第2話 異質な討伐素材
どのくらい時間が経ったのだろう。
数秒なのか……それとも数分なのか。
冷えた地面の感触と、体に残る鈍い痛みだけが現実を繋ぎとめている。
「……スノウ、もう起きれるの?」
「うん、そろそろ起きないとね」
相棒に心配をかけないよう、できるだけいつも通りに答える。
どうにか、腕に力を込める。
全身に軋むような感覚が残っているが、それでも上体をわずかに起こした。
視界の端には、前方が開いたままの鎧が映る。
まるで、中身を失った抜け殻のようだった。
「……ほんとに、無茶しすぎ」
呆れた声が、すぐ近くから落ちてきた。
顔を上げると、目の前でソエルが頬を膨らませていた。
「さっきの戦い方、何?普通にアウトなんだけど」
「ああ……はい」
「なによ、その反応」
「否定できないな」
「そこで開き直るな」
靴を脱いだ相棒に、頭をどつかれる。
「ソエルちゃん、ちょっと痛い」
「このくらいは痛いに入らない」
心配性で世話焼き――困った精霊だ。
「で?あれ、どうするのよ?」
ソエルが顎で示す。
視線の先には、動かなくなった白銀の巨体。
「うーん……」
少し考えてから、口にする。
「持って帰る」
「は?」
ソエルが素っ頓狂な声を上げる。
「あれ、普通じゃないでしょ!?やめなさいよ!」
「だからだ」
ゆっくりと立ち上がり、白銀の巨体を見る。
明らかに異質な個体。
その素材の価値は高いはず。
空間収納の中に入れて、全部持ち帰ることもできる。
ただ――ギルドで目を付けられるのは面倒だ。
「この際分けるか。……ソエル、首落とせる?」
「えっ!?私にやらせるの?」
「解体手伝ってくれたら、今度限定のケーキ買ってあげる」
ソエルは腕を組んで悩んでいる。
「ソエルちゃんでも難しいか」
「できるわよ!新作のケーキも忘れないでよ!」
「助かる。やっぱり頼りになるな」
(……ちょろいな)
ソエルは小さな息を吐くと、右手を掲げる。
淡い光が収束し、光の刃となる。
「なんで私がこんなことしてるの」
ぼやいているが、目は真剣だ。
一閃。
音もなく、白銀の首が滑り落ちた。
「おおっ!お見事!!」
「これ普通じゃないわ。硬すぎよ」
「だろうね」
切断面は滑らかだが、内部は氷の層のようになっている。
通常の個体とは明らかに違う。
「次は角、いける?」
「注文が多い!」
「根元から丁寧にね」
「分かってるわよ」
再び光の刃で切り落とす。
「この傷、あんたがやったやつでしょ?」
ソエルが体表に刻まれた痕をなぞる。
「硬い体を締め上げてるわよね?普通じゃないわよ」
「……そうだな」
短く返す。
「魔石は、胸の中心よね?」
「頼む」
「精霊遣いがほんと荒い!」
プンプンしているが、正確に取り出す。
頭部、四本の角、そして魔石。
「で、これどうするの?」
「頭部と角は背負うかな」
リュックの中に、頭部と角を収める。
「魔石と残りは?」
「斧と一緒に、収納しておく」
魔力の糸を使って、空間収納に押し込む。
「いつ見ても便利だよね、それ」
魔石と巨体、そして斧は静かに消えていく。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「ケーキ……忘れたら許さないから」
「忘れない、忘れない」
ゆっくりと歩き出す。
手に、あの感触はない。
ただ、わずかな違和感だけが残っていた。
(……目立つだろうな)
扉を押し開けた瞬間、ギルドの喧騒がわずかに途切れた。
視線が、黒い鎧のオブシディアンと、その隣で荷を背負った自分に集まる。
白銀のミノタウロスの頭部、四本の角。
明らかに、普通じゃない荷物。
(思ったより目立つな)
(そりゃそうでしょ)
内側から呆れた声が返ってくる。
帰って来た時間帯も悪かった。
受付終了間際。
クエスト報告を終えた冒険者たちが一杯やっている時間帯だ。
「おかえりなさい……って」
受付嬢の言葉が止まる。
視線は、自分の背負ったリュックに釘付けになっている。
「それは何ですか?」
「討伐素材です。オブシディアンが仕留めました」
ちらりと背後の鎧に視線をやる。
「そんな討伐依頼はなかったと思いますが?」
受付嬢が訝しむのも当たり前だ。
「荒れ地で遭遇し、オブシディアンが単独討伐しました」
「……少々お待ちください」
ざわざわと、周囲が騒ぎ始める。
「あれ、ミノタウロスじゃないか?」
「いやいや、あんな色見たことないぞ」
「四本角とかいたか?」
(面倒だ。早く終わらせて風呂に入りたいのだが……)
(お風呂よりもケーキじゃないの?)
やがて、奥から別の職員が現れる。
ざわめきが、すっと引いた。
褐色の肌に眼鏡をかけたダークエルフ――副ギルド長ローレライ。
ローレライが鋭い視線を向ける。
「……それを、こちらへ」
無言で従い、荷を降ろす。
「これは……」
ローレライがじっと観察する。
頭部、四本の角。
その表情が、わずかに変わった。
「……ミノタウロスの希少種、ですね」
周囲の空気が、張り詰める。
「随分、派手にやりましたね」
少し心配そうに、自分を見る。
「魔石や他の素材はどうされましたか?」
オブシディアンを振り返り、ローレライを見つめて話す。
「頭部と四本の角以外は損傷が激しく、遺棄しました」
ローレライは一瞬だけ考え込む。
「……そうですか。査定は後ほど行います。素材はギルドで一時預かりとします」
周囲がざわつく。
「まじか?」
「荒れ地に行ったら、まだ残ってるんじゃ?」
「ちょっと行ってみるか?」
お酒も入っているせいなのか、ハイエナ冒険者たちが騒がしい。
ローレライが軽く手をあげる。
「……オブシディアン、それにスノウ、少しよろしいですか」
周囲に聞こえない程度の声。
有無を言わせない響きがあった。
「はい……」
短く答える。
「こちらへ」
ローレライはそのまま踵を返し、奥に歩き出す。
自分と黒い鎧が後を追う。
背後では、まだざわめきが続いていた。
「あの素材は絶対ヤバいやつだろ」
「今から行けば間に合うか?」
(残飯にしか興味ないのかしら……行っても何もないのに)
(好きにさせておけばいいのさ)
奥の通路に入ると、ギルドの喧騒が徐々に遠ざかっていく。
来客室の前で足が止まる。
ローレライはノックもせずに扉を開ける。
「どうぞ」
中に入ると、静かな空気に包まれる。
先ほどまでの喧騒とは別世界だ。
ローレライが扉を閉める。
外の喧騒が、完全に遮断された。
振り返ると、ローレライが今にも泣き出しそうな顔をしていた。
さっきまでの“副ギルド長”の顔ではなかった。
第2話の投稿です。
お楽しみいただけましたでしょうか?
第3話は21時予定です。
よろしくお願いします。




