絶望からの旅立ち
グリンズム王国に向かう船の上。
心配したジョセフィーヌが、シトラス達について一緒に乗り込む事になった。
え? 魔物だけど大丈夫かだって?
うん平気。実は、この船の船長さんがシトラス達をノースエガリアまで送ってくれたエンバーさんの知り合いで、勇者が仲間にした魔物なら問題ないと、特別にジョセフィーヌを乗せてくれたのだ。
シトラス達と旅ができるジョセフィーヌは内心はしゃいでいたが、未だ落ち込んでいる彼らの心情を思い、あまりうるさくせずに見守っていた。
それはそうだろう。
シトラスにとっては、大切な姉を。
ジェニファーにとっては、憧れの人を。
ロックにとっては愛しい人を、亡くしてしまったのだ。
いくら先に進む事を決意したとしても、まだ10代の子供達。そう簡単に、悲しみが癒えるわけじゃなかった。
四人は今、甲板にいる。
シトラスとジェニファーは、並んで海を眺めていた。
ロックは、甲板に設置されたベンチに腰掛け、うつむいている。
隣にサララがいない寂しさに、耐えているようだ。
「綺麗な海だねシトラス。波が光って、穏やかで。あたし小さい頃、海で泳いだ事あるよ」
「ご両親と?」
「うん! パパとママと。あ、でも、シトラスは……」
「俺も昔、姉さんと砂浜を歩いた事がある。海に沈む夕陽が、あまりに印象的で、忘れられないよ」
「オレも……」
そこにロックが話に入って来た。
座ったままだが、顔はシトラス達の方を見ている。
「オレも、親父とお袋と、砂浜で貝を探して歩いた事があったな。あの時の貝、どうしたかな? 取っておいたんだけど、失くしちゃったかも」
「まぁ、そういうもんだよね〜。あたしも経験ある」
「そうそう。で、どっかからポンって出て来たりするんだよな。って、出て来てね〜けど」
シトラスが、プッと吹き出した。
「ロック〜。何一人でノリつっこみやってんだよ〜。ウケるじゃん」
「アタシも面白かったわ。ジェニファーのアシストも最高ね❤️」
「ジョセフィーヌ。オレ達は漫才やってる訳じゃ」
「冗談よ。でも元気になったみたいね。あなた達」
シトラスとジョセフィーヌの笑いにつられて、ロックとジェニファーも笑顔になる。
「ところでね。サララが言ってた、リカの街って場所だけど、これから向かうグリンズム王国には、無いみたいね」
ジョセフィーヌが、シトラスから見せてもらった地図を広げ歩いて来る。
シトラス達も回りを囲み、覗いた。
「確かに、リカの街なんて書いて無いわ」
「そうなのよ〜。ノースエガリアからの船は、ビグアック大陸とグリンズム王国にしか繋がってないし。とりあえず、グリンズム王国から先は、後から考えるしかなさそうね」
「そうね……」
「ところで、ティナさんて人は、どんな女性だろう。シトラス、聞いてないのか?」
「ああ。俺も初めて聞いたし、姉さんからも言われた事ない」
「そうか。会ってみなきゃ分からないって事だな」
その時、船が大きく揺れた。
こんなに波が穏やかなのに。
「シトラス、あそこ!」
ジェニファーが指差す先。
船の下に、巨大な魚の影が写った。
そいつは船の脇から、姿を現す。
ガバッ。
「こいつは……」
巨大なサメの魔物だ。鋭い牙を持って、口を大きく開ける。
何故か片眼が潰れていた。
「ぼくの名はサメロンだ。あ〜、海の中はサメ〜ロン〈寒いもん〉」
シーン。
シトラス達は固まった。
サメロンは悲しくなる。
「あ〜。ぼくのギャグが〜! 勇者と会うの初めてだから、ウケを狙おうと思ったのに〜」
船の柱に噛みついた。
ガタガタと船を揺らす。
「わわわわわわっ」
シトラス達は転がった。
ジョセフィーヌがバランスを取りながらサメロンに近づく。
そして、
「いい加減にしなさいよ!」
サメロンの頭を、タコ足でボンと叩いた。
サメロンの動きが止まる。
「ちょっとあなた、それじゃ単なる駄々っ子でしょ。それに、だじゃれを言うならこうでしょ。あ〜ら、シトラスちゃん、どうシトラス〈したの〉?」
シトラスは困惑する。が、すぐに何かを思いついた。
「ロック、だじゃれ攻撃をブロックしろ〜!」
一瞬何事かと思ったけど、ロックは笑う。
「おお。オレの名前を使ったけど、シトラスんのが一番まともなだじゃれだ」
「さすがシトラス。あたしの勇者!」
ロックとジェニファーに誉められ、シトラスは得意げにガッツポーズをした。
それにしても、ジェニファー今さりげなくあたしのシトラスと言ったね。
本人は、平然としてるけど。
サメロンは、震えて叫んだ。
「あ〜〜! だじゃれも人気も勇者に負けた〜。悔しい〜!」
牙を剥き出しにして、また柱をかじるのかとジョセフィーヌは警戒した。だが、違った。
ピョンと力を入れて海中で跳ねる。
船の甲板に飛び乗った。
ドンと音が響いた。
船の船長であるアランが上って来る。
「すみませんアランさん。ちょっと、お騒がせして」
シトラスが詫びる。
アランは首を振った。
「いいって事よ! 俺っちも海の男だ。魔物の一匹や二匹どうって事ねえよ。それによ、エンバーから聞いたんだが、あいつの船が魔物に襲われた時、おめえ達が助けてくれたっていう話じゃねえか。だから今回も、頼りにしてるぜ、シトラスよ!」
「アランさん……」
「おお? 勇者だから魔物が来たとか思ってんなら、そりゃあ間違いだ。おめえ達がいてもいなくても、海の魔物はいる。俺っちの船の奴らも、ちったあ腕は立つさ。だから心配すんな。いざという時には、助太刀してやるから」
「はい!」
アランは、エンバーとは違ったタイプの海の男だ。
肌の色が黒くて、筋肉質。
豪快で、頼りがいのある男。
船員からの信頼も厚い。
シトラスは、剣を構え言った。
「アランさん、ありがとうございます。だけど、ここは危ないんで、俺達がやります」
「あいよ。じゃあ俺っちは端で見学してるわ。勇者の戦いなんて、めったに見れるもんじゃないからな」
「分かりました。けど本当に危なかったら、逃げて下さいね」
「おう! 承知したぜ」
アランは甲板の隅っこに移動する。
サメロンがギシギシとシトラス達を睨んだ。
「飛天狩射!」
ロックの技を合図に、シトラスがサメロンに向かって跳躍した。




