第306話 デカいのは身体だけじゃない
「えー。少々予定とは違うんだが、今から風のエレメントの実態調査に移りたいと思う」
ランディが虫取り網の網部分を掴んで高々と上げた。網の中には弱々しく明滅する拳大の緑の球が入っている……のだが、それを見せられているはずの生徒達は、網を持ったランディと緑の玉からかなり距離を取った場所にいる。もちろんその中には、ランディと一緒に旧校舎へ入った生徒達の姿もあった。
「そんなに離れてたら分かんねーだろ?」
眉を寄せるランディに、「無茶言うな」とウェインが声を張り上げた。
先頭に陣取るウェインの叫びに、生徒達がもれなく頷く。旧校舎へ入った生徒達だけでなく、運動場で待機していた生徒達も、突然出現した謎の現象が闇の精霊王シェイドそのものだという事を周知されている。
ランディがリズとエリーと一緒に、魔の森に風のエレメントを捕まえに行っている間に、旧校舎に入った生徒達から聞かされているからだ。あれは闇の精霊王シェイドらしい、と。
そんな事を聞かされては、生徒達も近づくのを躊躇ってしまう。いくら風のエレメントが一匹しかおらず、また弱々しく明滅していようとも、何をしでかすか分からないのだ……ランディが。
なんせ彼らが旧校舎突入組から聞かされていた言葉は、
――闇のエレメントの集団に、魔法をぶちかませって。
――そのせいでエレメントが怒って、精霊王が顕現したらしいよ。
――やる事も言う事もメチャクチャだぞ。
そんなランディの奇行がメインなのである。
今生徒達が恐れているのは、決してエレメントなどではない。もちろんエレメントも脅威なのだが、それ以上に脅威なのが、嬉々として「合体するんだぜ?」とか言う謎の大男だ。
今もヒソヒソと、「ぶっ飛んでる」「あれはヤバい」とランディの生態について様々な意見が飛び交っているくらいなのだ。
折角うなぎ登りに見えたランディの評価が、ここに来て急降下を見せ始めているのだが……それを何とか阻止しているのが、今も先陣を切って「この馬鹿!」とランディに口撃をするウェインである。
「ルークさんも言ってたが、ここはお前の育った森とは違うんだぞ!」
声を張り上げたウェインに同調するように「そうだ。森に帰れ!」とルークまでもが声を上げる始末だ。
「テメーら……」
ランディが頬を引きつらせたその時、集まっていた生徒達の誰かが思わず吹き出した。
「……森に帰れって……」
「ひどい言われよう」
「でも、魔の森で嬉々として魔獣を狩りまくってたらしいよ」
上がってくるランディの話題が、先程と比べると幾分ニュートラルなものへと変わり始めた。
生徒達にとって、何をしでかすか分からない危険人物から、常識知らずの野生児という認識へとシフトしていっているのだ。そしてその緩んできた緊張に、追い風を与えたのはまさかの人物であった。
「やることはメチャクチャだけどさ……あの人なら何があっても守ってくれそうだよね」
ポツリと呟かれた言葉に、全員の視線が集まった。それはエレメントに魔法をぶつけたうちの一人で、エドガー陣営が派遣したスパイでもあるガイだ。
いの一番に手を挙げ旧校舎へ入り、ランディに言われるまま魔法をぶっ放した男として、生徒達からも一目置かれていたガイの発言に、誰かが「確かに……」と頷いたことで、再び風向きはランディへの期待へと変わっていく。
生徒達も思い出したのだろう。嬉々として精霊王を顕現させたのは事実だが、誰にも危険がないよう配慮をし、しかも自分ひとりにヘイトを向けて、何の被害もなく精霊王を叩き潰した事実を。
「パンチ一発は、やばくない?」
「魔法も殴ってたよな……」
「私は最後の網ブンブンが……ちょっと可愛かった」
自分の一言で変わってしまった空気に、ガイは一瞬だけ思わず「しまった」という顔を見せていた。折角交流会を駄目に出来るチャンスを、自らが潰してしまったからだ。
盛り上がりを見せる生徒達の輪から、コッソリと離れたガイが、苦い顔で校舎をチラリと振り返った。
「いいんじゃないですか?」
そんなガイの様子に気がついたのは、こちらも――陣営は違えど――同じスパイであるエルシアだ。
「貴方が言わなくても、結局同じ流れになってたと思います」
溜息混じりのエルシアに、ガイが「なぜ?」という顔を見せる。
「だって、事実ですし。それに――」
エルシアが視線を向ける先には、今もウェインやルークにからかわれるランディだ。虫取り網を片手に、「誰がゴリラだ!」と声を張り上げるランディは、リズやエリーだけでなく、キャサリンにユリウスと様々な人間に「まあまあ」となだめられている。
「あれだけ色々なタイプの人が周りにいるって事は、やはりそれだけの器なんだと思います。しかも皆さんのフォローまで完璧ですし……慕われてるんでしょう」
エルシアの視線は、今も生徒達に「あいつ、インフェリアル・ロードもパンチ一発だぞ」と嬉々としてランディの武勇伝を語るウェインに移された。生徒達のわずかな不安を感じ取り、先陣を切ってランディを非難していたはずなのに、今じゃ場の空気に合わせてランディの凄かった事を語っているのだ。
武力という分かりやすい評価だけではない。気軽に軽口を叩ける友人がいて、その友人が心の底から「アイツはスゲーよ」と言ってくれるのだ。それが何を意味するかくらい、生徒達も理解しているだろう。
「ほらね? 私達じゃ勝ち目なんてありませんよ」
「……だよね」
苦笑いでため息をついたガイも、思わず先の――自陣においては――失言を口走ってしまうくらいには、ランディという男に感化されていたのだ。
「有限実行する強さ」
「でも、完璧じゃない」
「むしろ、抜けすぎてる?」
「だからこそ、周りに人が集まるのかもしれません」
「そうなのかな。でも……」
二人が同時にランディを見た。既に多くの生徒がランディの近くに寄り、「絶対に何もしないで下さいよ」と気軽に話しかけながらも、風のエレメントに興味深げな視線を向けているのだ。
そんな生徒達の中に、ガイもエルシアも自分達同様、両陣営のパーティで何度か顔を合わせた子女の顔があることを確認している。
彼ら彼女らがスパイとして潜り込んでいるかは、二人には分からない。だが一つだけわかるのは、彼らが心の底から楽しそうな顔で、ランディと言葉を交わしていることだけだ。
「垣根なんて全然ないんですよね」
「ホント。こっちが構えてるのが馬鹿らしくなるよ」
先程までの距離感が嘘のように、ランディを中心に生徒達は楽しそうに風のエレメントに夢中で、今も様々な意見が飛び交っている。教官であるリーヤですら、「ヴィクトール、それを触らせてくれ」と興奮している様子に、ガイとエルシアが顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
皆に怪しまれない程度に距離を詰め、だが輪に関わることはない二人は、羨ましそうにランディと生徒達を眺めている。
「……なんで私、あの輪の中にいないんだろう」
ポツリと呟くエルシアが、自分の肘ををギュッと握りしめる。普段とは違う敬語ではないその口調は、恐らくエルシアの心の声が漏れたからなのだろう。彼女が見せる横顔には後悔と自虐の色が浮かんでいる。
一瞬目を逸らしそうになったガイであったが、それをこらえるように唇を噛み締めた。
「今からでも、遅くないんじゃない?」
「え?」
呆けたエルシアがガイを見る。エルシアに見つめられたガイは、照れたように頭を掻き、ランディを見ながら、「遅くないと思う」ともう一度呟いた。
「あの人なら、こんな僕達でも受け入れてくれる……と、思う」
語尾が窄むガイに、エルシアが思わず笑う。
「そこは言い切って下さいよ」
「無茶言わないでよ。僕だって君と同じ立場なんだ」
ガイはスパイであり、そもそもランディの敵であるはずなのだ。そんな状況で「大丈夫だって」と言い切れるほどガイは楽観的ではない。
苦笑いの止まらないガイに、「確かに」とエルシアが自嘲気味な笑いを見せたその時、
「おーい! 一番乗りコンビ! お前らの意見も聞かせてくれよ」
生徒達の輪の中で、大きく手を振るランディにガイとエルシアは顔を見合わせ微笑んだ。
「今だけは……」
「この状況を楽しもうか」
笑顔を見せた二人が、ランディを囲む生徒達の輪へ駆けていく。誰も彼もが二人を歓迎し、「どう思う?」「今こんな意見が出てるんだけど」と楽しげに話しかけてくる。
自分達が欲しかったものが、学院という場所に求めていたものが、確かに今ここにあるのだ。
貴賤の差のない意見の交わり、隣の人間と笑いあえる環境、誰もが好きに発言でき、それを誰かが咎める事も、腐す事もない。
ただ人が多すぎて意見に纏まりがないこの状況は、二人が所属している派閥では絶対に有り得ない。
だから思わず、
「先輩……生意気申しますが、人が多すぎて逆に時間がかかるんじゃ……」
エルシアがそんな事を、ランディに口走ってしまうのも無理はない。仕事をする上で必要なのは、何でもアイデアを出せばいいという事ではないからだ。だがそんな意見すら、ランディは笑い飛ばした。
「良いんだよ。ここは学校だろ? 効率とか、ンなもん度外視だ」
笑うランディが、活発化する生徒達の意見出しを前に、嬉しそうに目を細めた。
「大事なのは自分の意見を言う事。間違えててもいいじゃねーか。そん時ゃやり直しゃ良いんだよ。まだまだ先は長えんだから」
その言葉にエルシアとガイが目を見開いて固まる。まるで自分達のことを見透かされているかのような発言に、それでいて受け入れてくれるような態度に、思わず二人して固まってしまったのだ。
そんな二人を前に、笑顔のランディが「とはいえ、確かに意見を纏めるのは重要だな」とパンパンと手を叩いて全員の視線を集めた。
「よっし。折角ならグループワークにしようぜ」
ランディがユリウスやキャサリンを振り返り、「じゃあ、宜しく」とだけ言うと、二人がため息をつきながら、他の仲間に声をかけて、生徒達を適当に振り分け始める。
キャサリンやユリウス、セシリアにリズとエリーはもちろん、ウェインやルーク、リヴィアも巻き込み、それぞれをリーダーにしたグループへと分かれていく。
「貴重なアドバイス、サンキューな。……えっと――」
「エルシアです」
「ガイって言います」
思わず名乗った二人に、「俺は……知ってると思うが、ランドルフだ」とランディも名乗り、二人の肩を叩いた。
「お前らは俺のグループみたいだし、色々な意見を期待してるぞ」
笑うランディが、他の生徒を「あっちに集まるか」と促す背中に、エルシアがポツリと呟いた。
「敵わない……ですね」
「だね」
それに頷いたガイだが、二人共言葉とは裏腹に、晴れやかな顔でランディの背中を追いかけるのであった。





