第304話 不思議生物だし、そのくらいするよね
ランディ主催の交流会が開かれる午後……、会場となる旧校舎前には、見たことがないくらいの生徒が集まっていた。あまりの人の数に、交流会を手伝うと言っていたウェインですら、「皆、暇なのか?」と眉を寄せるくらいだ。
それでも大きな混乱がないのは、ランディ達の仕切りが上手いから……というのもあるが、ルキウス分校長が派遣してくれた、魔法理論の教官リーヤがいるからだろう。
魔法理論に長けたエルフでもある彼女は、学園でもルキウスに次ぐ魔法の実力者である。少しキツめの性格と、その腕前から誰も騒ぎを起こそうなどとするものはいない。
「えー。定刻になりましたので、私、ランドルフ・ヴィクトール主催の『エレメント捕獲調査会』を始めたいと思います」
リズが即興で作ってくれたお立ち台の上で声を張り上げるランディに、集まった生徒達から期待の視線が注がれる。
「御存知の通り、旧校舎の地下室には定期的に闇のエレメントが現れます」
ランディの説明通り、地下に現れる闇のエレメントは、基本的にルキウス始め神聖魔法に覚えのある教官達が撃退しているのだが、時間が経てばまた出現する困った奴らである。
「今回はこの闇のエレメントを捕獲し、エレメントって実は何なのか……をこの場にいる全員で調査解明していきたいと思います」
全員で実施する、その規模に集まった生徒達から「おぉ」という声がもれた。仮にこの調査が上手くいけば、この場に集まった全員の名前が調査報告書に載ることになる。つまり長年の謎を解明した一人として、正式に名を残すことになるわけだ。
期待が高まる生徒達であるが、多くの人間が興味だけでなく、野次馬根性で見に来ているのも事実である。実際にどうやって捕獲するか、調査するかなどの具体的案は出されていないのだ。
そんな疑問がどこからか上がる。もしかしたらダリオやエドガーが派遣したスパイの一人かもしれないが、ランディは「いい質問だ」とそんな野次に反応した。
「今回エレメントを捕まえる道具を作ってくれたのは、こちらの魔道具研究会の会長――」
「ノア・アークレインだ」
お立ち台の上で手を振るノアが持っているのは、どうみても虫取り網である。あまりにも馬鹿げたその道具に、その場に集まっていた全員が固まる。
――なんだそりゃ。そんなので捕まえられるのか?
そう言いたげな視線の数々に、ノアが「これはね……」と闇のエレメントを捕獲する事に特化した道具だと説明を始めた。エレメントはゴーストなどと違い、水や土など――火、風などは違うが――実体があるのだ。風にしろ火にしろ、光にしろ闇にしろ……とにかく、存在として確立している以上、この道具で捕獲できるのだと熱弁している。
もちろん道具に使われている材料の性質や、難しい魔導回路の話などを理解できる生徒はいない。だがあまりにも理路整然とそれを話すのだから、皆が「そうか」と納得するくらいには、虫取り網への疑問は小さくなった。
「さてと……。道具の説明も終わったことだし、早速捕獲に行こうと思うんだが……」
ランディが集まった生徒達を見回した。流石にこの人数全員で地下へと入るわけにはいかないのだ。
「希望者とかいるか?」
ランディの言葉に、集まった生徒達が顔を見合わせる。興味があってきたものの、エレメントの危険性は彼らも知っている。その上で捕獲器がまんま虫取り網なのだ。流石に危険すぎやしないか、と皆尻込みしているわけだ。
「まあ、捕獲自体は俺がやって、あとの調査を皆で……ってのでもいいんだが」
ランディが頭を掻いた時、ほぼ同時に二つの手が上がった。それに気がついたランディが、「おお」と嬉しそうに声をあげる。
「挑戦者が二人も――」
嬉しそうなランディに「挑戦者とか言うな」とルークが呆れた顔でため息をついた。
「前に来てくれ」
ランディに促され、生徒達の間を通り抜けて出てきたのは……ガイとエルシアの二人であった。
同時に生徒達の間から現れた二人は、これまた同時にお互いを認識し、そして同時に「「あ」」と声をもらす。
「なんだ? 知り合い同士か?」
首を傾げるランディに、二人は「まあ」と曖昧な返事をする。流石にお互いスパイとして派遣されてきたと言う事など出来るはずもない。
ただ二人が先陣を切ったお陰か、パラパラと希望者が手を挙げ始めた。その数が十を越えたあたりで、ランディが「じゃあ、今回はこのメンバーで行くか」と募集を締め切った。
男女学年様々な十人とランディに、脇で控えていたリーヤ教官が注意事項を告げる。
「いいか。分校長が許可した内容を告げるからな」
大きくため息をついたリーヤが、捕獲はランディに任せ、残りのメンバーは離れた位置で絶対にエレメントを刺激しないこと、などを少し不満気に話している。
彼女の不満は、生徒に頼らざるを得ない己の不甲斐なさへ向けられたものである。
無理もない教官でありながら、リーヤも外から見守れと言われれば、流石に不満に感じるのも仕方がない。だが実際リーヤ本人もエレメントの危険性は承知しているのだから、ルキウス分校長の言い分には異を唱えられないのだ。
そうして短い注意事項の確認が終わった後、ランディを先頭にリズとエリー、ノアとリーヤ教官、そして生徒達十人を挟むように殿にルークとセシリア、そしてもしもの時の神聖魔法要員キャサリンを配置する形で、旧校舎の中へと入っていった。
「七不思議以来か?」
旧校舎に響くランディの声に、「ですね」とリズが頷いた。ちなみに最後尾の方では、「あートラウマが……」とキャサリンが項垂れていたりするのだが、流石のランディ達もそれに気がついていない。
まだ外から差し込む光で明るい旧校舎の中をしばらく進むと、廊下の先に地下へと続く階段が顔を見せた。
階段の先は昼だと言うのに真っ暗で、どこかおどろおどろしい雰囲気まで放っているから不思議だ。
階段へと足を踏み入れると、地下から上ってくる微妙な冷気がランディ達の肌を撫でていく。
「これ、闇のエレメントだけじゃなくて、ゴーストの巣窟とかじゃ……」
ランディがそこまで呟いた時、後ろに控えるリズがランディに隠れるように身を縮こめて、服の裾を掴んだ。
「大丈夫。昼にお化けはでません……」
ブツブツ呟くリズに、ランディやエリーが苦笑いを浮かべ、教官であるリーヤも「なんだ?」と呆れた顔でリズを見ている。
「ブラウベルグはゴーストが苦手なのか?」
可愛らしいところがあるな、と笑うリーヤが、ランディ達の前に進み出て階段の先に見える扉のカギを開いた。
――ガチャン
と響く大きな音に、リズだけでなく数人の生徒が思わず小さな悲鳴を上げる。そのくらい扉の先から漂ってくる気配は、重く冷たいのだ。
カギが開くより大きな音を立て、観音扉がゆっくりと開かれる。そこに広がっているのは、まさしく闇であった。
一寸先すら見えぬ、そんな暗闇の中にフワフワとうかぶ、見覚えのある連中に、ランディは「チッ」と舌打ちをもらした。
「教官……」
「ああ。どうやらレイスだな」
リーヤの言葉に、生徒達からも驚きの声がもれる。ゴーストならいざ知らず、その上位であるレイスだ。二、三年の生徒であれば、何度か相対したこともあるだろうが、一年の生徒には荷が重い相手でもある。
「エリー、光を頼む」
「仕方あるまい」
呟いたエリーが、指の先に小さな炎を宿した。あまりにも強い光だと、闇のエレメントが逃げてしまう可能性があるのだ。
エリーの灯した炎に照らされた地下空間は、広いロビーのようになっていた。
「かつての倉庫だ」
リーヤの言葉にランディが納得したその時、奥で蠢く物を発見する。フワフワと漂う二体のレイスの直ぐそばにいるのは、黒い小さな人型だ。
闇のエレメント。地面から生えているかのような、黒い人型はこういった場所でなければ、影から生えていることが多い。
エリーの灯火を受け、ぼんやり光るフードを被り、まるで小さな魔術師のようにも見える。
「見ろ。あいつら共存してやがるぞ」
ランディが指差す先に、生徒達も目を凝らす。確かにランディの言う通り、共存……なのかは不明だが、レイスと闇のエレメントはお互いを敵と認識することなく同じ空間に存在している。
「エレメントが女神の遣いなら、レイスを浄化しないのはおかしいわ」
誰かが挙げた意見に、「いや、そもそもレイスは……」と誰かがランディ達が解明したゴースト達の正体をベースに、思念だから浄化せずとも問題ない、と意見を返した。
「でも、ゴーストって別の存在に取り憑きますよね?」
「エレメントには取り憑けないでしょ」
「なんで?」
「そりゃ、属性の……」
急遽始まったブレインストーミングに、ウンウンと頷いていたランディだが、「折角なら、もっと大人数でやろうぜ」と上を指差した。人数が多くなればなるほど、様々な意見が出て、より活発になるからだ。
ランディの提案に納得した生徒達が頷き口を噤むのと同時、リーヤが「どうする?」とランディを見た。
この状況でレイスを攻撃すると、間違いなくエレメントも刺激することになる。かといってエレメントだけを相手にするわけにはいかない。
そんなリーヤの疑問に「そうですね……」と呟いたランディが、生徒達を振り返った。ルークと協力したら、簡単に片がつくのだが、あまり簡単に済ませてしまうのは良くない。
なんせルキウスからは、「捕獲はいいが、危険性もしっかりと熟知させるように」、と言われているのだ。いわば『専門家の指導のもと行っています。危険ですので絶対に真似をしないで下さい』を分かりやすく見せねばならない。
もちろんルキウスはそこまで危険を見せろとは言っていない。ただ、危ないから絶対に真似をするなよ、という事を分からせるだけでいい、と言っていたのだが、それをランディに頼んだのは間違いである。
危険とは何か。それを教えるとは何か。ヴィクトール流のランディが解釈した結果……。
「誰か、エレメントに攻撃してみたいやつ、いるか?」
とんでもない提案に、全員が「いや……」とドン引きする中、ここでもガイとエルシアがほぼ同時に手を挙げた。
「お、一番乗りコンビか……いいぞ」
笑顔のランディがガイとエルシアに手招きをして、自分の近くへと呼び寄せた。
「魔法は?」
「一応簡単な攻撃魔法なら」
「私も」
怖ず怖ずと答える二人に、ランディは「いいね」と頷いた。
「じゃあ、ありったけの魔法を、あのエレメントの集団にぶちかましてくれ」
ランディのぶっ飛んだ提案に、「ヴィクトール!」とリーヤが小声で詰め寄るのだが、ランディは「大丈夫ですよ」と彼女をなだめる。
「何度も経験済みですから、な?」
ランディが振り返るのはルークだ。
「いきなりアイツは、衝撃が強い気がすると思うんだが……」
「別にいいだろ。分校長も言ってたし、危険性を正しく知るってのは調査としても間違ってねーだろ」
ランディの屁理屈ともいえる理論に、「へいへい」とルークが肩をすくめる。
「んじゃまー、やってみようか」
普通の生徒達なら、絶対に尻込みして攻撃など出来はしない。だがガイもエルシアもこの場にスパイとして、最悪交流会を潰せと言われて来た人間だ。
(俺が怪我でもしたら……)
(私が被害にあえば……)
誰か他人ではなく、被害に合うなら自分。そんな事を考えた二人が、ほぼ同時にエレメントの大群へ魔法を放った。
着弾と同時に、エレメントから闇を濃縮させた球が放たれる。そして時を同じくして、レイスもこちらに意識を向けた。
誰もがガイかエルシアのどちらかが怪我をする……そう思った時、ランディの拳が全ての闇球を叩き落とし、同時にエリーとリズの防護壁がランディ以外の全員を包みこんだ。
「さて、皆知ってると思うが、エレメントは攻撃すると、こうして反撃してくるわけだ」
再び飛来する魔法をランディが拳で叩き返し、レイスへと命中させていく。「危険を教えるとは何か?」そんな言葉が聞こえてきそうな現象だが、もちろんこれで終わりではない。
「じゃあ、これも知ってるか? 連中の群れに魔法を叩き込んで、それを何度かやり過ごすと……」
ランディの言葉に呼応するように、エレメント達が集まり一つになっていく――
「連中、合体するんだぜ?」
笑顔のランディに、「馬鹿な……これは、精霊王ではないか……」とリーヤが引き攣った笑みを見せていた。
※明日の更新は微妙です。どなたか仰ってましたが、書籍化作業はまだまだ継続中で、明日中には一旦形にしたいと思っておりまして。(まだまだ序盤で発売は先ですが)





