第4話 いつも通りの朝
薄いカーテンの隙間から、朝の光が差し込む。
通りのざわめきと、どこかで鳴る食器の音。
決して静かとは言えないが――それでも、見慣れた朝だ。
「……ん」
目を開ける。
見慣れた天井。少し軋む木の梁。
体を起こすと、ベッドが小さく鳴った。
その瞬間。
「遅い」
すぐ横から声が飛んできた。
「……おはよう、ソエル」
「おはようじゃないわよ。もうとっくに朝なんだけど?」
腕を組んで仁王立ちしている小さな精霊。
なぜか、完全に“待ち構えていた”顔だ。
「今日は依頼もないし、完全にオフの日」
「よくないわよ。生活リズムってものがあるの」
「誰に教わったんだよ、それ」
「私よ」
胸を張るソエル。
……自信満々に言われると、反論する気も失せる。
「それより」
ソエルがじっとこちらを見る。
「なんでこんな宿に泊まってるのよ」
「別に問題ないよ。清潔だし、寝られるし」
「もっといいところ、いくらでも泊まれるでしょ?」
「必要ない」
ソエルの眉がぴくっと動く。
「……はあ。ほんと、そういうところよね」
ため息をついて、くるりと背を向ける。
「正妻としては納得いかないんだけど?」
「誰が正妻だよ」
「私に決まってるでしょ」
……いつものやつだ。
「はいはい」
適当に流しながら立ち上がる。
すると、ソエルがじっとこちらを見たまま言った。
「……ねえ」
「ん?」
「何か忘れてない?」
「何を?」
「私、解体したよね?」
「……解体したっけ?」
「牛を解体したの!!」
顔を真っ赤にして怒っている。
「限定ケーキ!」
「……ケーキか」
「そして新作ケーキ!」
有無を言わせない圧。
「……まあ、いいけど」
「ほんと!?」
一瞬で顔が明るくなる。
さっきまで文句言ってたやつと同一人物とは思えない。
「ただし、そのあとだ」
「そのあと?」
「鍛冶屋に行く」
その言葉で、ソエルの目が細くなる。
「……あの牛の素材ね」
「まあね」
一瞬だけ、あのときの感触がよぎった。
――締め上げた、鎖のような感触。
……なぜか、そう思った。
指先に、わずかな違和感が残る。
軽く、握る。
「スノウ?」
「いや、なんでもない」
視線を上げると、ソエルがこちらを見ていた。
「じゃあ決まりね。ケーキのあとに鍛冶屋ね」
「逆じゃないのか普通」
「甘いものが先」
きっぱり言い切る。
「正妻命令」
「はいはい」
軽く返しながら、支度を整える。
騒がしい通りの音が、少しずつ大きくなる。
いつも通りの朝。
いつも通りのやり取り。
――のはずなのに。
指先に残る違和感だけが、妙に気にかかった。
宿から少し歩いたところに、お洒落なお店が立ち並ぶ。
カフェも多く、冒険者の格好をした者はさすがにいない。
とある店の前に立つ。
甘い香りが、通りまで流れてきている。
「ここね!」
「これは……人気ありそうだな」
店内を一瞥する。
カップルも多い。普通に入れば、目立つ。
「個室、あります?」
店員に短く告げる。
「お部屋代が少しかかりますが、ご案内できます」
「それで」
奥の個室に案内される。
扉が閉まった瞬間。
「よし、誰もいないわね」
ソエルが即座に姿を現した。
「人目を気にしなくて良いから、楽だわ」
テーブルに置かれたメニュー表を開く。
「今日の私の戦場はここよ」
「ほどほどに」
「はいはい」
真面目に聞いちゃいない……これは嫌な予感がする。
「これと、これ!ベリーもいいなあ」
「まだ開いたばっかなんだけど」
「これも美味しそう!」
ダメだ……意見が通らない。
「多すぎじゃない?」
「足りないよりいいでしょ!」
「限度がある」
「ないわよ」
即答だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「……ああ」
見えなくなったソエルが、横できっと満面の笑みでいるだろう。
「この限定のケーキを二つと――」
(三つよ!)
「……三つ」
「あとチョコのやつにベリーのやつを一つずつ」
(プリンも一つ)
「プリンを一つ」
(新作パフェもあるじゃない)
「……新作パフェを一つ」
言うたびに増えていく。
店員の手が、一瞬だけ止まる。
「以上でよろしいでしょうか?」
「苦めの珈琲と紅茶を一つずつ」
(チーズケーキ追加で!)
「最後にチーズケーキも追加でお願いします」
「かしこまりました」
一礼して、店員が部屋を出ていく。
扉が閉まると同時に――
「楽しみ!」
ソエルが満面の笑みで身を乗り出してきた。
「……食い切れるのかよ」
「余裕よ」
「誰が食うんだよ」
「私」
即答だった。
「ソエルちゃんは、見えないからね」
「だから何?」
なんとも言えない気分になる。
「全部、スノウが食べたことになるだけよ」
「……そうだろうね」
第4話です。
個人的に一番楽しく書いた話です。
第5話は20時に投稿予定です。
よろしくお願いします。




