーの姿がある。
「エリーに夜ふかしさせて……お肌に悪いんですよ?」
口を尖らせるリズがに、「つってもなー」とランディがエリーを振り返った。リズの言う通り、ランディも「肌に悪いから」と早く寝るよう促したのだが、エリーが全く言うことを聞かなかったのだ。
それでも納得できないのか、今もブツブツと呟くリズを、ランディはニヤリとした顔で覗き込んだ。
「……なんです?」
「いや、なんにも」
僅かにのけぞるリズと、ニヤけるランディ。
「『何か言いたいことがある』って、顔に書いてますよ」
「『私も一緒にしたかったのに』って、顔に書いてるぞ」
ランディの言葉に、リズの顔が分かりやすく赤くなった。
「だって……ずるいじゃないですか。二人きりでなんて……」
顔を赤らめ頬をふくらませるリズに、「よく言えました」とランディがその頭を撫でた時、ふと視線を感じ振り返った先には、ニヤニヤと笑うエリーの姿があった。
「朝っぱらから盛りおって」
「ち、違いますよ」
リズが慌てて否定するのだが、エリーはニヤニヤを止めない。
「そうか? ならば妾がランディとイチャつこうかのう」
あくびを噛み殺すエリーがランディの腕を取ると、「だ、駄目ですよ。順番です」リズも慌てて反対側の腕を取った。
「おや、良いのか? 令嬢がこのような公共の場で――」
「エ、エリーこそ……」
頬をふくらませるリズに、エリーが「妾は大魔法使いじゃから良いのじゃ」と謎の理論を展開している。
「なんですかそれ――」
「言ったもん勝ちじゃ」
片や頬を膨らませ、片やニヤニヤ顔でランディの腕を引っ張る美女。二人に「ランディ、ランディ」と呼ばれ、「駄目だろ〜。こんな場所じゃ……」とランディがだらしない顔を浮かべ……
「ディ……ランディ!」
揺すられる振動と、呼ばれ続ける自身の名にランディが目を覚ました。
「……ヴィクトール。何が『駄目だって〜こんな場所じゃ』なんだ?」
ジト目でランディを見下ろすのは、必須科目である数学の教官だ。
「こ、こんな場所で寝たら駄目だなーって……」
頬をひくつかせるランディに、「分かってるじゃないか」とカイゼル髭の教官がニッコリと笑みを浮かべた。
「わ、分かってますとも」
「分かっていて寝る、ということは、吾輩の授業を聞かずとも問題はない、という意味ではないよな?」
蟀谷に青筋を浮かべ、カイゼル髭を撫でる教官に、「いえいえ。寝てなんかいませんよ――」とランディが頬を引きつらせる。
「しっかり聞いてましたとも」
エヘヘと笑うランディに、教官が「それはすまない」と大げさに肩をすくめてみせた。
「寝ているように見えてな。起きていたのなら、大問二を答えてみるがよい」
ニッコリと笑う教官だが、もちろんランディが答えられるわけなどない。「えーと……」と考えたランディが、「3?」と素っ頓狂な答えをひねり出した。
視界の端で頭を抱えるリズと、隣から吹き出す声が聞こえたのと同時、「しばらく立っていたまえ」という教官の言葉にランディは「……はい」と項垂れるしかないのであった。
☆☆☆
「呆れましたわ……。大事な選挙当日に居眠りをするなんて」
盛大なため息のセシリアに、「こいつは馬鹿なんです」とルークもため息が止まらない。
「馬鹿っていうか、ここまで来ると最早大物ね」
呆れ顔のキャサリンなのだが、ランディは「大物」という言葉が気に入った。それはもう大層気に入った。ウンウン頷いて、「褒美にこの前拾った綺麗な石をやろう」とキャサリンに、謎の石を渡す程度には。
「……いらないし」
ジト目のキャサリンを無視して、良く分からない石を押し付けたランディはルークにドヤ顔を見せている。
「おい馬鹿ルーク。分かるやつには分かるんだよ」
「皮肉だったんだけど」
「馬鹿はお前だ。この大馬鹿者」
と全員の呆れ顔は止まらない。呆れた視線を一身に受けるランディはというと、キャサリンに「皮肉だと? 俺の綺麗な石を返せ」と突っかかり、ルークには「馬鹿はお前だ」とすかさず反撃を試みている。
「アンタが勝手に寄越しただけでしょ?」
「そうだ。ばーか、ばーか」
ある意味でいつも通りのやりとりに、リズは少しだけ安堵のため息をついていた。昨日の撮影会でも元気だったが、キャサリンは至って普通なのだ。
そんなリズに気が付いたのか、キャサリンが呆れ顔で口を開く。
「心配無用よ」
驚くリズに、「顔に出てるわよ」とキャサリンがため息をついた。
「出てました?」
「出てるわ。思い切り。アンタお人好しで、分かりやすいもの」
笑うキャサリンがまた「心配無用よ」と呟いた。
「どうせ一回駄目になったこと。それでも私が謝りたかっただけ……」
遠くを見つめるキャサリンが、「自己満足よ。ただのね」と自嘲じみた笑みを浮かべる。
「だから心配なんてしないで――」
「そうだぜリズ。キャサリン嬢のハートはアダマンタイトで出来てるからな」
「そうじゃな。こやつはそうそう凹むタマではあるまい」
ケラケラと笑うランディとエリーに、キャサリンが「ムッカー」と顔を赤らめ、口喧嘩へ参戦していく。
彼らの変わらぬ姿に、リズとセシリアが苦笑いで顔を見合わせたちょうどその時、中庭を突っ切ってユリウスやリヴィア、ウェインのクラスが現れた。
手を振りながら近づいてくる三人に、ランディ達も気づいて視線を向ける。
「あそこはいっつも遅いな」
「大方また王子様が、演説でもしてたんだろ」
ため息混じりのルークに、「ああ。そういや同じクラスか」とランディがチラリとウェインを見た。エドガーの事を考えれば、リズのようにキャサリンも心配すべきかもしれないが、問題を起こしたウェインとエドガー、アーサーは同じクラスなのだ。
クラスに居づらいのでは……と一瞬心配したランディを他所に、ウェインは今もリヴィアと「ねーねー。今度ウェインの家に遊びに行かせてよ」「北だぞ? 馬車で十日の」と普段と変わらない様子で会話を楽しんでいる。
(キャサリンもだが……ウェインのメンタルもまあまあ強いな)
内心ホッとするランディは、撮影会でも至っていつも通りだったことを思い出している。あれだけ恥ずかしい内心を吐露してなお、いつも通り振る舞えるのはウェインの美徳であろう。
出来すぎた友人に、ランディは思わず笑みをこぼした。
「……なに笑ってんだよ。気持ちわりいな」
眉を寄せるウェインを、「うっせ」とランディが鼻で笑う。
「お前がいじめられてねーか心配してたんだ」
ニヤリと笑うランディに、その場の全員が「こいつは……」という顔を見せる中、ウェインだけは「お生憎さま」とそんなランディを逆に鼻で笑った。
「お前の腰巾着から、今はユリウスの腰巾着にグレードアップしたからな」
肩をすくめたウェインが、「クラスじゃ近寄ってもこねーよ」と自嘲気味に笑った。
「ンだよ。ガッツのねー奴ら……」
言いながら表情を怪訝な物に変えたランディが、「待てよ……」とウェインを睨みつけた。
「グレードアップって何だよ」
「そのまんまだろ。お前とユリウスじゃあ、人としての器が違いすぎるからな」
ケラケラとお腹を抱えてルークが笑う。
「おい馬鹿ルーク。寂しいからっていきなり会話に入ってくるんじゃねーよ」
嘲笑を浮かべるランディに、「ば、馬鹿か。寂しくねえわ」とルークが顔を赤くして口を尖らせる。
「おやおやー。図星かなぁ? ルークくん」
ニヤニヤするランディが、「あれか? 俺と絡みたいのか? ん?」とルークに顔を近づけた。
「誰が!」
顔を顰めたルークが、「キモい事言うな、この馬鹿!」とランディを押し返すのだが、当のランディは「照れんなって」と全く相手にしていない。
「いやぁ。ルークにウェインに……。お前らホント俺がいねーと駄目だもんな」
満足気に笑うランディに、ルークが「おいウェイン――」とウェインに向き直った。
「一緒にこいつをボコそうぜ」
「良いですね。微力ながらお手伝いしますよ」
蟀谷に青筋を浮かべる二人に、「やめとけって」とランディが首を振る。
「お前ら馬鹿だから知らねーだろうけどな。1に1を掛けても1なんだぜ?」
ドヤ顔のランディに、「知ってるわ!」「お前の方が馬鹿だろ」とルークとウェインのツッコミは止まらない。何とも締まらない状況に、女性陣が盛大なため息をつき、誰ともなく一番まともだろうユリウスへと視線を向けた。
その視線に込められた「止めてくれ」というメッセージに、ユリウスが「ハァ」とこれまた盛大なため息をつき、今も睨み合う三人の間へと立つ。
「お前ら止めておけ。こんな場所で騒ぐな、馬鹿だと思われるぞ」
呆れ顔のユリウスに、三人が一斉に振り向いた。
「馬鹿か。もう馬鹿だと思われてんだよ」
「そうだ。こいつのせいでな!」
「手遅れだ! 諦めろ」
謎の連帯感を見せた三人に「そ、そうか……」と僅かに後ずさる。何とも情けない反論だが、ここまで一斉に、しかもシンクロされて返されると何故か言い負かされた感が出てしまうのだ。
だがそこは賢いユリウス。即座に「いや、おかしいだろ」と呟きまた三人を止めるように、一歩前に出た。
「もう止めておけ。このままだと俺まで馬鹿だと思われるだろう」
ため息混じりのユリウスに、再び三人が一斉に視線を向ける。
「テメー。なに自分は『ちょっと違います』感出してんだよ」
「そうだぜ。スカしやがって」
「調子に……あ、いや。俺は何も言ってない」
慌てて首を振ったのはウェインだけ。流石に元とはいえ、皇子にデカい口を叩けないのは、ウェインらしさか。
とにかくランディとルークの二人は今も、ユリウスに「ぶぁーか」と頭の悪い煽りを続けている。
「いい度胸だな……」
蟀谷に青筋を浮かべるユリウスに、ランディとルークが同時に鼻を鳴らす。
「なぁーにが、『いい度胸だな』だ。いつまで皇子ぶってんだよ」
「そーだ、そーだ。俺とキャラが被ってんだよ」
馬鹿二人の暴言に、ユリウスは蟀谷だけでなく額にも青筋が浮かべるのだが……当の本人たちはというと、
「いや、被ってねーだろ」
「被ってんだろ。イケメンなとことか」
「目ぇ腐ってんのか。その括りで言やぁ、俺が被ってんだろ」
「鏡を見てから言え」
ユリウスを煽るだけ煽り、結局自分達の話題で喧嘩をする始末である。
怒りに震えるユリウス。
「テメーが鏡を見ろ」
「テメエが見ろ」
どうでもいい事で言い合いを続ける二人。
「お、何だ何だー。やるのかー」
テンションがぶち上がり、「シュッシュ」とシャドーまで始めて、ウキウキしだすリヴィア。
完全にカオスな状況を繰り広げる中庭の一画は、今日が最も大事な日だということを忘れているかのように、いつも通りの賑やかさを見せるのであった。
「……教官、連れてきたわよ」
「こぉら! ヴィクトーール!」
声を張り上げるバルクに、「なんで俺だけ!」とランディが上げる悲鳴が、これまたいつものように中庭に響いていた。
生徒会選挙当日、選挙まであと数十分――
※撮影会は、どこかの幕間で入れられたらな、と思ってます。





