第288話 一応同時進行なので、選挙は……まあ後回しだよね
魔道具研究会で、レンズの方向性が見えた翌日……今日も今日とて眠たそうなランディは、両手に華の状態で学院へ向けて歩いていた。
向けられる視線は相変わらず友好的なものではない。とはいえ普段から、大なり小なりそんなものだ、とランディもリズもエリーですら、視線を無視していた。
……のはつい先程まで……。今は三人とも「そりゃ睨まれても、仕方ないよね」という気持ちを持っている。
なぜなら、つい数分前に……
「「「あ」」」
……三人同時に、生徒会長選挙の事に気がついたのだ。
きっかけは、もちろん前庭に掲示されている看板である。
いつも通りたどり着いた学院だが、昨日一昨日以上に、大盛況の前庭に、ランディが「祭りか?」とトンチンカンな感想をもらし、リズとエリーは「そんなわけないです」「阿呆め」とツッコミをしたのは最初だけ。
賑わう前庭の様子に、顔を見合わせ記憶を手繰り寄せた三人が、生徒会長選挙の事を思い出したのだ。
それと同時に、向けられる視線の意味にも気がついた。
「そりゃ、『やる気あんのかよ』って思われてもしゃーねーよな」
苦笑いのランディに、リズとエリーが同じような苦笑いで頷いた。
「もしかしたら、中には期待してくれていた人も居たかもしれませんね」
申し訳なさそうに周囲を見渡したリズに、「まさか」とランディが首を振った。
「いえいえ。可能性はゼロじゃないですよ」
拳を握りしめるリズだが、エリーとランディは訝しげだ。なんせ、会長に立候補しただけで、行動どころか、指針すら示していないのだ。期待しようがないと言うものである。
だがリズだけは「分かりませんよ」と今も口を尖らせる。
「ワイスマン様の指針次第では、ゼロではないでしょう」
自分に言い聞かせるようなリズに、「それは一理あるのう」とエリーが頷いた。
「そーいや、ダリオ、だっけ? そいつの生徒会指針って見てねーな」
思い出すのは分校長に告げられた、〝ナントカ条項〟の事だ。生徒同士で監視し合う、そんなスパイ法案みたいな物を、まんま掲げているわけではないだろう、とランディが「ちっと見てみようぜ」と初めて立て看板に興味を示した。
告示されてから既に三日、ランディの名前がが看板に載ってから二日目にして、ようやく自分の名前と、対抗馬の存在を確認しに行くという、ノンビリさである。
ノシノシと歩くランディに、看板――いや、告示板の前に詰めていた生徒の一人が気付いた。
「おい……」
その声で、生徒達が道を開けるように横に避け、「悪いな」手を挙げたランディがリズとエリーを伴って、初めて告示板の前に立った。
「あれ?」
「え?」
告示板を見てほぼ同時に驚いたのは、ランディとリズだ。そこに書かれているのは、三人の生徒の名前。
立候補順に、ダリオ、ランディ、そして――
「エドガーって……」
「誰じゃ?」
「元王太子です」
リズの言葉に、エリーが「ああ」と思い出したように手を打った。
「幽閉されてるんじゃなかったのか?」
「分かりません。ただ――」
考えを纏めるように、ポツポツとリズが話すのは、今回の帝国占領自体が特殊な形であるということだ。
そもそもカルト教団に苦しめられている(という体)の王国民を救うために、帝国が軍を派遣したという名目だ。つまり前国王は、〝統治能力は皆無〟と不名誉なレッテルこそ貼られたが、別に何かの罪を犯したわけではない。
「失脚しただけなので、いつまでも幽閉しておくのは、帝国としても外聞が悪い。そんな可能性があるかもしれません」
「勝者の余裕ってやつか」
呆れ顔でため息をついたランディに、「そうであって欲しいですが……」とリズがチラリとエドガーの名前の下にある生徒会指針を見た。
「そうじゃなければ――」
「そこまで馬鹿だとは思いたくないがな」
肩をすくめるランディに、「いんや。馬鹿じゃろう」とエリーが、リズが見ていたエドガーの生徒会指針を顎でシャクって見せた。
「俺は何も見てない……」
エドガーの指針から目を逸らすランディだが、先程チラリと見えた内容は頭にこびりついている。
『今こそ我々本来の誇りを取り戻す』
(なんともまあ……)
お題目としては立派かもしれないが、言っている人間が人間だ。濁してはいるが、どう考えても今この状況で口にするには問題が大きいテーマといえる。下手をすると〝反逆罪〟などとでっち上げられて、良くて投獄、悪ければ処刑コースである。
もちろん学院という限られた場の行動だけで、断罪されることは無いだろう。だがそれが学外にまで拡がれば……。
リズとランディの懸念は当にそれである。帝国側が、敢えてエドガー達王族を解き放ち、王族の名の下に反帝国勢力を集わせる。それを名目に完全に王国を叩いてしまおうとしているのでは、と考えているのだ。
(優秀って話だし、流石に自分の影響力と敵の大きさくらい分かってそうだが)
「阿呆の王子か。帝国とやらが、色々と見越して解き放ったと考えるほうが――」
「止めとけ。こんな場所で滅多な事は言うもんじゃねーよ」
エリーの呟きをランディが止める。野次馬はランディ達から少し距離を取っているとはいえ、あまり憶測で話をするものではない。下手をすると、エドガーにその気がなくとも、ランディ達の憶測のせいで〝反逆罪〟真っしぐらがありえるのだ。
「まさか庇うとはのう」
「ンなわけあるか。俺のポリシーに反するだけだ」
不満気に鼻を無らしたランディに、「分かっておる」「はい」と二人が嬉しそうに頷いた。
ランディは……いや、エリーもそしてリズに至っても、エドガーに何の情も持っていない。むしろ嫌いな部類に入る人間だ。だがだからといって、無実の罪で陥れるのは違う。
それはランディにとっては、絶対に取りたくないタブーなのだ。リズやエリーを陥れた相手と同じような真似だけは絶対にしない、という決意ともいえる。
「じゃが、これは選挙も荒れるのう」
「ですね」
しみじみと告示版を見る二人には、ダリオとエドガーがバチバチにやり合っている姿が映っている。
「まあ、好きにやらせとけ。どのみち俺らには関係ねーよ」
そう言いながら、ランディはバッグの中からペンを一本取り出した。今の会話で、自分の生徒会指針を思いついたのだ。本来ならリズやエリー、出来ればユリウスなどの〝頭良い組〟に相談する方が良いのだろう。
だがフィーリングと勢いが大事な時もある、と空欄になっている自身の生徒会指針の所へ、力強く文字を書き足した。
『皆仲良く、そして楽しく』
「子供向けではないか」
「でも、ランディらしいです」
「だろ? 良いんだよ。俺達はまだまだ子供なんだ」
初等教育の目標のような内容だが、ようやく掲げられた指針は、ランディの本心でもある。
「さて、そろそろ行こうぜ」
歩き出すランディに、リズとエリーが続く……彼らが去った後、告示板に戻ってきた野次馬たちが見たのは、三つ並んだ名前とそれぞれの指針だ。
『秩序ある学院と伝統の誇りを守る』
『皆仲良く、楽しく』
『今こそ我々本来の誇りを取り戻す』
真ん中だけ異質で、同時に彼らにとっては――学院で仲良く楽しく過ごすのは――当たり前で、改めて指針と言われる程の事でもない。場違いに見えるそれに、誰もが首を傾げるのだが、フォントが違い、やたらと力強いその文字に、彼らの瞳に少しだけ興味の色が浮かんでいた。
☆☆☆
「おい、お前の導きのお言葉、見たぞ」
ニヤニヤと笑うルークが、「いやー。懐かしいな。第二環《二年生》くらいか?」とランディの肩を叩いた。
「ンだとコラ。ぶっ飛ばすぞ」
眉を寄せるランディだが、確かに学級目標と言われたら、それっぽい気もしている。教会主体で実施されるこの世界の初等教育は、年齢ごとに〝環〟と呼ばれるクラスに分けられ、それぞれが〝導きのお言葉〟を目標に勉学に励むのだ。
「怒んなって。良いじゃねえか。お前らしくて」
隣の席に座ったルークが「馬鹿にも分かりやすくてよ」と笑顔でランディの肩をまた叩いた。
「テメェ……ぶん殴られてーのか」
「やめとけ。暴力事件で退学になるぞ」
ケラケラと笑うルークだが、ランディの目にも止まらぬ裏拳が、ルークの顔面に迫る。
慌てて後ろへひっくり返ったルークに、「チッ、避けやがったか」とランディが眉を寄せるが、勢い余ってひっくり返ったルークは、後頭部を押さえて悶絶している。
それを見たランディが、不満気な顔から表情を一転させた。
「おいおい、大丈夫か?」
ニヤニヤと笑うランディが、白々しくルークの身体を起こした。
「テメェ、ゴリランディ。やりやがったな」
後頭部を押さえ、顔を盛大に顰めるルークに、「何のことだ?」とランディが大げさに肩をすくめて見せた。
そんな二人を見て、盛大なため息をつくのはセシリアだ。
「ルーク、お止しなさい」
ジト目のセシリアに、「ですが」とルークが食い下がるのだが、仕掛けたのはルークだから諦めろ、とセシリアに諭された。
「へへーん。ぶぁーーか」
セシリアに叱られるルークを笑うランディなのだが……
「ランディ。ランディもですよ」
「そうじゃ。子供っぽいと笑われ、怒るようではまだまだ子供じゃ」
……ランディの場合は二倍である。ド正論が突き刺さり、反論できないランディに、ルークが「へっ」と小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
そんなルークを睨みつけるランディだが、リズとエリーの手前、「覚えてろ」と言うのが関の山だ。それでもしばし睨み合いを続ける二人が、なんとか落ち着きを見せた頃、今度はユリウスやリヴィア、そしてウェインを引き連れたキャサリンが現れた。
口々にランディの指針を見ただの、子供っぽいだの、自分は好きだだの、皆が声をかける度に、ランディが恥ずかしさから表情を二転三転させる。
「愛されていますね」
「じゃな。わざわざ皆見に行ってくれてるのじゃからな」
皆が一頻りランディに声を掛けた後、ルークが「それで?」と口を開いた。
「ついに指針が決まったってことは、今日から何か動くのか?」
「いんや」
首を振るランディに、全員が「え?」と思わず声を揃えた。あまりにも綺麗に皆がハモるものだから、ランディも思わず「え?」と声を返した。
「なんでアンタが驚いてんのよ!」
「いや、逆になんでお前らが驚いてんだよ」
びっくりした表情のランディに、「この男は……」とキャサリンが頭を抱えた。
「あのな、ランディ。お前が今朝ついに指針を記入しただろ? そのことが学院中でも話題になってるんだよ」
ため息混じりのウェインが、更に説明を続ける。
「全員が話題にしてる。一体この指針で、どういう行動を見せるのかって」
もう一度ため息を付いたウェインが「だというのに……」とジト目でランディを見た。
「つってもな……今日は魔道具研究会の連中と約束してるからな」
眉を寄せ、考え込むランディに「あ、行ったんだ」とウェインが驚いた顔を見せた。
「変人の巣窟。面白かったろ?」
「最高にな」
笑顔で頷いたランディが、「そうだ」と思いついて手を打った。
「お前ら今日の午後暇なら、付き合わねーか?」
満面の笑顔のランディに、全員が顔を見合わせた。





