第36話 魔王誕生
「何とかなったな」
そう言って地面に転がる。
Boss3体、その中の1体が皇帝クラス……さすがに疲れた。
マナポーションはもう使い切っている。
ソエルは自分よりも大きな黒紫色の魔石を嬉しそうな顔で見ている。
普通の魔石と違って、皇帝クラスの魔石はまず市場に出回ることがほぼない。
売れば間違いなく一財産、装備品に加工してもAランク以上になるだろう。
特殊固体の亡骸が徐々に影の中に沈んでいく。
このまま空間収納の中に収まるのも時間の問題。
帰ったらお風呂に入って、ご飯が食べたい。
甘い物も食べて、蜂蜜酒を飲んでベッドでゴロゴロしたい。
冒険者の稼業はしばらく休みにして、どこか温泉旅行に行っても良いな。
あとは今回の件は、ギルドに報告だな。
調査チームが組まれるかも知れない。
Bossエリアに一体のBossの原則が崩れているからだ。
「スノウ……あれ何?」
特殊固体が沈んだ場所に、金色がかった丸みのあるものが残っている。
生命あるものは空間収納に基本収めることができない。
ソエルは例外で、空間収納の中にお昼寝部屋を作っているようだが。
この目の前にあるものが生命を宿しているもの。
特殊個体のクイーンアントが命を賭けて守ったもの……きっと“魔王クラスの卵”。
金色がかったあの表面はどこかで見たような気がする。
「ソエル、先制でやる」
魔装スキルでバトルアクスを瞬時に右手に装備、金色の卵に無慈悲な一撃を与えた……はずだった。
バトルアクスの斬撃音とは違う鈍い音、刃が入らない。
「この卵、アダマン(アダマンタイト)?」
刃が通らないとどころか、一部変形している。
金色がかった表面はアダマンタイト。
現世界でほぼ最上位に位置する鉱石の一つ。
ミスリルよりも価値が高く、物理攻撃の耐久性は一級品。
戦士や剣士系の上位スキルであれば対応できるかもしれないが、初期スキルしか持っていない自分にはこの卵を斬るという選択肢がない。
「ソエル、魔法でいけそう?」
相棒の精霊を見ると、すでに空中に魔方陣が描かれている。
「ダーク・ジャベリン」
複数の黒い槍が金色の卵に突き刺さっている。
特殊個体の皇帝クラスの時と違って、刺さっているが明らかに浅い。
「魔法耐性ちょっと高すぎるんじゃない?」
刺さっているということは、少しでもダメージは入っているはず。
この無防備な状態で終わらせないと、この後何が起きるか予想がつかない。
だが、その考えは甘かった。
刺さっている黒い槍が刺激になってしまったのか、表面が徐々にヒビ割れていく。
「ガキャアアアアア」
卵の中から異質な気配と虫特有の甲高い声、そして異様な姿が現れる。
ストーンアントの骨格とは明らかに逸脱した人型の魔物。
立っているだけで畏怖、威圧を放っている。
本能的に恐怖を感じてしまう。
これが大災厄……魔物の王が目の前に出現した。
「どうする?撤退?」
目の前の存在を見た相棒の精霊の声には余裕がなくなっている。
Aランク以上のパーティが複数いれば、産まれたばかりの今なら勝てるだろう。
この魔王がまずやることは本能に従い生きるために喰うこと。
このエリアに生命ある存在は魔王以外に3人しか残っていない。
自分、精霊、魔女の三人……もし吸収されたら。
ドールマスターのスキルを吸収され悪意を持って使用されたら、世界は蹂躙されるだろう。
「スノウ、どうするの?」
ソエルの声に悩んでいると、蟻の魔王に異変が起きる。
魔王の左腕がいきなり落ちた。
正確には左前腕部から手指の部分までが地面にずり落ちたのだ。
意味がわからない。
金色がかった身体の表面が少し汗ばんでいる?溶けているような感じがする。
「ソエルちゃん、何かやった??」
魔法攻撃のついでに何か毒でも仕込んだんじゃないかと思い聞いてみる。
「私じゃないよ、本当に違うから」
素の顔で手を振っているので嘘はついていない。
「形成不全か?未成熟な状態で産まれたから、身体が維持できていない?」
金色の卵の外殻は間違いなく完成されていた。
中身の本体部分が未形成ならば説明がつく。
ずり落ちた左前腕部はすでに再生しているが、元のように金色の表面では無い。
「これならまだいける」
エリア出口近くで待機している黒色の鎧と白い鎧の集団を見る。
「ソエル、狸寝している魔女っ子を叩き起こして手伝わせて」
黒色の鎧の中でおやつを食べている感じがあったから、たぶん起きているはず。
外から観戦させられるほど余裕があるわけじゃない。
使えるなら猫でも、孫でも、スライムでも何でも使いたい。
「魔石を引き抜く方法でいく」
タワーシールド2枚を防御用として空中に展開させる。
右手にメイス、左手にはダガーを持って構える。
不完全な魔王かもしれないが、魔王はやはり魔王。
ソロで対面を仕掛ける馬鹿は、まずいないだろう。
義姉くらいの脳筋バトルジャンキーであればソロのタイマンで挑むかもしれないが。
甘い物が好きな冒険者が魔王と戦う。
こういうのは勇者にやらせたらいいだろう。
そう考えるとつい笑いそうになる。
神はよく分からない試練という名の不幸を与える……まぁ、あまり神は信じていないが。
終わった時に自分の身体が五体満足でいられる自信はない。
心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
生きるか死ぬかの境目に立っている。
自分の命が天秤にかけられている感覚がある。
いまならまだ撤退することができるが、魔王を見ていると逃げるという選択肢が自然と消えていく。
空耳なのか微かに声が聞こえてくる感じがある。
“魔を滅せよ”と。
「どっちが生き残るか、殺り合おうか」
出し惜しみせず、自分の全てを解放し魔王に突撃する。
もう何も考えない。
目の前の魔王は必ず潰す。
36話です。
皆さんこんばんは。北海道の気温の変動が激しいです。
朝はストーブつけてます。6月なのに……あり得ないですね(笑)。
次回は金曜日を予定しています。よろしくお願いします。




