第1話 異変――白銀のミノタウロス
令和5年6月29日~令和8年4月12日までの小説を、大幅リライトしています。
不遇職ドールマスター。
戦う力を持たない。
戦士のような筋力はなく、強力な魔法は使えない。
扱えるのは、魔力の操作。
――魔力念糸と呼ばれる、透明な糸。
それが、ドールマスターの本来の姿だ。
それでも俺は、Aランク冒険者と呼ばれている。
オブシディアン。
無言の鎧。
その鎧を“人形”のように操り、戦う。
討伐クエストは、順調に終わったはずだった。
だが、その日は違った。
(何かがおかしい)
荒れ地エリアのはずなのに、地面や岩場の一部が白く凍りついている。
このエリアに氷を扱う魔物はいないはずだ。
もしかしたら他の冒険者が戦った後なのか?
そう考えるが、周囲に戦闘の痕跡が見当たらない。
鎧の内側で、警戒が強まる。
「何か妙に寒くない?薄着だから風邪引きそうよ」
相棒の小さな精霊が肩のあたりで身を震わせる。
吐く息が白い。
明らかに、このエリアの温度ではない。
(やっぱり変だ)
張り巡らせた魔力の糸に、“何か”が触れた。
一直線。
地を砕くような速度で、何かがこちらに迫ってくる。
(糸に反応した……?それを辿ってきているのか?)
魔力の糸を絡める。だが、止まらない。
次の瞬間、視界が白く塗り潰された。
轟音。
大気が震え、地面が砕ける。
反射的に魔力の糸を重ね、防壁のように展開する。
衝突。
暴風のような圧力が鎧を押し潰す。
踏み締めた地面が沈み、足元から氷が爆ぜる。
「っ……!?」
受け止めきれない。
糸が軋み、凍りつき、次々と擦り切れていく。
そのまま、弾き飛ばされた。
黒い鎧が宙を舞い、岩を砕きながら地面を転がる。
氷を撒き散らし、ようやく止まった。
遅れて、それが姿を現す。
白銀に染まった巨躯。
四本の角を持つ、異形のミノタウロス。
吐き出す息は白く、周囲の空気すら凍らせている。
その赤い双眸が、こちらを据えていた。
「な、なにあれ……!?」
小さな相棒が息を呑む。
見たことがない。
全身から、冷気を放っている。
立ち上がりながら損傷箇所を確かめる。
糸を防壁のように展開したおかげで、肉体は打撲程度。
鎧は一部凹んでいる。
直撃していれば、ただでは済まなかった。
空間収納から武器を取り出す。
右手にメイス、左手に槍。
さらに剣とダガーを魔力の糸で空中に浮かせる。
白銀のミノタウロス。
こんな魔物は、聞いたことも見たこともない。
手にした歪な斧は異常な冷気を纏っている。
(だがこんな戦い方をする冒険者には会ったことはないだろう?)
ミノタウロスに向かって踏み込んでいく。
「ブモォオオオオオ!!」
咆哮が空気を震わせる。
勢いのまま槍を突き出す。
同時に魔力の糸で動きを縛り、剣は首筋、ダガーは膝関節へ。
槍はミノタウロスの胸を捉えたはずだった。
弾かれる。
刃は氷のような体表に阻まれ、滑る。
ならば、と間髪入れずにメイスを叩き込む。
鈍い衝撃音。
確実にミノタウロスの頭部を捉えたはずだった。
だが手応えは、岩を殴ったように硬い。
ミノタウロスは微動だにしない。
ゆっくりと、歪な斧が持ち上げられる。
周囲の空気が凍り付き、足元の霜が一気に広がっていく。
(来るっ!?)
振り下ろされた瞬間、視界が歪む。
遅れて、衝撃。
地面は砕け、氷が爆ぜる。
衝撃に叩きつけられ、身体が浮く。
咄嗟に張った魔力の糸が凍りつく。
動かない。
気付けば、白銀の巨体が目の前にいる。
速すぎて避けきれない。
「止まれ!」
相棒の魔法が、影から黒い針を突き出す。
一瞬、動きが止まった。
バキッ。
黒い針が、音を立てて砕ける。
「嘘でしょ、効いてないじゃない!」
再び振り上げられる斧。
逃げ場がない。
(まずい、間に合わない!?)
凍りついた糸は、動かない。
指先の感覚も鈍くなっている。
それでも、糸を引く。
無理やり、引き絞る。
ミシミシと嫌な音がする。
限界を越えている。
それでも、止めない。
引け。
普通なら、ここで千切れてしまうだろう。
それでも引く力を止めない。
その瞬間。
糸は完全には千切れなかった。
一部が裂け、捻れ、潰れ、重なっていく。
細い糸が束になり、絡み合い、歪な形に変わる。
軽かった糸の感触が、変わる。
重く、鈍い“何か”へ。
(これは、糸じゃない)
振り下ろされる斧。
激しい衝撃音。
止まった。
視線を落とす。
撚じれ、歪に絡み合った“塊”が、斧を受け止めている。
(なんだ……これは)
理解が追いつかない。
それは意思を持つかのように斧へ絡みつく。
引ける。
白銀の巨体がバランスを崩し、傾く。
その隙に叩き込む。
轟音。
空気と冷気が弾ける。
白銀の巨体が、地面を抉りながら吹き飛んだ。
だが――
止まらない。
握っているはずの“それ”が勝手に伸びていく。
地面を削りながら、ミノタウロスへ絡みつく。
引き寄せる。
違う。
引かれている。
腕が引かれ、骨が軋む。
踏みとどまろうとするが、足が勝手に前に出てしまう。
「なにそれ!?引っ張られてない!?」
相棒の声が飛ぶ。
(俺が引いているんじゃない)
逆だ。
何かに引かれている。
自分の意思とは関係なく、“それ”が動いている。
(制御ができない!)
“それ”は獲物を逃がすまいと、さらに強く締め上げる。
ミシ、と軋む音。
それが鎧か、腕か、自分でも分からない。
まるで、自分とは別の何かがそこに存在しているようだった。
(やめろ)
応じない。
白銀の体表が締め付けられ、赤く染まっていく。
殺しきるまで、止まらない。
直感が告げる。
これは“武器”じゃない。
捕食行為だ。
「暴走してるの!?まずいって!」
相棒の声が遠くから聞こえる。
(いい加減、止まれ!)
握る力を強くして、引く。
変わらない。
(それなら……切るしかない)
自分の魔力を、内側から強制的に断ち切る。
魔力で繋がっている“それ”との接続を、無理やり引き裂く。
「――っ!!」
焼けるような痛みが、腕から全身に走る。
何かが千切れる感触。
だが、まだ止まらない。
(切れろ!)
ブツン。
繋がりが、断ち切れた。
“それ”は力を失い、崩れ、ほどけるように消えていく。
残ったのは、無数の歪な痕が刻まれた巨体だった。
直線的な糸ではない。
絡みつき、締め上げ、抉るような歪な痕。
膝が崩れる。
鎧の前方が開き、そのまま地面に倒れ込む。
「スノウ!?大丈夫なの?」
相棒の声が聞こえる。
だがすぐに答えられない。
“何か”の感触だけが残っている。
消えたはずなのに。まだ、手の中にある気がする。
しばらくの間、動けなかった。
聞こえるのは自分の荒い呼吸。そして肌寒い冷気だけ。
さっきまでの戦いが嘘みたいな静けさだった。
「終わったの?」
相棒の声に、ようやく視線を向ける。
「たぶん……」
白銀の巨体からは生気を感じ取れない。
だが、妙な違和感だけが残っている。
消えたわけじゃない。
「本当に大丈夫なの?危なくない?」
いつも元気な相棒の声が、少し震えている。
(あれは……まずい)
使っていいものじゃない。
制御が出来なければ、いつか自分が“あの力”に喰われる。
「スノウ?」
相棒が不安そうに名前を呼ぶ。
確かなことは、きっとまた起きる。
今回で終わりじゃない。
あれはどこかで、まだ“蠢いている”。
皆さんこんばんは。今日は5月1日です。
新しくリライトした作品を楽しんで頂けたら幸いです。
第2話は20時に投稿予定です。
よろしくお願いします。




