第297話 自信満々で連れてきたんですよ。強いはずです
グスタフ管理官が来院し、ダリオやエドガーの授業風景の観察と、担当教官からの聞き取りを実施したのが午前中の話……。ダリオもエドガーも、最も生徒達への影響力がある必須科目の教官達から、それぞれ推薦を受けていたのだ。
元の成績が優秀かつ元々生徒会出身のため、学院での生活態度から、生徒会運営への不安などないからこそ貰えた推薦ともいえる。
この部分の評価は、間違いなくランディよりも二人が優れている。だからこそ、判を押したように優秀な二人の様子を眺めていたグスタフは、満足したように何度も頷いていた。
グスタフとエドガーの関係性を考えれば、エドガーも蹴落とした方がいいはずだが、グスタフはそんなことはしない。エドガーの推薦に口出しするどころか、「我が甥ながら頑張っている」と後押しするような発言を見せ、生徒達へあくまでも公平だという姿をアピールとして利用しているわけだ。
グスタフ来院のせいで、普段とは違う雰囲気に、浮足立っていた午前中も終わり……。蚊帳の外であったランディは、リズやエリーと一緒に中庭に面したカフェに向かっていた。
「腹減ったなー」
「さっきサンドイッチ食べてましたよね?」
「頭脳を使っておらぬのに、どこで栄養を消費しておるのじゃ」
ジト目の二人に、「成長期なんだよ」とランディが口を尖らせたその時、
「待ちたまえ、ランドルフ・ヴィクトール」
背後から呼び止める声に、ランディ達三人が振り返った。そこにいたのは、グスタフと、黒髪をオールバックにしたランディに匹敵する偉丈夫だ。
線こそランディより一回り細いが、伸びる長い手足は服の上からでもしなやかな筋肉がついていることがよく分かる。笑みを称えているように見えるが、刃のように鋭い眼光の奥は笑っていない。
黒い軍服は帝国軍の物に似ているが、襟元にあるはずの部隊を示す徽章は、焼き潰されたのか、溶けてへばりついているように見える。
学院に不釣り合いな不気味な殺気を纏う男に、ランディはリズとエリーに「先に行っといてくれ」と促した。
ランディを気にする二人が、何度か振り返りながら廊下を進んでいく。二人の視線を背中に感じながら、ランディはため息混じりのグスタフへと向き直った。
「何か御用で?」
身長差から、どうしてもグスタフを見下ろすような形なのだが、ランディとしてはそんなつもりはない。だが見下ろされている方の、グスタフは不満を表すように眉を寄せる。
「私が来た目的くらい、耳に入っているだろう?」
「いえ、とんと――」
肩をすくめるランディに、グスタフが更に眉を寄せた。廊下の真ん中で睨み合う両者を、生徒達が遠巻きに見ながら通り過ぎていく。
「君たち生徒会長候補者の、推薦に瑕疵がないか確認しに来たのだ」
他の生徒達を気にしつつ語気を強めるグスタフに、「ああ。そんな話を聞いた気がします」とランディがすっとぼけた笑みを見せた。
「余裕のつもりか?」
「まさか。分校のトップを前に、緊張で頭が真っ白なだけですよ」
それだけ言うと、「では」と背を向けたランディに、「まだ話の途中だ」とまたグスタフが呼び止めた。
「総督……。ここでは管理官でしょうが、私とお喋りに興じるなんて、結構暇なんですね」
小馬鹿にするような顔を見せたランディに、グスタフの蟀谷に青筋が浮かぶ。ちょうど通りかかった生徒達がランディにギョッとした顔を見せ、足早にその場から離れていった。
「君たちのために時間を割いてきたのだ。問答くらい普通だろう」
「そりゃまた。『ありがとうごぜーやす』ってひれ伏したほうがいいですか?」
鼻で笑うランディの瞳には「頼んでないのに」との言葉がありありと浮かんでいる。その声が聞こえたのだろう、グスタフが「へらず口を……」と奥歯をギリギリと鳴らした。
既に生徒達はこの場から避難を完了したようで、感じるのは遠く廊下の角や近くの教室から、現場をうかがういくつかの気配だけだ。
「で? 結局管理官殿は、私のために何をしに来たんですか?」
話題を戻したランディに、「先程言ったであろう」とグスタフが不満気に鼻を鳴らした。
「君達の推薦に瑕疵がなかったか、確認に来た、と。……他の二人はもう終わったがね」
腕を組んだグスタフが、残っているのはランディだけだと告げた。
「単刀直入に言うが、本日の午後にある戦闘教練に参加するんだ」
腕を組んだまま、威圧するように睨みつけるグスタフに、「嫌ですよ」とランディが眉を寄せた。
「嫌、だと?」
「そりゃそうでしょう。今日の戦闘教練は、一年が実施する日じゃないですか」
一年に混じって教練を受けて、何の確認になるのだ、と口ごたえするランディに、グスタフが「心配するな」と後ろの男をちらりと振り返った。
「お前の相手はこの男だ」
グスタフの言葉に、男が口角をニヤリと上げる。だがそれだけで言葉を発することはない。
「私の身辺警護を任せる者の中でも、トップの実力者だ」
こちらもニヤリと笑ったグスタフが、「期待しているぞ」とランディの肩を叩いた。
「では、午後の教練に来るように――」
それだけ言うと、グスタフは男を連れてランディの横を通り抜け行った。
「身辺警護、ねぇ……」
男が発していたねっとりとした殺気は、猟奇殺人犯のような異常者のそれだ。これはまた面倒な男と相手をさせられるな、とランディのため息は止まらない。
「ランディ、大丈夫でした?」
「何を怒られておったんじゃ?」
グスタフ達と入れ分かるように現れたのは、リズとエリーだ。
「怒られてねーよ」
「与太を飛ばすな。あの管理官やらいう阿呆の顔は、熱り立っておったではないか」
ケラケラと笑うエリーに、「確かに怒ってましたね」とリズも頷いた。
「勝手に話しかけてきて、勝手に怒っただけだろ。面倒なオッサンだぜ」
ため息が止まらないランディが、午後の教練に参加せねばならなくなった事を告げた。
「推薦状況の確認ですか」
「セシリア達の言うておった通りじゃな」
「……で、悪いんだがちっと頼みがあってな――」
ランディが囁いた言葉に、「いいですけど」とリズが首を傾げつつ、頷くのであった。
☆☆☆
午後の教練が始まってすぐ、その場に居合わせた生徒達の視線は、ある一点に固定されていた。それは彼ら一年生の前で睨み合う、ランディとグスタフが連れてきた男だ。
ピリピリとした緊張感に、一部の生徒達は不安そうに教官とランディ達を見比べるほどである。
無理もない。まだまだ彼ら一年生にとっては、戦闘教練自体数回しか経験していない授業だ。幼い頃から戦闘訓練を積んできた高位貴族と違い、平民の殆どが木剣を握ることすら初めてだったりする。
こんな一触即発の状況など、経験したことがない連中の方が多い。
だからこそ、始めの数回は戦いという特殊環境に慣れるため、基礎訓練に当てられていたのだが……
「今日は授業の前に、特別に模擬戦の見学を行う」
……ガルドの発した言葉に、生徒達の注目が集まった。
「諸君も知っているだろうが、来週に控えた生徒会長選挙に立候補している、ランドルフ・ヴィクトールだ」
ガルドの紹介に「清き一票を」とランディが一年生に顔だけ振り向き、Vサインを見せた。
「ここからは、私が状況の説明をしよう」
ガルドに代わって前に出たのは、後ろに手を組んだままのグスタフだ。
「将来この国を背負う優秀な諸君――」
「忙しんで、さっさとやらせてもらえると助かるんですが」
始まりそうになったグスタフの演説を、ランディのため息が阻止する。その言葉に振り返りこそしないが、わずかに顔を歪めたグスタフが、「さて、諸君」と再び口を開いた。
「優秀な君達には、更に高みを目指すための教材が必要と思ってな」
顔を引き締めたグスタフが語るのは、ランディがいかに優秀な戦士かという話だ。魔の森と呼ばれる辺境を見張ってきた古い戦士の家系。そして自身もSランク冒険者を倒すほどの実力の持ち主。
「アルナセス両教官から、『自分達より強い』とお墨付きをもらい、生徒会長へ推薦されるほどだ」
グスタフの言葉に、「おぉ」とザワめきが起きた。ランディがガルドやバルクから推薦されている事は知っていても、その理由までは皆知らなかったからだ。しかも、教官よりも強い、という一点突破だ。
少なくともこの場に集まった、〝強さ〟への憧れや必要性を感じる生徒達には、響く物があったのだろう。
まるでランディの事を持ち上げるような発言だが、それを聞くランディは「ケッ」と不満を隠すことはない。
なんてことはない。単純に上げて落とす作戦だと分かっているのだ。
こいつは凄いらしい、と持ち上げておいて、自前の護衛でボコボコにして、大したことなかったな、とやりたいだけなのだ。
(手垢のつきまくった手法だな)
内心ため息の止まらないランディだが、それに手垢がつきまくるくらい、有効な事は理解している。有効だから、古今東西誰もが使い、手垢がつきまくっているのだから。
そうしてランディを持ち上げたグスタフによって、一年生たちの期待も見る間に上がっていく。
「さて。そんな先輩の相手だが、帝国軍を引退したこのザイフ・アルドレンが務めてくれる」
グスタフの紹介に、ザイフと呼ばれた男が怪しい笑顔のまま生徒達へ一礼を見せた。礼儀正しく見えるが、下げた頭で隠れた顔で、横目にランディを睨みつけたままだ。
「では諸君、先輩の勇姿を、しかと見届けてくれ」
下がっていくグスタフだが、ランディの相手をするザイフの詳細は話さない。ただ元帝国軍というだけである。それはもちろん、上げて落とす場合に、この男の素性が謎の方が都合がいいのだ。
生徒達へ背を向けたグスタフが、ランディにニヤリとした笑みを見せ、囁いた。
「直ぐに終わってくれるなよ」
囁くだけ囁き、ランディから離れるグスタフの背中に、ランディがため息を返す。
「そりゃ、アンタのお守りに言ってくれ」
わざとザイフに聞こえるように、だがそれでもザイフの表情に変化はない。そうしてまた向かい合うランディとザイフを前に、ガルドとバルクが生徒達が安全を確保できるよう、離れるように指示を出した。
準備が終わった事で、ランディはザイフから一旦離れ、近くにいる教官二人へと頭を下げた。
「すみません。授業を潰すような形になって……」
「お前が謝ることではない」
「そうだな! 大人の事情に巻き込まれた、お前も立派な被害者だ!」
声を落とすことを知らないバルクに、ガルドとランディが視線を向け、同時に顔を見合わせ笑顔を浮かべた。
「んじゃまー。ちゃちゃっと済ませてきますよ」
笑顔で背を向けたランディに、「ヴィクトール」とガルドが声をかけた。
「相手は恐らく、かつて【黒狼】と呼ばれた元帝国軍一の問題児だ」
「へぇ。問題児にしては、大人しいっすね」
ランディはザイフを見つめたまま答える。
「お前とは問題児の方向性が違うんだ」
苦笑いのガルドが、ザイフは残忍すぎる性格のせいで、任務中に捕虜を嬲り殺したり、訓練でも相手を必要以上に痛めつける、加虐趣味のある男だと伝える。
「弱いものイジメか……」
「だが実力は本物だぞ。なんせ――」
「大丈夫ですよ」
ランディが笑顔でガルドを振り返った。
「教官達を相手にするよりは、楽そうなので」
ランディの一言に、全てが詰まっている。それはガルド、バルクという二人の戦士へ向けたランディなりの最大の敬意だ。
後ろ向きで手を振ったランディに、「俺はお前の相手など御免だぞ」とガルドがため息を返した。
「……さてと。待った?」
ニヤリと笑う軽い発言のランディに、ザイフが「そうでもない」と初めて口を開いた。どこか笑い声が混じったような小馬鹿にしたような声だが、ランディがそれに反応する事はない。
「下らん仕事と思っていたが、なかなかどうして、強そうじゃないか」
ザイフが両手をポケットに入れたまま、口角を上げる。
「そりゃどうも」
ランディが肩をすくめたその時、ガルドが二人の間に立った。
「ではこれより模擬戦を開始する。武器を使用する場合は木剣、危険と思えば、私とバルクが全力で止める……両者それで異論はないな?」
ガルドの言葉に二人が睨み合ったまま頷いた。ガルドが二人から少しだけ離れて、「両者、準備はいいな」と声をかけた。無言で答える二人に、ガルドがゆっくりと手を挙げる。
「では、はじめ――」
開始の合図と同時に、ザイフの頭が地面にめり込んだ――





