第11話 鎧の芯
店の扉を押し開けると、外の空気が頬を撫でた。
さっきまでの甘く香ばしい匂いが、ゆっくりと離れていく。
振り返る。
「腹が減ったら、また来な」
女主人が、ぶっきらぼうに手を振る。
「……また来ます」
短く返して、軽く頭を下げる。
(いいお店だったね)
(ああ)
(おかみさん、ちょっと油断できないけどね)
(確かに……)
満たされた余韻が、残っている。
ただ――
手元に落ちた、あの視線。
そして、もう一つの紅茶。
あの人は――何者なんだろう。
(この後、どうするの?)
(……鍛冶屋に寄って行こうと思う)
(連絡は、まだ来てなかったよね?)
(だから様子を見に行く)
足は、いつの間にか鍛冶屋へ向かっていた。
何も変わっていなければ、それでいい。
パンの香りはもう届かない。
代わりに、街のざわめきだけが耳に入ってくる。
通い慣れた道を抜け、少し中心部から離れる。
見覚えのある煙突が見えてくる。
鉄と火の匂いが、わずかに鼻をかすめる。
(来たわね)
(ああ)
扉の前で足を止める。
中からは、以前と違ってはっきりと音が聞こえてくる。
――カン、カン、カン。
一定のリズムで打たれる金属音。
「……やってるな」
(タイミングは悪くなさそうね)
軽く扉を押す。
中からの熱気が、一気に流れてくる。
炉の火は強く、外気温との差が激しい。
その中心で、ドルガンは無言で槌を振るっていた。
火花が散り、甲高い金属音が響く。
一打ごとに、金属がわずかに形を変えていく。
視線だけが、一瞬こちらを向いた。
「……来たか」
「邪魔するぞ」
短く返す。
その横で、別の気配が動いた。
「来ると思ってた」
棚の影から、リッカが顔を出す。
「まだ完成してないよ」
「わかってる。様子見だ」
「ふーん」
軽く肩をすくめて、顎で奥を指す。
「鎧は、見ていいよ」
奥の作業台の上にある、黒い鎧をみつける。
見た目は、ほとんど変わらない。
だが――違和感がある。
(……何か違う)
(鎧の雰囲気変わった気がするね)
ゆっくりと、鎧に近づく。
触れる前から分かる。以前とは違う。“流れ”が変わっている。
「触っていいか」
「いいよ」
リッカが即答する。
手を伸ばし、鎧の装甲に触れる。
滑らかに、魔力が流れる。
以前のような引っかかりが全くない。
「……直しただけじゃないな」
その瞬間。
甲高い金属音が強く響く。
ドルガンの槌が止まる。
「当たり前だ」
低い声。
「ズレを直すだけで終わると思ったか」
炉の光を背に、視線が向けられる。
「中身――組み替えてある」
ドルガンは槌を置き、ゆっくりと歩いて来る。
「前の鎧は、まだ無駄が多すぎた」
装甲に手を置く。
「お前、魔力を“流して”動かしてるだろ」
「……ああ」
「元々、この鎧は“着る前提”で作っている」
指先で内側を軽く叩く。
カン、と鈍い音が返る。
「通り道がでけぇ。散って、逃げる」
「お前のやり方だと、余計なロスにしかならねぇ」
(確かに……)
「だから、削った」
「余計な流れを削って、一本に通してやった」
「一本?」
「芯だ」
鎧の胸部、中心部を触る。
「ここから、全身に流す。分岐も最小限。戻りも早くした」
ドルガンは腕を組む。
「簡単に言えば、“反応”が速くなっている」
「……どれぐらい?」
「触りゃ分かる。遅れは、ほぼねぇ」
ドルガンの口元があがる。
「糸を動かすとき、引っかかりは感じていたはずだ」
わずかだが、確かにあった。
「それも、もうねぇな」
短く言い切る。
「お前が思った通りに、即座に動く」
リッカが横から口を挟む。
「要するに、“鎧を通して操る”じゃなくて――」
「鎧はアンタそのものになる」
「……なるほど」
「ただし」
ドルガンが低い声で挟む。
「反応が良すぎるってことは、それだけ暴れやすいってことだ」
「……」
「流し方を間違えりゃ、跳ね返ってきた力で自分を削る」
「……こいつも、やべぇ代物だ」
低く、吐き捨てるように言った。
第11話です
花粉症でかなりダメージを受けております。
目のかゆみが酷いです。目を取って洗いたい、そんな気分です。
明日は休みなので、午後からゆっくり小説書けそうです。
またよろしくお願いします。




