第291話 閑話 外から見るとより楽しそうに見える
生徒会選挙告示から二日経ったその日……。週の真ん中、折り返しであると同時に、翌週月曜日に控えた選挙まで、実質半分とも言えるこの日は、昔から生徒会選挙において重要な日と言われてきた。
選挙前半の勢いを、後半へ乗せるため。
後半で巻き返しを図るため。
とにかくこの日は、昔から選挙日に向けて、後半戦をどう戦うかを占う大事な日である。
だからこそ、ダリオもエドガーも、それぞれの支持者を集めて校舎の一画で集会を実施していた。
集会とはいうが、パーティ会場のように整えられた教室で、支持者達が横のつながりを確認するものだ。支持者に余裕を見せる狙いもあるパーティだが、支持者達の中でもダリオ、エドガーに近しい者たちは、それぞれのパーティ会場の一画で、選挙戦後半に向けての作戦会議に余念がない。
奇しくも両方の議題は〝ユリウスをどうするか〟というものであった。
二人がユリウスを意識しているのは、それぞれの支持基盤を強固にするためだ。
ダリオは自治区で要職を狙う高位貴族や、そのおこぼれに預かりたい下位貴族の支持を中心に集めている。
対するエドガーは、帝国占領のおり、貴族籍を剥奪されたもの、今の状況では上がりの目がないもの、とエドガー同様凋落した貴族からの支持を中心に集めている。
数でいえばダリオが圧倒的に多いが、それでも油断できぬのは、やはりユリウスという〝帝国の元皇子〟がいるからだ。
本人は「継承権を放棄した」と言っているが、それでも帝国元皇子というネームバリューは大きい。特に国が自治区に変わった今なら、尚の事である。
自治区となった地域は、今でこそダリオの実家ワイスマン侯爵家と、元王弟ロートハイム公爵家がトップとして管理しているが、この先それが続く保証はない。
だからこそ、ダリオの本心としてはここでユリウスという、仮想帝国を味方につけたい。だが露骨に尻尾を振るわけにもいかない。あくまでもここは自治区なのだ。その誇りは見せねばならない。
そこでダリオ陣営の上層部が考えついたのが、ユリウスにどの陣営にも属さぬよう働きかけるという作戦だ。
帝国の元皇子すら黙らせる。ここはあくまでも自治区であり、支配者が王から総統に変わっただけだとアピールしたいわけである。そうすることで、自身の支持基盤かつ学院の大部分を占める元中央下位貴族達へ、心理的な安心を与えたいのだ。
ダリオについていけば、この先も自分達は特権階級のままだと。
一方エドガー陣営はというと、こちらもユリウスに大人しくしてもらいたい。
今のところダリオ陣営に数では負けているものの、エドガー達はその繋がりが希薄な事を見抜いている。現にアーサーはダリオの手を取らず、エドガーの陣営に与しているくらいだ。
ダリオ陣営は、きっかけ一つで、突き崩せるくらい脆い。
確かにそうなのだが、実際のところエドガー陣営も強固な絆は上の一部だけで、下を支える人間たちは「ダリオよりはいいか」という消極的な理由での参加だ。
エドガーとしても、ユリウスを選挙戦から遠ざけたい。帝国を跳ね除けるという、イメージを支持者へ見せる事で、自陣の脆さを強固にしつつ、ダリオに与する緩い地盤を突き崩したい、という目論見である。
そんなこんなで、両陣営はその日の放課後、授業やクラブが終わった生徒を中心に、学舎の空き教室を借りて集会パーティを行っていた。
支持者拡大のため、そして余裕を見せるために、お互いが誰でも自由に参加できるよう、設定したパーティは、表向きの華やかさとは裏腹に、両陣営のスパイがパーティ会場に潜り込み、お互いの情報を聞き出すというドロドロしたもの化していた。
そしてもちろん、そんなスパイの役目を負うのは、こちらも顔の割れていないその他大勢の下位貴族の人間だ。
両陣営のトップに近い家と、浅からぬ縁があり、加えてまだその関係があまり知れ渡っていない新入生が、スパイ役に抜擢されるのだが……彼らとて馬鹿ではない。
それはある意味で必然であった。
会場が近く、更にお互い新入生という事で、廊下ですれ違った瞬間、お互いがお互いの目的に気がついたのだ。
緑の巻き毛の大人しそうな男子生徒と、長い茶髪を一つ括りにした真面目そうな女子生徒。
目が合った二人は一瞬警戒するものの、同時にため息をついて苦笑いを浮かべた。それは「我々は何をしてるんだろう」という嘆きにも似た苦笑いだ。
それでもすれ違った二人は、お互い別々のパーティ会場へと消え……しばらくして、また会場からほぼ同時に姿を現した。
廊下ですれ違い、落胆した表情を見せる二人は、どちらも情報が得られなかったと見える。
無理もない。入学したばかりの下位貴族が、パーティの片隅で行われている作戦会議の内容など探れるわけがないのだ。だからこそ、何度も人を変えて両陣営がスパイを送り込んでいるのだが。
そうしてまたすれ違う二人だが、「あのさ……」男子生徒が、不意に声をかけた。
「……戻りにくいから、少しだけ時間を潰さない?」
男子生徒が、パーティ会場のあるフロアの下を指差した。
「……そうですね」
頷く女子生徒が、出来れば外がいいと伝えた。外に行けば木陰にベンチもあるし、何よりパーティから抜け出したと思われにくいからだ。
そうして二人黙ったまま外へと抜け出し、運動場が見えるベンチに腰掛けた。陽が傾き始めた運動場では、運動系クラブの生徒達が、片付けに勤しんでいる。
「ガイ・エルネストだ」
「エルシア・ローレントです」
お互い握手と言葉を交わしてみれば、自分達の置かれている状況にため息が出てくる。
ガイの実家は、王室財務補佐官を務めていた、エルネスト子爵家。王室財務補佐官は、国ではなく、王家の私財や収支の管理を行う役職である。
王国が自治区となった事で、王室が廃止され、私財を管理する対象がなくなったエルネスト子爵家はお役御免。父であるエルネスト子爵は、何とか上がりの目を探しているが、王家と近しかったと難癖をつけられて、その目は殆ない。
「仕事としての関係しかなかったのにね。王室ってついてたらアウトなんだって」
苦笑いのガイに、エルシアも似たような物だと苦笑いを返した。
エルシアの実家は、法務局の書記官を務めるローレント男爵家だ。クリスの事件でロウ伯爵家が法務卿の任を下り、新たに法務卿となった人間が、ローレント男爵を書記官へ抜擢した。
だがワイスマン侯爵家により返り咲いたロウ伯爵家が、法務卿を失脚させ、今やローレント男爵家の身分も危うい状況なのだ。
「私がロウ伯爵令息の役に立つと思われれば、お父様も少しは楽になるかと思って……」
お互いが父の職場や上司といったしがらみのせいで、こうしてスパイとして動いているのだが、元々は真面目で真っ直ぐな少年と少女だ。
後ろ暗い行為に、抵抗がないわけではない。
それでもスパイをせねば、自分の家が危ういと、頑張ってみたものの何の情報も得られなかったというわけである。
「……一応、さ。僕の知る話では、ユリウス元皇子を利用するらしいよ」
ガイが話すのは、エドガー陣営の作戦だ。
ダリオが既にユリウスを頼らない、といった情報を得たエドガーは、情報戦を仕掛ける予定らしい。
元々は「帝国がダリオを見限った」という情報を流す予定であったが、ダリオが自分から手を借りないと公言する事が判明したので、その内容を変えるのだ。
ダリオ達は、トップに立つために帝国を利用したのに、トップに立った途端、その恩を忘れて切り捨てるのだ、と。
「なるほど……。私達を切り捨てる。そんなイメージを植え付けようとしてるんですね」
頷いたエルシアの視線の先では、運動部の片付けもほぼ終わり、運動場は静寂に包まれ始めていた。
「ちなみに私の知る限りでは……」
エルシアが話すのは、ダリオ陣営の脆さだ。エルシアのように、多くの下位貴族が、仕方なく従っているだけにすぎず、エドガーの目論見通り、作戦がハマれば一気に陣営が瓦解しかねない。
実際帝国側から、文官派遣の話がきているらしく、今回の選挙に協力したとしても、近い将来実家が職を失う……まではいかずとも、減俸や階級ダウンが待っているのは確実だとか。
「ワイスマン様を会長に押し上げても、見返りがない。それがバレたら……」
「だからといって、殿下が会長になったところで、何も変わらないんだけどね」
二人が同時にため息をついた時、運動場に良く分からない集団がハイテンションで現れた。全員が「やるぞ」だとか、「距離の計算を」だとか、「設置場所を」だとかを楽しげに話している様子は、自分達とは正反対だ。
「あれって……」
「確か三年のランドルフ先輩」
「それと、ユリウス元皇子の姿も見えますね」
二人が見たのは、運動場へと乗り込んできたランディ一派の姿だ。幻屈晶のデータ収集を終え、限界値を調べに来たマッドでハイなエンジニア集団。
政治の延長と化した今の学院における、異質かつ特異点は、皆に見られている事など知らず、巨大なレンズを運動場に打ち立てた。
「……何が始まるんだろう」
ガイの呟きにエルシアが応えられるわけはない。それでも二人して、ランディ達の奇行を見守ること暫く、何かが学舎の壁に向けて照射された。
学舎を振り返る二人だが、そこは木陰のせいもあって良く見えない。慌てて二人で運動場まで出て振り返るのだが、既に照射が終わっていたようで、今はただ白い壁のままだ。
「なんだろう。ちょっと期待したんだけど」
「私もです」
二人がこんなものか、と苦笑いを浮かべたその時、空に暗雲が垂れ込め辺りが闇に包まれた。
異様とも言える天気に、エルシアが「なに……?」と辺りをキョロキョロ見回し、ガイが「離れないで」とエルシアの側に寄ったその時、再び光が学舎へ向けて照射された。
そこにあったのは、学舎全体に映し出されたランディの特大映像であった。
「生徒会長候補、ランドルフ・ヴィクトール……」
「……清き一票を」
二人が思わず呟いたその時、「「「おおーー!」」」集団から歓声が上がる。二人が振り返れば、集団は楽しげに笑顔でハイタッチや包容を交わしている。
心の底から状況を楽しんでいる、そんな様子を二人が羨ましげに眺めていたその時、
「こぉら! お前達! 何をやっとるか!」
「そこを動くなよ!」
運動場の向こうから、大声が響いた。
「やべぇ! ずらかるぞ!」
「全員撤収!」
集団の中で上がった声に、集まっていた生徒達がバラバラに逃げ出した。
「ヴィクトーーーール! お前の仕業だろう!」
遠くからランディを呼ぶ声が響く。二人もあれだけデカければバレるだろうな、と頷くしかない。
そうして二人の目の前で、ランディはガルド、バルク両教官に捕まり、「これには深い理由が」と情けない声を上げながら連行されていった。
その背中を見送っていたエルシアが、「フフッ」と思わず笑みをもらした。
「……何と言うか、強烈な先輩でしたね」
「だね」
苦笑いのガイが、晴れ渡った空を見上げ「楽しく……か」と呟いた。
「皆仲良く、そして楽しく……。あの人なら、本当に実現しそうだね」
「……そうですね」
小さくなったランディの背中を、二人が羨ましそうに見つめている。脳裏に木霊するのは、「なぜ自分はここにいるのか」という己の声だ。
「ランドルフ・ヴィクトールか――」
こうしてランディ達の実験は、多くの生徒達にインパクトを残した。それは奇しくも政治的な立ち回りで準備を進めていた、ダリオ、エドガー両陣営が抱える「学生としての在り方」を大きく刺激したのだ。
政治的な立ち回りでは、ランディに遅れを取らないと自信のあった二人は、その政治的な立ち回りのせいで、己の足元が真に抱える脆弱さを見抜けていなかった。
彼らがこの騒動で、脆弱だった足元が崩れていたと気付くのは、もう少し先になってからである。





