第6話 鍛冶屋の少女と流す武器
冒険者ギルドから少し離れた場所に足を向ける。
人通りは徐々に減り、喧騒が落ち着いてくる。
石畳は途切れ、踏みしめる音がわずかに変わる。
「相変わらず、少し遠いわね」
「いつもの鍛冶屋だ」
「あの飲んだくれ親父ね」
「ああ」
オブシディアンの鎧を打った職人だ。
外側だけなら、他でも問題ない。
だが、この鎧の“中身”を任せられる職人は限られている。
「近場だと、余計な詮索も入りそうだしね」
「馬鹿が群がって来る可能性もあるからな」
ここまで来ると、ギルド内で感じた視線はもうない。
「違和感はなおった?」
ソエルがぽつりと呟く。
「……いや」
指先に残る感触が、まだ消えない。
白銀のミノタウロスを仕留めたときから、ずっとだ。
「なんか気持ち悪いわね」
「そのうち消えるといいんだが」
やがて、見覚えのある煙突が見えてくる。
飾り気のない外観。
「相変わらず地味ね」
看板も小さく、知らなければ通り過ぎるような店だ。
鍛冶屋の腕は、オブシディアンの鎧の性能で保証されている。
鉄と火の匂いが、外に漏れている。
だが、中は妙に静かだった。
かすかに金属音だけが、どこからか落ちてくる。
「いるといいがな」
そう呟いて、扉に手をかける。
扉を押すと、金属の匂いが一気に溢れてくる。
炉の熱のせいか、外気よりも明らかに熱い。
いつも聞こえるはずの、重い金槌の音がない。
「あれっ?休み?」
中は思ったよりも静かだった。
奥の炉には火が入っている感じがするが、作業している気配はない。
「誰かいないのか?」
そう声をかけた。
カン、と軽い金属音が上からする。
「いるわよ」
気の抜けた声と一緒に、棚の上から影がひょいと飛び降りる。
軽い着地音。
視線を上げると、そこに一人の少女が立っている。
ドワーフにしては少し背が高い少女だった。
煤で汚れている作業着。ここで働いているのは間違いない。
目だけがやけに鋭い。
「で?何の用?」
素材を鑑定するような視線で、こちらを見ている。
「親方は?」
「いない」
即答だった。
「今、外。たぶん素材の仕入れ」
「……そうか」
「私はリッカ。それ見せて」
視線が、背中のリュックに向けられていた。
「面白いの持ってきたね」
少女の口角が、ほんの少し上がる。
「見せて」
その視線に、自然と手が動いていた。
素材を床に置く。
床に置かれた素材を、リッカはしばらく無言で見下ろしていた。
「……へえ」
小さく感嘆な息を漏らす。
「これ、ただのミノタウロスじゃないね」
「そうだが」
リッカは少しだけ目を細めた。
「やっぱり」
角の一本を軽く叩いて、断面をまじまじと見る。
「中は明らかに違うね。これ氷属性かな」
ゆっくりと立ち上がって、スノウを見る。
「これ、普通の狩り方じゃないでしょ」
一瞬、間が空く。
「どういう意味だ?」
「素材の“死に方”が綺麗すぎる」
軽く笑うように言う。
「これだけの大物クラスは、もっと暴れて、削れて、壊れてる」
角をお宝のように見ている。
「死んでるのに、素材としては“生きている”」
頷きながら、素材と会話しているようだ。
「……面白い人、連れてきたね」
リッカの目は、もうスノウを見てなかった。
素材から視線を外さないまま、ぽつりと呟いた。
「これ、普通の武器にするのはつまらないね」
「つまらない?」
「強いのは当たり前」
角を軽く持ち上げ、重さを確かめる。
「この素材、“反応”がいい」
指先で弾くと、澄んだ音が短く響いた。
「魔力の通りが滑らか。本当に綺麗な音」
「振るより、“流す”方が向いている」
「……どう使う?」
リッカは少し考えるように視線を落とす。
「無難にいくなら、大剣か槍」
指で形をなぞる。
「威力が出る。でも、それだけ。私なら、流す系の武器」
「流す?」
「魔力を通して動かすタイプ。鞭、または鎖かな」
(ちょっと正気??)
「……鎖か」
「長さを持たせて、間合いをずらす。巻き付けて、絡めて、引く」
手首を軽く動かし、空中で軌道を描く。
「鎖の先端を工夫すれば、刺すこともできる」
指先で形状を確認しているようだ。
「この素材なら、魔力がちゃんと“ついてくる”」
「手に余すんじゃないか?」
「普通は無理」
さらりと言い切る。
「でも、アンタならいける」
視線が、スノウの手元へ落ちる。
「……そうか」
「でも、鎖だけだと弱い」
リッカは自分の手首を軽く叩いた。
「操作の軸、起点が必要」
「腕輪……いや小手か」
「正解。ここに仕込む」
「出す、戻す、巻き取る。自分の身体の延長みたいに動かす」
リッカの口角が上がる。
「面白いでしょ?」
「……ああ」
短く頷く。
「作れるのか?」
「作る」
迷いのない声だった。
「ただ、素材が足りないね」
白銀のミノタウロスの素材は、全て出していない。
「これで足りるか」
空間収納から、頭部以外の身体、そして魔石を取り出す。
「……これは、凄い」
「それと」
リッカが顔を上げる。
「鎧のメンテナンスも頼めるか?」
「鎧?」
リッカの目に興味が宿る。
「見れば分かる」
そう言って、空間収納に手を入れた。
取り出したのは、オブシディアンの黒い鎧。
重厚な鎧だが、各部分で凹みが見られる。
「へえ」
ゆっくりと近づく。
「これ、誰が打ったの?」
「親方だ」
「なるほどね」
鎧の装甲、継ぎ目をなぞる。
その動きは、さっきまでとは明らかに違う。
「外は問題ないね。叩き直せば戻る」
鎧の内部をみる。
「でも、中がずれているね」
「ズレてる?」
「うん。外じゃない、中」
指先で内側を軽く叩く。
カン、と鈍い音。
「流れが噛み合ってない」
「流れ?」
「魔力の通り道」
言いかけたところで、扉が開く音がする。
重たい足音が、ゆっくりと近づいてくる。
「……勝手に触ってんじゃねぇぞ、リッカ」
低く、しゃがれた声。
振り返るまでもない。
リッカが肩をすくめる。
「帰ってきたの、遅いよ親方」
「……来てたのか」
「ああ」
スノウも短く頷く。
ドルガンは視線を外し、床の素材を見る。
角を一つ手に取る。
無言で重さを確かめ、断面を見る。
「相変わらず、無茶なことをやる」
ぼそりと呟く。
角を戻し、そのまま鎧に視線を移す。
「メンテナンスを頼みに来た」
「見りゃ分かる」
ぶっきらぼうに言いながら、鎧に近づく。
装甲に手を置く。
指先で内側をなぞり、確かめている。
「中、ズレてるって言ったけど」
リッカが口を挟む。
ドルガンは一瞬だけ視線を向ける。
それだけで黙らせる。
「……ああ、ズレてるな」
そしてスノウを見る。
「これで済んでるだけマシだ。普通なら、内側ごと壊れる」
そのまま手を離す。
「直してやる。ただし、そのままにはしねぇ」
親方の口角が上がる。
(やっぱり、この親父……ただの飲んだくれじゃないわね)
第6話です
GW期間ですが、楽しんで頂いてますか?
明日は仕事です。小説を書く仕事だと嬉しいのですが、現実は難しいですね。
目指せ書籍化……まだ道のりは遠いですね。
明日また20時投稿予定です。




