第290話 限界を知りたかっただけなんです
「おや? 今日はまた大所帯だね!」
魔道具研究会にたどり着いたランディ達を迎え入れたのは、準備万端と言った具合のノアを始めとした生徒達だ。
「まあな。お前も知ってると思うが、結構やる連中だぜ」
「それは頼もしい」
微笑んだノアが、「ようこそ」と建物の中へ皆を引き入れた。
「さて、と。早速実験と行くかい?」
首を傾げるノアに、「そうしてーんだが」と切り出したランディが言うのは、想像以上に幻屈晶がピーキーな素材だということだ。
魔力での可変性と、魔力を屈折させるという二つの特性が、非常にややこしく絡み合っている。
「光の魔力の屈折率を測るのに、魔力で形が変わるもんだからよ」
毎回同じ形に変われば良いのだが、わずかな魔力の淀みで、変化する形が変わってしまうのだ。形が変われば、それに応じて屈折する角度も変わる。そのせいで屈折率の計算すら、手こずった程である。
「一応、屈折率だけは仮の数字を出したんだが……可変と魔力の関係や、規則性には母数がもう少し欲しくてな」
「なるほど。それでこの面子か」
「そーゆーこと」
頷いたランディが、皆を振り返った。
キャサリンやセシリアは言わずもがな、ユリウスもやルークも魔法に関しては非常に明るい。そしてユリウスに至っては、リズやセシリア、キャサリンにも引けを取らない頭脳の持ち主でもある。
「じゃあ早速割り振りと方法を決めちゃう?」
「だな。ある程度の指針はあるから、それを詰めるか」
ランディの号令で、幻屈晶の可変性能を調べる実験のための会議が始まった。キャサリンやレオンといった、普段からコンビの人間に、魔道具研究会から補助が入り、それぞれが決められたルールのもとで、魔力の照射を繰り返す形になった。
そのルールを決めるために、ノアも研究会のメンバー全員をロビーへ集める。
一言でデータ収集とは言うが、その内容は非常に煩雑かつ地味な工程が多い。
なんせ見た目の変化を確認する作業だけでも一苦労なのだ。条件を変えつつ、幻屈晶の形状が「どのように」変化するのかを観察する。言葉にすれば簡単だが、各変数が幻屈晶に与える影響を、正確に調べなければならない。
それに加えランディ達の弾き出した屈折率と合うのか、数値の検証まであるのだ。
「これ、魔素の数値も変数よね?」
「じゃろうな」
「魔力計と、魔素計と……」
「レンズ径と焦点距離の基準って――」
それでも全員が様々な事を把握しているのだから、流石学院でもトップの才能達である。
他にも測定方法の決め事や、データの取り方、それぞれ必要な事をトントン拍子で決めたメンバー達は、本来の実験室はもちろんのこと、設計室から倉庫、果ては外に至るまで……ありとあらゆる場所に散っていく。
そんな中、リズとエリーがロビーに残るランディを振り返った。
「ランディは、グラフへデータのプロットをお願いします」
「線形、非線形のヒントくらいは欲しいからのう」
そう言って手を振ってくれる二人の背中に、ランディは「フッ」と笑みを返した。
「……日本語でOKだぜ?」
ランディが一番分かっていないのだが、そこは言い出しっぺなので神輿に座るしかない。ランディが――データ採取に出かけようとする――ノアとエマを何とか引き止め、「プロットするって何?」と二人に仕事の手伝いを依頼している裏で、散開したメンバーは、それぞれが必要なデータを集め始めていた。
皆が取り掛かっているのは、どれもこれも地味で苦しい作業だ。何度も同じ事を繰り返し、集まったデータで、規則性を把握し、レンズの形状、照射する魔力の量、そういった物を導き出す地道な作業である。
それでも皆が集まれば、賑やかかつ一気に進んでいく。データを渡しに来たメンバーが、難しそうな話に華を咲かせ、ランディが頭に疑問符を浮かべつつ、ノアとエマに補助されながら、グラフに点を打っていく。
「いやあ、これは凄いね」
「ホント、分かってたけど皆優秀だよね」
上がってくるデータに、ノアもエマも舌を巻いている。無理もない。ランディが連れてきたのは――ウェインを除き――元々が優秀な生徒達ばかりだ。脳筋枠のウェインとリヴィアですら、出来上がったデータを纏めたり、意見を出すことは出来るくらいには優秀なのだ。
そうして、類を見ない程優秀な人材を投入しまくった人海戦術が……二時間も経てば――
「かなり細かいデータが取れたかな」
「早っ……」
「流石の僕もビックリだ」
苦笑いの三人の前には、不思議な形状をしたグラフがあった。「S」を潰したようなグラフに、「シグモイドか」とノアが呟いた。
もちろんランディには全く分からないが、集まった殆どの人間は理解しているようで、今も「数式はこうかな」とか言って、メモ帳に謎の言語を書き連ねている。
(数式とは……? ほぼアルファベットなんだが)
苦笑いでその様子を見守るランディの脇を、ウェインが肘で数回突付いた。
「……お前、いっつもこんな事してんのかよ」
「フッ、敬えよ」
ウェインにドヤ顔を見せるランディだが、「ならば検証用の数式を書いてみよ」と悪い顔のエリーに、メモ用紙を手渡されてしまった。
「きょ、今日はちょっと調子が悪いかなー」
苦笑いするランディに、全員が「はぁ」と盛大なため息を返した。
そんな一幕こそあれど、必要なデータが揃った今、学院でもトップの頭脳を並べた無敵艦隊によって、一気に幻屈晶の扱いが丸裸にされていく。
「必要な厚み、形状、大きさ、距離が出たのう。魔力の強さ……は、こちらで制御するとして。これで大丈夫じゃろう」
ドヤ顔のエリーに、「さっすが」とランディが笑顔を見せてメモを受け取った。そこに書かれているのは、数式などではなく今のレンズの厚みや大きさにピッタリな距離だ。
込められる魔力やレンズをそのまま使用し、目的の大きさに拡大するなら、この距離に置けば良いというシンプルな回答である。
「じゃー早速やってみますか」
エリーに渡されたメモ通りにレンズの位置をランディが調整し、写真をセット……
「ストップです」
……セットしようとしたランディを、リズが止めた。
「せっかくなら、別の写真にしませんか?」
「そうじゃな。一人ずっと暇そうにしておった奴がおるしのう」
ニヤリと笑うエリーに、「え゙」とランディが掠れた声を漏らす。どうやらノアとエマに殆ど仕事を任せた事がバレていたようだ。
「そうだな。お前の馬鹿みたいな写真にしようぜ」
「いいじゃない。ポスターみたいにして、学院中に貼りまくってあげるわ」
ルークやキャサリンが賛同したことで、他の皆からも賛成の声が上がり、あれよあれよと言う間に、ランディがモデルとしてロビーにおいてあるソファに一人座らされた。
「じゃあ、ポーズをとって下さい」
リズの掛け声に、ランディがソファの上で足を組んでふんぞり返った。
「偉そうだな」
「腹立つわ」
「後で鼻毛とか書こうぜ」
散々な言われようだが、なんとか撮影を終え、出てきた写真の下に、リズがランディの名前と――キャサリンが提案した――『清き一票を』という文言を書き入れた。
「じゃあやってみますね」
写真をセットしたリズが、昨日と同じようにボタンを押す――。魔素の影響を取り除くため、隙間を無くしたせいで光は漏れぬが、「出来たと思います」と言うリズの言葉を信じて、ランディが恐る恐る受け取る側のホルダーを引き抜いた。
「……出来てる」
ポツリと呟いたランディの言う通り、ランディの写真を大きくした物が出てきたのだ。もちろんまだ完璧とは言い難いが、それでも物理レンズとは違う出来は、あと僅かな調整だけで、十分使えるレベルの物だ。
出来上がった拡大写真を前に、試作に参加していた面々は大興奮だ。始めから大判写真ではない、拡大に成功したという事実はかなり大きい。なんせ大判写真は、スタジオでしか取れないが、この技術があれば外で撮った小さな写真でも、大きな物に変えられる……つまり、これだけでも需要がかなり見込めるのだ。
もっと言えば、カメラを小型化して、小さな感光紙に写した写真も、大きく出来る。ここから広がるアイデアに、「これは凄い」と口々に称賛する生徒達だが、それも始めの方だけであった。
なぜなら今は、全員がある一つの疑問に興味を示しているからだ。
「……これってどのくらい拡大できるんだろうね」
エマがポツリと呟いてしまった言葉だ。
興味を持ってしまったら止まらない。筐体を作り直し、光の出口を解放し、研究室にある一番大きな紙に像を映してみても、まだ精巧な見た目のままなのだ。
「これは凄いぞ!」
皆が興奮するのだが、ランディだけは興奮する場所が違う。なんせ、光を魔法として送りつけ、それを拡大して照射する……。相手がヴァリオン製感光紙だから、写真として固定されたのだが、ただの紙であっても、像を映せるのである。
「プロジェクターみたいに出来るかも」
そう思ってしまったら止まらない。
「もっとデカいものに映そうぜ!」
「これよりデカい紙なんてねーぞ?」
「馬鹿だな。白くて平坦だったら何でも良いんだよ」
その言葉で、全員が考え込んだ。白くて大きくて、平坦な――
「校舎の壁とか白かったよね」
「それだ!」
それじゃない! というユリウスの言葉とコリー、アナベルの心配を、残りの生徒達の歓声が押し流していく。
そうしてハイになった全員が、倉庫からありったけの幻屈晶を持ち出し、日が傾き始めたグラウンドへ一直線に突き進んだ。
そうして止める者もいないまま――正確にはユリウスがいるのだが――またたく間に準備された大きな幻屈晶のレンズが、運動場のド真ん中にそそり立つ土柱にセットされた。
完全に怪しい儀式にしか見えないそれに、運動場にいた生徒達の注目が集まる。その視線に、ユリウスがルークの肩を掴んで揺すった。
「ルーカス、これは大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ。爆発はしねえから」
大丈夫かどうか、の判断基準が爆発するかしないか、という極論な時点で、ルークもランディ寄りの人間だ。そしてそれはセシリアも、である。
今も嬉々として、リズとエリーに混ざって、レンズの角度調整に励んでいるので仕方がない。もちろん、他のメンバーも皆、かなりハイになって、着々と準備を進めているので、ルークやセシリアだけを責められないのだが……。
だがこれは彼らにとって、必要なプロセスなのだ。リズやエリーはもちろんのこと、セシリアやルーク、そして魔道具研究会のメンバーについても、全員があれだけ頑張って集めたデータが、この巨大な校舎相手に数字通りの結果を出してくれるか、という事は、彼らにとってデータの集大成ともいえるからだ。
自分達の研究成果を確認したい。ただその一心で、暴走した優秀な頭脳達によって、ついに装置が完成してしまった。
「準備オッケーです!」
楽しげに手を振るリズに、「んじゃ、やってみるか」とランディが先程拡大コピーに成功した自分の写真をセットした。
映った光を、微弱な魔力に変換する特殊な鏡を経由し、途中の魔石を利用した鏡で魔力を増幅させ、可視光線となったランディの写真が、巨大レンズを通過した。
のだが……
「あれ? 薄いな」
「薄い、ですね」
……ランディとリズの言う通り、薄っすらと白い校舎にランディらしき姿が映っているだけなのだ。
「太陽か」
「太陽だ」
「忌々しい奴め」
忌々しくはない。だが太陽のせいなのは間違いない。日が傾き始めているとはいえ、まだ空に太陽があり、なおかつ屋外だ。この明るさでは、校舎に投影した写真は見えない。そんな基本的な事すら忘れるほど熱中していたメンバーは、完全に水ならぬ光をさされ、がっくりと肩を落とした。
「でもまあ、薄っすらとだが、写るってことは、拡大実験は成功だろ」
ため息混じりのランディの言葉に、ユリウスはホッと安堵のため息をもらした。想像より酷いことにはならなかった、とまた安堵のため息をつくユリウスに、「言ったろ?」とルークが笑いかけた、その時
「太陽を隠せば良いじゃろう」
悪い笑顔を見せた古の大魔法使いが、天に向けて手を掲げた。
一瞬で集まってくる暗雲が、太陽を隠し、そして学院全体が夜になったかと思う程の闇に包まれた。
あまりの異変ぶりに、運動場にいた生徒達は恐れ慄き、校舎にいた生徒達も何事かと、窓から顔を出す始末だ。
そんな事など我関せず、とエリーがランディに笑みを向ける。
「よし、ランディ。もう一度じゃ!」
「さっすが大魔法使い」
笑顔のランディが再び写真をセットするのだが、ユリウスからしたら「流石」どころの話ではない。のだが……再び伸びる可視光線が、今度こそ学舎の一面に、ランディのドアップを映し出した。
ソファで足を組み、偉そうにふんぞり返るランディと、その下に書かれた『清き一票を』という文字までクッキリと。
「「「おおー!」」」
上がる歓声と、ハイタッチ。自分達のデータは正確だったと、これだけの大きさにも対応できるほど緻密であったと、喜び抱き合うのも束の間――
「こぉら! お前達! 何をやっとるか!」
「そこを動くなよ!」
運動場の向こうから、大声と土埃を上げながら駆けてくるのは、バルク・ガルドの両教官だ。
「やべぇ! ずらかるぞ!」
「全員撤収!」
ランディとノアの号令で、各々が必要な道具を片手に、バラバラに逃げ出した。大きな幻屈晶は、リズのアイテムボックスへ放り込み、ランディ達も逃げようと教官達に背を向けたその時、
「ヴィクトーーーール! お前の仕業だろう!」
遠くからランディを呼ぶ声が響いた。
「なんでバレたし!」
「阿呆。お主のドヤ顔が映っておったじゃろう」
「ランディ、すみません。家で合流しましょう」
ランディを生贄に、エリーとリズが転移で一瞬にして姿を消すのと同時、学院を覆っていた暗雲が晴れて、再び太陽が学院を照らし始めた。
「ヴィクトール!」
「教官、これには深いわけが――」
「とりあえず、何をしていたか聞こうか」
その日、学舎の壁一面に映ったランディの姿と、その後に連行されるランディの姿は、多くの者に目撃されていた。
そう多くの者に……集会と銘打って、校舎の一画に集まっていた、ある生徒達にも――
※皆さん物理的に……と仰っていただいたのですが、流石に学院ですから……。





