第305話 まあ流石に精霊王は捕まえられないかな
火にあってはイフリート。水にあってはウンディーネ。と、それぞれの属性におけるエレメント達を統べる精霊王と呼ばれる存在がいる。
彼らの観測、遭遇情報は世界中にあれど、エレメント同様発生の仕組みや生態なども謎に包まれている。
世界に八ついるといわれる、精霊達の王。もちろんその名は、人類側の古代詩や伝承から取られた仮称に過ぎない。
だが、驚くべきことに、彼ら自身がそれらの名に呼応する反応を見せた例が、少ないながらも存在する。
すなわちそれは、彼らが〝名〟を持ち、記憶に似た何かを継承している可能性を示唆している。
記憶か自我か。彼らが継承しているものが分かれば、彼らの存在そのものを解明する手がかりになるかもしれない。
出典:『精霊相界論考』著者:リーヤ・サイラスウッド
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闇のエレメント達が集合し、ローブを羽織った大きな人型へと変貌していく。フードの中の顔は見えず、手や足の位置すら定かではないのは、ローブの中が空洞になっているからだ。闇より昏い深淵。周囲の光を吸っているのか、ローブの境界があいまいで、全体の大きさが上手く掴めない。
そんな異形を前に、「闇の精霊王、シェイド……」とリーヤが唾をのみこむ。のだが……
「お前、こんな時に当たりを引くなよ」
「まさか当たりが出るとは思わねーだろ!」
……ルークとランディは、どこか緊張感のない会話を繰り広げている。二人の呑気なやり取りに、リーヤも思わず、「当たり?」と首を傾げた。
「えっと。うち……ヴィクトールでは、エレメントが合体して形が変わったやつを〝当たり〟って呼んでるんですよ」
ランディが顎でしゃくる先で、リーヤが闇の精霊王シェイドと口走った存在が、じっとこちらを見ている。……正確には顔がなく、空洞なので見ているかどうかは不明だが。
「合体して、形が変わる?」
「ええ。他のエレメントも。ただ巨大化するだけの時もありますが、たまにこうして形が変わるんですよ。原理は不明ですけど」
ランディに「だよな?」と同意を求められたルークが、「だな」と頷いた。実際二人は何度もエレメントが合体したのを見たことがあるし、その時々で二人が「当たり」と呼ぶ現象に遭遇したこともある。
「馬鹿な……精霊王は……。いや、確かにエレメントの集合性は報告されているし、仮説として上がっていたことも――」
ブツブツと一人忙しく呟くリーヤに、ランディとルークは顔を見合わせ肩をすくめた。
「ちなみに見て分かる通り、連中合体すると一旦落ち着くんだ」
再開されたランディの解説だが、それを聞く生徒達は訝しげな顔で、ランディとシェイドを見比べている。
「あれ? 意外な反応……」
首を傾げるランディに、「無駄だ」とリーヤが首を振った。
「闇の精霊王……シェイドの権能は、その名の通り〝闇〟だ。全ての光を吸収し、反射しない存在」
リーヤが見つめる先で、ゆらゆらと揺れるシェイドだが、生徒達の焦点はそこにあっていない。
「つまり皆……」
「シェイドが見えていない」
リーヤの言葉に、生徒達が皆頷いた。ちなみにキャサリンやセシリアには見えているらしく、
「変なフードのやつよね?」
「真っ暗な穴のような物が見えますわ」
と正確に形を捉えている。
「エヴァンスもハートフィールドも、かなりの修羅場を潜っているのだな」
感心するリーヤが、見える者と見えぬ者の違いを説明する。端的にいえば、魔素の揺らぎを視認出来るかどうかの違いだそうだ。精霊王とまで呼ばれる存在となったエレメントが、周囲の魔素へ影響を与えており、見える者はその揺らぎを、形として捉えているらしい。
ランディやルークが気配を察知するのに似ているが、幾度となく戦いを繰り返し、いわゆるレベルアップした人間だからこそ、わずかな揺らぎを感じ取れるのだという。
つまり、シェイドが見えない者は、ある意味でレベル不足と言えるだろう。
「何だよ。見えなかったら、危険かどうか分かんねーじゃねぇか」
口を尖らせるランディが、「どうしたもんかな」とシェイドを前に頭を掻いた。
(このままぶん殴って捕獲してもいいんだが……。見えねーなら、パッとしねーよな。そもそもここじゃ〝当たり〟相手は危ないし……)
眉を寄せ、ブツブツと考えるランディに、「見えればよいのか?」とエリーが口を開いた。
「このヒヨッ子どもが見えれば問題ないのじゃろう?」
「え? そんな事出来んの?」
「妾を誰と心得る」
ニヤリと笑うエリーが、「パチン」と指を鳴らした瞬間、エリーを中心に波紋が広がる。まるで水面を伝うように、静かに波紋が広がった時、生徒達からどよめきが起きた。
「何アレ……」
「浮いてる、影?」
「いや、穴じゃない?」
口々にシェイドの見た目を口にする生徒達は、驚きと興味を隠せないような表情だ。そんな中、一人だけエリーを見て驚いているのが、リーヤである。
「なんだ今の魔法は……。魔素への干渉振動だけじゃなく、一体何を――」
「流石は魔法理論の教鞭を取る者じゃな」
カラカラと笑うエリーだが、リーヤからしたらわけが分からないだろう。まさか目の前の少女が、はるか昔、今では失われた時代に大魔法使いなどと呼ばれていたとは知らないのだから。
「簡単に説明すると、奴が捻じ曲げておる魔素の波を、視覚波長域に再変換した……。それでお主には分かるじゃろう」
ニヤリと笑うエリーに、リズが「なるほど」と頷き、セシリアとキャサリンがレベルの違いに呆れ、ランディは頭に「?」を浮かべ、そしてリーヤに至っては目を剥いて息を呑んだ。
それがどれだけ高度なことか、そしてそれを指パッチン一つで可能にしたエリーが、どれ程の存在なのかを、リーヤは始めて理解したのだ。
「感心するのはよいが……。無理やりな干渉じゃ。やつも気づいておるぞ」
エリーが指差す先には、怒っているのか羽織っているローブの裾をバタバタと揺らすシェイドの姿がある。
「まずいな。……エヴァンス! 神聖魔法で沈静化を――」
リーヤが指示を出した瞬間、シェイドの中心部分から、黒い霧が吐き出された。ダークミストと呼ばれる、闇属性の中級魔法は、相手を霧の中に閉じ込め感覚を奪う魔法である。
一瞬で地下空間を覆うダークミストだが、生徒達はエリーとリズの特殊防護壁の中にいるので全く問題ない。リーヤも瞬時に己を防護壁で覆ったのだが、唯一防護壁の外にいるランディだけは、まともにダークミストに囚われた。
「リズ、エリー。全員を避難させてくれ――」
ランディの言葉に、リズとエリーが頷き、リーヤを含めた全員を旧校舎の外へと転移させた。
「流石にここじゃお前の相手は無理だからな……」
皆がいなくなった事を確認したランディも、シェイドに背を向け階段を駆け上がる。何度か戦ったことはあるが、当時はルークやハリスンを含めた数人がかりが基本だった。
あの頃より格段に強くなったランディだが、流石にこの〝当たり個体〟と地下室で戦えば、間違いなく旧校舎が崩れるだろうことは必至。ならば広い運動場で戦おうと決めたのだ。
昼日中の太陽の下に、シェイドがついてきてくれたら……の話であるが。
旧校舎の廊下を走るランディが、後ろを振り返れば、敵意を剥き出しにしたシェイドが追いかけてきている。何度も窓から差し込む陽の光などなんのその、真っ黒な闇を引き連れて追いかけてくるシェイドは、なかなかにホラーな存在だ。
時折シェイドが闇の矢を放つ。もちろんそれ自体は普通であるし、ランディも躱すのだが……
「へへーん。鬼さんこちら」
……ランディは躱すだけでなく、シェイドを煽り倒している。シェイドが羽織るローブの裾が逆巻くのは、熱り立っているからか。
とにかく自分を的にするランディが、廊下を駆けつつ、魔法を避け、シェイドとの距離を気にしながら、遠回りしつつ入口を目指す。
そうして煽り倒し、完全にヘイトを一身に背負ったランディが、「頃合いだな」と廊下を一気に駆け抜け、入口へとたどり着いた。
「全員脇に避けとけ!」
ランディの叫び声に、入口付近で中の様子を伺っていた生徒達が慌てて脇に避ける。飛び出してきたランディと、その後を追いかける真っ黒な塊が、生徒達の前を高速で通り抜けていく。
走るランディと、追いかける闇の塊。
ランディが運動場のド真ん中で止まったその時、闇は間髪を容れず再びダークミストを周囲に撒き散らした。
運動場を包み込む黒い霧。誰の侵入をも阻むような霧にランディの姿が消え、誰かが「大丈夫なの?」と呟いたその時、ダークミストが一気に晴れていく。
まるで何かに吹き飛ばされるように、霧散していく黒い霧。それが薄くなってきた時、生徒達が目にしたのは、ブンブンと上着を振り回すランディの姿だ。
「はあ?」
素っ頓狂な声をあげたのはリーヤだ。生徒達と一緒にランディを見守っていた彼女は、今目の前で起きている現象が信じられず目を擦っていた。
闇の魔法を物理的に払いのける。
魔法とはいえ、霧として顕現した以上可能かもしれないが、普通はやらないし、やろうと思わない。
それを迷わず実行し、打ち払ったランディの馬鹿げた膂力は、リーヤだからこそ理解できた凄技である。
ダークミストを吹き飛ばされたシェイドは、もはやランディしか見えていない、昼日中の運動場の中央に突如として現れた深淵。エリーの魔法のお陰か、その闇の中にある巨大な深淵を、生徒達も視認している。
闇の中心、深淵たるシェイドが、再びその虚空から魔法を繰り出した。
ランディへ向けて襲いかかる闇の矢。校舎の中で見せたのとは比べ物にならない量で、一斉に襲いかかる闇の矢を縫うように、ランディがシェイドへ接近。
間合い……に入った瞬間、ランディの足元が黒い沼に変わる。
ランディが踏み込みと同時に沈んでいく。
動きを止めたランディへ、シェイドが間合いを取りながら再びの闇の矢。
迫る闇の矢に、ランディは地面に両手をつく。
「性格悪いぞ――っと」
逆立ちの要領で沼を抜け出したランディ。
迫る闇の矢へ、足を開いてスピンキック。
高速で回転するプロペラのようなランディの両脚が、飛来する闇の矢を尽く蹴り飛ばして霧散させた。
闇の矢では仕留めきれないと理解したのか、シェイドが次に繰り出したのは、闇の鎌だ。シェイドを中心に、恐るべき速度で一周する巨大な鎌。
周囲の空間すら切り裂く一閃も、ランディには当たらない。
鎌の数も一本から二本、三本、四本と増え、その軌跡は縦横無尽になるのだが、どれもこれもランディを捉えきれない。逆に「見飽きたわ――」とランディが、全ての鎌を叩き折る始末だ。
これでシェイドも完全に火がついた。
ランディの前でローブを閉じ――どうやって閉じたかは不明だが――すぐに開き直したそこにあったのは、正真正銘の深淵たる闇の上級魔法、《奈落の門》だ。
奈落の底から、亡者すら呼び戻すと言われる上級魔法だが、今はランディを奈落の底へ吸い込まんと、とてつもない重力でその身体を引き寄せている。
地面に踏ん張っても、ズリズリと引き寄せられるランディに、シェイドにあるはずのない顔が笑ったように見えた。が、そんなシェイドに悪い顔を見せるのはランディだ。
「吸い込んで……いや、俺を近づけていいのか?」
ニヤリを笑うランディの言葉を、シェイドが理解できたかは不明だ。ただ……
重力と脚力とで一瞬にして距離を潰したランディが、シェイドの目の前に現れた。
「失せろ――」
ランディの拳骨がシェイドの顔面にあたる虚空を捉える。
虚空であるはずの部分が、押しつぶされるように歪み――「パァン!」と大きな音を立てて弾け飛んだ。
頭を無くしたシェイドだったものが形を保てぬように、何かの粒子をキラキラと空へと返して消えていく。
「よし! やっぱ確実に強くなってんな」
拳を握りしめるランディは、かつて魔の森で遭遇したシェイドを、ルークやハリスン達と一緒に撃退した事を思い出している。あの頃から更に時が経ち、今や一人でしかも余裕の勝利だ。
満足気に頷くランディだが、一つ忘れている事がある。
「ランドルフ氏! エレメントを捕まえるんではなかったのかい?」
遠くから叫ぶノアの言葉に、「だったー!」と思い出したランディが、慌ててマジックバッグから虫取り網を取り出し、霧散していくシェイドへ向けてブンブン振り回した。
昼日中の運動場で、何も無い虚空へ虫取り網を振り回す紅毛の大男。何ともシュールな光景は、その場に集まった全員の笑いを誘っていた……。
「つ、捕まえられませんでした!」
「でしょうね……」
呆れるリズと「仕方あるまい」と溜息混じりのエリーに連れられ、中座したランディは、なんとか魔の森で風のエレメントを捕獲して、交流会へと戻るのであった。





