第295話 やる!って決めて直ぐ出来たら良かったのに
翌朝、登校したランディは、朝からリズと分校長室に顔を出していた。ちなみにエリーは別件で席を外している。
「……なるほど。エレメントの実態調査の許可か」
ソファの上で唸り声を上げるルキウス分校長に、「そうなんです」とランディが笑顔をみせた。何とも胡散臭い笑顔に、ルキウスが呆れたようなため息をつく。
「選挙活動の話をとんと聞かないが、大丈夫かね?」
ため息混じりのルキウスに、「それなんですが」とリズが一枚の紙を差し出した。それは所謂ポスターで、昨晩三人で考えたものだ。
リズが描いたデフォルメされた精霊っぽい可愛らしいキャラクターが目を引く、調査会開催の案内である。
『〝求む。タブーのその先へ踏み込む気概のある者〟
このたび、選挙候補者として出馬中のランドルフ・ヴィクトールは、生徒との交流機会として、下記の通り学内にてフィールドワークを開催します。
内容:《エレメント捕獲・調査会》
触れてはいけない、の代名詞エレメントを観察、調査することで、謎に包まれていた存在解明への一助となる、そんな調査会にする予定です。
以下、候補者からのメッセージ(原文ママ)
おい、知ってるか?
世の中には〝触れちゃいけねぇ〟って決まってる話がある。
誰も語ろうとしねーし、見ようともしねぇ。
だからって、無かったことにはならねーだろ?
大人達は揃いも揃って、〝止めとけ〟って顔してるけどよ、本音じゃ全員、気になって仕方ねーんだよ。
だからよ……その〝触れちゃいけねぇ〟を解明しようぜ
タブーほど、面白い。――だから、やるんだよ
学院一の問題児と共に、タブーへ切り込んでみませんか?
もちろん危険と思われる捕獲自体は、主催者であるランドルフ・ヴィクトールが実施し、また調査会へ入るであろうクレームも、全て主催者が対処します。またこの調査には教会及び、学院、行政府に至るまで、各組織は一切関与しておりません。
興味のある方はぜひ、ご参加下さい。
明日土曜日、十三時。学院の正門集合
――――――』
渡されたポスターの内容を呼んでいたルキウスは、「なるほど」と苦笑いのまま顔を上げた。
「エレメント捕獲・調査会。考えたものじゃな」
ルキウスが、リズへとポスターを返した。
「本来であれば『危険じゃ』と許可出来ぬ事であるが……。ちなみにエレメントと敵対した経験は?」
「数え切れない程」
肩をすくめるランディに、「やはりか」とルキウスが苦笑いをみせる。
「確かにエレメントの正体は、朧げではあるが口伝でワシも聞いておる」
その上で、とルキウスが真剣な顔で話すのは、エレメントの正体を解明する必要性があるのか、ということだ。
「確かに教会との関係性を、詳らかにする必要はあるかもしれん。が、下手に存在を丸裸にしては、危険な真似をする人が出る可能性もあるじゃろう」
ルキウスの言葉に、ランディは「それは自己責任だろう」という言葉を飲み込んだ。ルキウスとて、分かっているだろうが、学府を治める長として、他の学生に害があるかもしれぬことを、ホイホイと許可出来ぬのだ。
「分校長の仰ることは分かります。ですが、今この時もエレメントによる拐かしは、起きている事実です」
ランディの言葉にルキウスが黙って頷く。
「『近づくな』と言っても近づく。ならそんな連中に、正しい知識と対処法を知らしめることも、学院の役目ではないでしょうか?」
屁理屈に近いランディの主張だが、ルキウスとしては「うーむ」と唸らざるを得ない。
なんせ半年ほど前に、学院でエレメント騒ぎがあったばかりだ。しかもエレメントの仕業と分かっていながら、当時の生徒会役員が揃って首を突っ込んだ事件である。
暗にそれを引き合いに出されては「そんな奴おらんやろ」とは言えないのだ。
しばし考えていたルキウスだが、「ちなみに……」と、机の上のポスターを指差す。
「ちなみに学内とあるが、どこで調査をするのかね?」
「旧校舎の閉ざされた地下に、闇のエレメントが住まっている……そう聞いております」
ランディの言葉に、ルキウスが天井を仰いだ。ランディが噂として知っている以上、他の生徒も知っているのは間違いない。
つまり放っておけば、以前のような事件が起きぬとも限らないのだ。
「奴ら何度追い払っても、定期的に湧いてくる、と聞いてます……。それを解消できるかもしれませんが?」
ランディの見せた笑顔に、ルキウスが「分かった」と大きく頷いた。
「調査会の許可をしよう。ただし、安全のため儂が推薦する教官が同行させること。そしてその指示に従うこと」
ルキウスの出した提案に、ランディとリズが顔を見合わせハイタッチを交わす。
「それならば分校長やその教官の、お名前があると良いと思いまして……。いかがでしょうか?」
笑顔のリズがポスターの最下部を指差した。わずかな空白に、協賛とでも称して分校長や教官の名前が入るだけで、生徒達が参加するハードルがぐっと下がるのだ。
「気持ちは分かるが、流石にここに儂らの名前までは出せんのう」
苦笑いのルキウスに、「まあ、ですよね」とリズも苦笑いを返した。選挙活動に利用する以上、教官達の名前を出すのは、他の候補者との平等性を欠くのだ。
「ちなみに推薦する教官は?」
「そうじゃな……。リーヤ教官を考えておる」
「魔法理論のリーヤ教官ですか?」
首を傾げるランディの脳裏には、タイトなスーツに身を包み、ブロンドヘアをアップにした、フォックス型眼鏡のエルフ女性が浮かんでいる。リーヤ教官と言えば、ゴースト騒ぎの時に、国への報告書提出で間接的にお世話になった教官である。
「左様。彼女なら、こういった話に興味があるはずじゃ……。エリザベス嬢の言う協賛とはいかぬが、フィールドワークの保安要員という名目で、彼女を同行させよう」
ルキウスがリーヤは、魔法理論だけでなく、魔法生物などにも興味があると語った。だからエレメントの調査にも間違いなく食いつく。
リーヤの興味を考えれば、〝協賛〟と銘打ちたい程だが、流石に他の候補者の手前、そこまでは出来ぬ。だから保安要員という形を取る。
ランディは、そんなルキウスの提案に頷くことにした。
ひとまずエレメント調査会……という名の捕獲作戦を、選挙活動の一環として認めて貰えただけで充分なのだ。
「それでは教官に通達だけお願いします。我々も今日の午後に挨拶に行きますが」
「分かった。話は通しておこう」
頷くルキウスに別れを告げ、ランディとリズは分校長室を後にした。
「ふむ。ベストなタイミングじゃな」
分校長室の扉の前にいたのは、エリーだ。
「お遣い悪いな、話は聞けたか?」
「うむ。調査名目でのポスターの張り出しくらいなら、問題ないとの事じゃ」
頷くエリーは、キャサリンとアナベルに話を通してくれていたのだ。エレメントが教会と何の関係もないのは事実だが、そう勘違いしている人間が一定数いるのも事実。故に今回の調査は、教会にとっても慎重に見極めなければならない案件だ。
だからこそ、キャサリンやアナベルには仔細を話し、ポスター掲載の許可を取ってもらったわけだ。
彼女達がランディと親しいのは、学院では周知の事実だ。勝手にポスターを張り出せば、キャサリンやアナベルが調査を黙認した、教会のお墨付きだ、と言われかねない案件でもある。
「大司教に協賛出来ぬか話を聞いてくる、そう言うておったぞ」
「そこまで大事にしなくてもいいんだが……」
苦笑いのランディだが、二人が善意でやってくれるのなら、それを止める必要もない。実際ランディは知らないが、エレメントによる誘拐事件は、教会でも頭を悩ませている事案の一つである。
教会は関係を認めていないというのに、勝手に女神の眷属だと思い込み、エレメントに攫われ帰ってこない人々がいる。これでは女神が人を拐かせている、と言われる日がいつかくるかもしれないからだ。
そんな事など知らぬランディからしたら、教会がバックアップしてくれるだなどと、全く思っていない。ただ許可が下りたし、目立つところにポスターを貼り付けよう、という事しか頭にない。
「よっし、早速ポスターを貼っつけようぜ」
人が来ても来なくても、問題ない。そんな思いで作ったランディ達のポスターは、この日多くの生徒の注目を集める事となる。
もちろん話題は賛否両論……いや、否定的な意見がまだまだ大きい。なんせタブー中のタブーだ。
誰でも知っている。エレメントに手を出せば、酷い目に遭うということを。
だから皆興味はあれど、一歩を踏み出せない。その踏み出せない一歩を、〝危ない〟から、という理由にしているのわけだ。
そして更に、ランディの活動どころか、出馬すら無くなるかもしれないという噂も出回っている。それは昨日の今日で、ダリオ一派が密かに流した噂だ。
グスタフ総督が、学院の管理官として、各候補者の推薦が適切であったかを、調査しに来るという噂。
実際に、午前の授業が始まるより早く、グスタフ総督が乗る馬車が正門から入ってきたので、その噂はランディの張り出したポスターのインパクトを、吹き飛ばす勢いで回っている。
危険な調査会。そもそも無効になるかもしれない推薦。
その二つが、生徒達に二の足を踏ませる中、原因の大きな一翼である、グスタフはというと……
「エレメント調査会? こんな危険な事を許可するとは」
……呆れた顔で、ランディの張り出したポスターを一瞥し、ため息をついていた。
「やはり調査が必要だな」
事更に大きな声で、調査を強調するグスタフは、勝ち誇った顔で、背後に控える偉丈夫を伴い分校長室を目指しはじめた。
グスタフは、生徒達の動揺を肌で感じている。
推薦問題に加えて、この調査会もランディの立候補をつつくキッカケになる。そう確信したグスタフは、満面の笑みだ。
自信に満ちた堂々たる足並み……だがこの力強い一歩一歩が、ランディへのアシストへと近づいている事など、今の彼には知る由もない。





