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旅人の提案


 青年は両親を二人とも亡くしてから旅をしながら働いて暮らしていました。魔法を操ることが出来る人々が住む町に興味を抱き、その町を訪れたのです。

青年の名前はレミといいました。

町に着いたレミは驚きました。町の人は全く魔法など使っておらず、その様子は他の町と全く変わらない様に見えたのです。

レミは町の人になぜ魔法を使わないのか尋ねました。

町の人は答えます。

「王様に殺されてしまうからさ」

レミは今は誰も魔法を使わないのか尋ねました。

町の人は答えます。

「困った時には白魔女様が自身の素晴らしい魔法で助けてくださる」

レミは白魔女様とは誰かと尋ねました。

町の老人は答えます。

「北の塔にいらっしゃるお方である。」

レミはなぜその者だけ魔法を使うのか尋ねました。

町の夫人答えます。

「全ては彼女の慈悲故です。彼女は自らの命を顧みず私たちに尽くして下さるのです。」

町の青年は最後にレミにこう言いました。

「あなたも彼女のところに行けば素晴らしい魔法を見ることが出来るだろう。」

レミは塔を訪ねることにしました。


 塔にはそこそこの人たちがいました。レミは白魔女を見て驚きました。町の人の口ぶりからてっきり老女だと思っていたのに自分よりも年下の少女だったのですから。

レミはそこで数々の奇跡を目の当たりにしました。

老人の弱って折れた脚は一瞬で癒えました。

少年が割ってしまった器は瞬く間に元の形に戻りました。

愛する人を失った青年の心は安らいでいました。

次々と生まれる光に子供達は目を輝かせていました。

レミの前には数々の奇跡が起こりました。

始めは目を疑ってただただ呆然と眺めていました。しかしレミはあることに気が付いたのです。

町の人はあんなに喜んでいるのに

なぜ白魔女はあんなに悲しそうなんだろうか

と。


 町の人がほとんど帰ったらあと、クラリスはようやく隅の方に立つ青年に気が付きました。その青年は服装からして町の者ではないように思われました。少なくともクラリスは見たことのない青年でした。

「こんにちは、どのようなご用件で?」

クラリスは青年に尋ねます。

青年は答えました。

「失礼しました。私はあなたの素晴らしい魔法というのを見に来たのです。なので私の用事はもう済んだようなものなのです。」

クラリスは青年が魔法を褒めてくれたのが嬉しくてこう答えました。

「ご足労ありがとうございます。せっかくいらしたのですから何か特別に披露いたしましょうか?」

青年は答えます。

「いえ、これ以上奇跡を目の当たりにしたらきっと何が本物なのかわからなくなってしまいますよ。」

青年は少し笑って続けました。

「でもせっかくなので一つ質問してもいいですか?」

「どうぞ、なんでも」

クラリスは答えます。

すると青年は目を細めてこう質問しました。

「なぜあなたはそんなに悲しそうな顔をしているのですか?」


 クラリスは思いがけない問いに戸惑いました。しかしすぐに答えます。

「私、悲しくなんてないです。」

すると青年は少し黙ってこう続けました。

「……僕には悲しそうに見えましたよ。あなたは本当は魔法なんて使いたくないのではないのですか?」

クラリスはそんな事ない、と言い返そうとしました。でもそれが出来なかったのです。実を言うとクラリスは刻々と迫る処刑が本当に怖かったのです。そして、両親を死に追いやった魔法が大嫌いだったのです。でも喜ぶ町の人を見ると魔法を使いたくない、なんて言えなくなってしまったのです。

しかし、この青年にはそれが見抜かれてしまったのです。

しかたなくクラリスはこの国で昔起きた反乱のこと、王様のこと、両親のこと、クラリスの魔法と処刑のことを全て青年に話しました。

青年は黙って聞いていました。


 沈黙が続きました。

やがて青年が口を開きます。

「……明日だけ町の人の頼みを断ってみてはどうでしょう。」

クラリスは驚きました

「そんなことしたら皆困るでしょう!」

青年は答えます。

「それでもあなたは一度この町の人の本当の姿を知るべきだと思います。」

クラリスは意味が分かりませんでしたが、やがて

「分かりました。明日だけ皆の頼みを断ります。」

と答えました。

「それでは、明日また来ます。」

青年はそう言って塔から立ち去ろうとしましたが、出口でふと足を止めると、クラリスに尋ねました。

「最後に、あなたの名前を教えていただいてもいいですか?」

クラリスは一瞬自分の名前が思い出せませんでしたが、すぐに思い出して答えました。

「……クラリスです。あなたは?」

「レミと申します。それではさようなら。」

そうしてレミは立ち去って行きました。

その日クラリスは長く白く美しい髪を切りました。


 翌日、クラリスに会いにまずマルセルという者が訪ねてきました。マルセルは腰が悪くよくクラリスが治していました。

「こんにちはマルセルさん」

「白魔女様、申し訳ないのですが、また、腰を痛めてしまいまして。どうにかしていただけませんか?」

クラリスは少しためらいましたがこう答えました。

「・・・実は今日は体調が優れなくて、魔法は使えないのです。ごめんなさい」

するとマルセルはやはり悲しそうな顔をして答えました。

「・・・分かりました。また明日来ます。」

その答えを聞いたクラリスの心はとても痛みました。

なんだが自分がとても悪いことをしている気分になって気持ち悪くなりました。こんな困っている人を見捨ていいわけありません。レミの提案を無視してしまうのは嫌でしたが、出て行こうとするマルセルをクラリスは呼び止めました。

「ごめんなさい、魔法、使えます!大丈夫です!!」

嬉しそうなマルセルの顔を見てクラリスやっと安心できました。

しかし、魔法はつかえませんでした。


 何度試してもだめでした。今まで何度も使ったことのある魔法なのに全く扱えなくなってしまったのです。

マルセルに使おうとしたもの以外の魔法もです。クラリスは全く魔法が使えなくなってしまったのです。


 魔法を使えなくなったクラリスを見た町の人は

「また明日来ます」

「今日は休んでください」

「明日にはまた使えるようになりますよ」

となどと口々に言って帰って行きました。

しかし塔を出た瞬間に町の人たちがこう言い合うのが聞こえてきました。

「白魔女様が魔法を使えないんじゃね」

「魔法の時代は終わったのか」

「死にたくはないものね」

「明日魔法つかってくださらなかったら私もうこんな薄暗い塔になんか来ないかも」

そうしてようやくクラリスは理解したのです。

町の人が本当に求めていたのはクラリスではなく、クラリスの扱う魔法だということに。


 クラリスは悲しすぎてもう涙も出ませんでした。

最後に面会時間の終わりの少し前にレミが訪ねてきました。

「こんにちは、髪切ったのですね。とてもお似合いですよ」

レミはそう話しかけましたがとても落ちこんでいるクラリスを見て黙りました。

しばらくしてクラリスは口を開きました。

「……やっぱり魔法、使おうとしたのですけど、なんでだが使えなくて。そしたら皆『明日魔法を使えなかったらもう塔には来ない』って」

さすがにレミもショックを受けました。

「……すみません、僕がこんな提案したばっかりに」

「いいえいいんです。明日使えるかもしれないですし、使えなかったらもう魔法を使わなくていいですし。」

ただし、魔法を使えなかったらクラリスはまたひとりぼっちになってしまいますが。

レミはしばらく黙った後恐る恐るこう言いました。

「……もし明日魔法が使えなくて、誰もあなたのことを訪ねなくなったら、僕、毎日ここを訪ねてきていいですか?」

クラリスは驚いて一寸黙ってしまいましたがすぐに答えました。

「ええ!!是非来て下さい!!」

クラリスはなんだか嬉しくなりました、が少し顔をしかめると

「でもこのお互いこの喋り方やめません?なんだか堅苦しいです  し・・・・・・」

「え!?」

レミが慌てているのをみて思わずクラリスは笑ってしまいました、

やがて顔を真っ赤にしたレミは言いました。

「えっと、じゃあ、また明日来るね!クラリス」

「ええ、楽しみにしてる」


翌日以降も、クラリスが魔法を使えることはありませんでした。


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