第286話 学校に一人はいる、目立たないけど実は凄いやつ
ランディの取り出した図面を、エマは興味深そうに覗き込んだ。完成図はただの箱で、その中身も然程難しい構造ではない。
「これは、光かな……。その波をこのレンズで拡散、そして――」
大小のホルダーらしき物体に挟まれた、規則正しく並ぶ数枚の板。真っ直ぐ一列に並んだ構造は、この世界でもポピュラーな、レンズによる光の収束拡散実験によく似ている。
実際にそのとおりで、凹レンズによって拡散した光を、凸レンズで収束させて拡大させようという、カメラのズーム機能を参考にした拡大装置だ。
「拡大模写装置、ってところ?」
首を傾げるエマに、その認識で間違いないとランディが頷いた。各レンズの仕組みは、ランディですら知っている内容なだけに、図面を見たエマも直ぐに目的に思い当たったようだ。
「相談したいことは、いくつかあるんだが……」
頭を掻いたランディが、「まあ一度見てくれ」と言いながらエリーを振り返る。それに頷いたエリーが、虚空から四角い箱を取り出した。真四角でシンプルな形のそれは、図面にあったコピー機の筐体だ。
「これは――」
「ストップ。一旦、実験室に行こうか」
外を指差すエマに、そう言えばそんな決まりだったな、とランディが頷いた。面倒だと思わなくはないが、ここに来た以上ルールには従わねばならない。そうと決まればランディが床に置かれた筐体を持ち上げ、エマに続いてホールへ続く扉をくぐった。
設計室から出てきたランディ達は、ここが〝魔道具研究会〟だという事を、真に理解していなかった。彼らがここがどういう場所かを、真に理解したのは実験室へ続く階段を昇ろうとした時である。
「……なんで全員ついてくるんだ?」
ランディが振り返る先には、興味津々といった具合の生徒達の姿があった。
「魔道具研究会だもん。設計室からよく分からない物を持って出てきたら、皆興味を持つでしょ」
振り返ることすらしないエマに、「なるほど。野次馬か」とランディが苦笑いを返した。
「野次馬って馬鹿には出来ないかもよ」
振り返り意味深な笑みを浮かべるエマに、「だな」とランディが頷いた。意見を出す時は頭数が多い方が何かと便利だ。しかも全員がその道に興味があるのだ。トンチンカンな意見が出る事はないだろう。
それにランディは、彼らの行動に好感を持っている。興味のある事に、向き合う彼らはランディにとってはある意味で同志なのだ。
そうして数人の生徒を引き連れた一行は、進む度に仲間を増やし、ようやく実験室と書かれた扉の前にたどり着いた。
「ここが実験室――」
エマが扉を開けようとしたその時、内側から扉が開き、ブツブツと呟きながら白衣を纏った一人の男子生徒が出てきた。寝癖がついたままのフワフワとした茶髪。焦点のあっていない虚ろな黒目が、床の上を彷徨っている。
おそらくランディ達やエマに気づいていないのか、今も「んー。何が問題だろ」と呟きながら、ランディ達の脇を通り過ぎていく。
「会長!」
エマに会長と呼び止められた男子生徒が、「ん」と顔を上げてエマを振り返った。
「おお。エマ氏。今日のおさげは一段とキューティクルだね」
微笑む男子生徒だが、ランディ達三人は「は?」と謎の挨拶に困惑気味だ。
「もう。研究会では『副会長』って呼んでって言ってるのに」
突っ込むところはそこなのか、とランディ達三人がエマを見るのだが、研究会に所属している生徒達は特に気にした素振りを見せていない。
「いいじゃないか。エマ氏はエマ氏だろう」
ヘラりと笑った男子生徒が、ランディに気が付いたように視線を向けた。
「君は……ランドルフ氏だったね。それとエリザベス嬢に、エレオノーラ嬢、だったかな?」
首を傾げた男子生徒に、三人がほぼ同時に頷いた。
「ようこそ魔道具研究会へ。僕は会長のノア・アークレインだ」
ノアと名乗った男子生徒が、手を出そうとしてランディの持っている荷物に気がつき手を引っ込めた。だがそれを見ていたランディが、「悪いな」と笑いなが筐体を片手で持ち上げ、右手を差し出した。
「ランドルフ・ヴィクトールだ。ちっと試作の意見を聞きたくてな」
「それは興味深い。僕も同席しても?」
手を握るノアに、「もちろん」とランディが頷いた。
ノアとエマに案内される形で入った実験室は、なるほど実験室と言って良い様相であった。
壁をぶち抜いて広く取られた空間に、ところ狭しと積み上がった試作の数々。
床には焦げたような跡と、チョークで書かれた意味不明な魔法陣。
棚の中には謎の液体を詰めた瓶が並び、それらの棚と窓枠という窓枠には、頑丈そうな鉄網が張り巡らされている。
そんな鉄網の意味は、聞かずともすぐに分かった。なんせ扉を開けた目の前の壁に、スローガンのようなデカデカとした文字が書かれているのだ。
『爆発注意』『昨日の失敗を忘れるな』
ただそんなスローガンの意味があるのか、幾つかの窓枠に付けられた鉄網は破れ、窓ガラスはベニヤ板に変わっている。
「同じ学院とは思えねー、ぶっ飛んだ場所だな」
苦笑いを浮かべるランディに「そうかい?」とノアが首を傾げた。
「学院の前身を考えると、むしろ僕達のこの場所や、オカルト研究会、魔獣研究会なんかが、正しい姿だと思うけど」
確かにノアの言う通り、元々アカデミックな研究施設が、今の学院の前身だ。大学における研究室の集まりのような物で、各々が興味のあることを研究し、それに付随するための基礎知識を身につけるために、授業があったはずである。
それが歳月を重ねるごとに、研究がオマケのような形になり、通うことが目的に変わってしまったのが、今の学院である。
「勉強して、専門的な道へ進もうという連中も多いから、完全に目的が変わったわけじゃない、かな」
肩をすくめたノアに、リズやエマが頷いた。そのため必須科目以外が選択式で、自分の好きな事を突き詰められるようになっているのだ。
「それでもまあ、君たちみたいに、〝野良〟ってのは珍しいけどね」
笑顔を見せるノアに、「知らなかったからな」とランディも笑顔を返した。
(こんな楽しそうな場所があれば、一年の頃から――)
そう思うランディだが、直ぐにその考えに首を振った。ここを楽しそうだと思えるのは、やはりリズやエリーと出会い、クラフトを手に入れ、自分達の力で〝やりたい〟を実現できるようになったからだ。
そう思えば、紆余曲折あってたどり着いた当に今が、この場に来るべき瞬間だったとも言える。
「さてさて。お喋りはこのくらいにして――」
ノアが向ける視線は、ランディが抱えるコピー機試作に向けられている。
「そうだな。早速見てもらいたくて」
試作をおろしたランディが、ゆっくりとその上蓋を取った。そこにあるのは、先程エマに見せた図面通りの、写真を収めるホルダーと、二種類のレンズ、そして最終拡大した物を入れるホルダーだ。
「なるほど……。光の拡散と収束を利用した、拡大模写か」
物を見て直ぐにピンと来る辺り、やはりノアも優秀なのだろう。
「少しレンズを見ても?」
「ああ」
頷いたランディに、ノアが嬉しそうに手袋を装着し、ゆっくりとレンズを外してそれを具に観察し始めた。
「凄い。ここまで綺麗な球面は……」
ブツブツ呟き始めるノアに、「変わった奴だな」と苦笑いを見せるランディの脇を、リズがチョンチョンと突付いた。
「ノア・アークレイン伯爵令息。中央貴族……といっても、王都から離れた直轄地の代官をされているアークレイン伯爵家のご令息です」
囁いて教えてくれるリズだが、どうやら声は聞こえていたようで……
「まあその直轄地も取られて、ウチは今崖っぷちだけどね」
……ノアはレンズを見ながら他人事のように笑った。
「すみません」
思わず頭を下げたリズに、「いいよ」とノアが手を振った。
「ウチが崖っぷちなのは、ウチが適当すぎたせいだし。そもそも父上は爵位に興味がないから」
そう言ってまたレンズを見るノアが、父であるアークレイン伯爵も、ノア同様無類の魔道具好きだと教えてくれた。
「僕も昔から、街の工房で過ごすことが多かったから、ね? エマ氏」
振り返ったノアにエマが「そうね」とため息交じりに頷いた。
「幼馴染なの」
ランディ達を見たエマが、また口を開く。
「伯爵様のお坊ちゃまと、小さな工房の小娘が幼馴染なの。だって本当に伯爵様の子供とは思わないじゃない」
自嘲気味に笑うエマの言う通り、ノアは凡そ貴族の令息とは思えぬ雰囲気だ。だが「エマ氏、エマ氏、見てよ」と、楽しそうにレンズを見せてくるノアと、それに目を輝かせるエマは間違いなく幼馴染だろう。
「まあ貴族うんぬんは、俺が言えた義理じゃねーから」
ランディがため息をついたのとほぼ同時、満足したのだろうノアが、ゆっくりとレンズを戻した。
「色々気になる事はあるんだけど、まずはこの試作品の実力を見せてもらっても良い?」
「ああ、いいぜ。仕組み自体はスゲー単純なんだ」
ランディが写真ホルダーに、一枚の写真をセットした。それは昨晩ハリスンとリタの撮影会の時に、こっそりと撮ったリズとエリーのツーショットだ。
「い、いつの間に撮ったんです?」
「この助平が!」
慌てる二人を「まあまあ」とランディがなだめつつ、コピーされる大きめのホルダーに、B5くらいの紙をセットした。もちろんただの紙ではなく、ヴァリオン液のついた感光紙である。
「ここにこれをセットして、んで蓋を閉める」
そっと蓋を閉じたランディが、「ボタンを押すと――」上蓋につけられたボタンを押し込んだ。
上蓋の隙間から一瞬光りが漏れただけで、何も変わらない。だがランディがセットしたホルダーを外すと……
「「「おー!」」」
……周囲から歓声が上がった。そもそも写真自体がまだまだ高級品だ。その写真が、こうして拡大されて出てきたら、それだけでも彼らからしたら凄いことだ。
だがランディ達からしたら、納得のいく出来ではない。
「やっぱり白ボケしてんな。それとレンズの映り込みも……昨日よりひどい気がする」
拡大コピーした物と、元の写真を見比べるランディが、「見てくれ」 とリズとエリーに手渡した。光が強いせいか、元の写真と比べるとどうしても白っぽくなってしまうのだ。加えて光の輪郭が、コピーに薄っすらと写り込んでいる。
だが光を絞れば、上手く像が映らない。
自分達の写真を手渡された二人が、呆れ顔を見せたのは一瞬、直ぐにいつものように真剣な表情に戻る。
「白ボケ? もですが、よく見ると所々輪郭がボヤケてますね」
「ふむ……」
写真を握ったエリーが、二枚の写真に薄っすらと魔力を巡らせた。
「どうやら、感光液のムラが、微妙な凹凸になっておるようじゃな。元のムラと複製のムラが一致せぬから、僅かな誤差がこうして出るんじゃろう」
写真を返してきたエリーに「液ムラか……」とランディが呟いた。今のやり方では均一に塗布する事が難しいとは思っていたが、それでも今までは問題が無かった。それがこんな形で問題になるとは、不思議な因果である。
「そっちの問題は、親方にでも投げるとして……」
顎を擦るランディが、戻ってきた写真を、今度はノアとエマに手渡した。その視線に込められた「どう思う?」という思いに、ノアとエマが他の生徒達と一緒に写真を見比べ、訝しげな顔をランディに見せた。
「十分過ぎる気がするけど?」
「うん……」
頷く二人や他の生徒に、ランディが首を振った。
「完成品には、ちっと繊細さが求められるからよ。出来るだけ綺麗な状態で出したいんだ」
何せ目的は正確な服の雰囲気を伝える事だ。余計な光や白ボケ、滲みはそれを阻害する恐れがある。
「あとはコスト面だな。どうしても枚数が多くなると、大判写真に使う感光紙の数も増える……」
量産するつもりはないが、それでも少なくない数を配る必要がある。そうなってくると、制作コストは安いに越した事はないのだ。
「んで、提案なんだが……」
ニヤリと笑ったランディが、昼休みに眺めていた改良版の図面を取り出し、ノアに手渡した。
「これは……」
「どうだ? 材料とか、心当たりがあるといいな、と思って来たんだが」
ランディの言葉に、ノアも笑みを浮かべた。
「ランドルフ氏、面白そうじゃないか!」
こうしてマッドなエンジニア、ノア・アークレインは、マッドな脳筋ランディとの交流を持つことになるのであった。
※土日は所用のため休載です。出来ればオマケを書きます。なるべく。





