夜会の会場
第二婦人であるイザベラ様の元には次々と挨拶に訪れる人が絶えないが、彼らからはあまりいい印象は受けない。向こうでは王と王妃が壇上に座り挨拶を受けている。どうやら第二婦人とは壇上にも上がれない日陰の存在の様だ。
⋯⋯あれが革命の原因である極悪王ね。それと同様の悪女な王妃。
極悪王を眺めていると、その後ろにいる騎士団長と目が合った。税の限り尽くしたギラギラしい集団の中でただ一人、清廉な雰囲気で佇む騎士団長を見て何だか面白くなってしまった。
「ふふふ」
「レオンス何を見て笑っているの?」
「失礼いたしましたイザベル様。その、王族の方々がいらっしゃる壇上の中で騎士団長だけ異質と言いますか、そこだけ雰囲気が違う様に感じるといいますか⋯⋯」
「えぇ分かりますわ。あの方は真面目で面白味のない方ですからね。だから婚約者に見向きもされないのだわ。ほら彼の婚約者はあそこの方よ? 今日も素敵な男性を連れていますわね」
イザベル様の指す方を見ると金髪の可愛らしい女性が華やかな赤い髪の男性と寄り添っていた。
えぇ? 騎士団長の婚約者? 見た目は魅力的な女性らしい方だけれど、仕事中の婚約者の前で堂々と浮気? 一緒にいる男も見た目だけの軽そうな人ね。しかも弱そう⋯⋯
レオンスはモヤモヤした気持ちになったが、護衛の仕事に集中することにした。
「イザベル様、是非私の屋敷に遊びに来て下さい。最近子犬が産まれましてね。とても可愛いですよ?」
「まぁ! 子犬は可愛いわよね! どんな子達なのかしら?――」
イザベル様に話しかけてくる男性はあの手この手でイザベル様を誘っている訳である。だがイザベル様は慣れていらっしゃるのか話を盛り上げつつも、言質を取られる様な発言はしない。
⋯⋯今の所は浮気相手になりそうな人物はいないかな。誰も彼もがいやらしい貴族ばかり。きっと王が毎晩違う女性をとっかえひっかえしているのを皆知っていて、愛されていないと舐めた行動に出ているのだろうね。
ここに集う貴族達からは第二婦人に対しての尊敬や敬いを感じない。元子爵家出身で、後ろ盾の弱い若い女性なんてこんな物なのだろうか。
イザベル様は決して悪い方ではないのに⋯⋯将来処刑されてしまうのが可哀そうに思えてしまう。
ダメダメ。感情移入しては。私はあくまで潜入捜査官なのだから。
会場を見渡すと誰も手を付けない豪華な食事に、誰も見向きもしない会場内で佇む高価な絵画に装飾品の数々。皆が限界まで着飾り、その総重量は如何ほどか。幾人もの香水の香りが入り混じり、悪臭に近い会場内をよく見れば、肥え太った貴族達がわんさかといる。
人間の欲望の辿り着く先とはこの様な状態なのだろうか。
やっぱり革命は起こるべくして起きたのだ。
⋯⋯この会場の中に、この国の状態が異常だと感じている人はいるのかな?
ふと壇上に目が向く。騎士団長の目からはどんな景色が見えているのだろうか。
夜会からしばらく経った頃に事件が起きた。
「なぁイゴールとレオンス、新聞は読んだか?」
「「はい」」
今日は昼当番なので侯爵とイゴールと共に朝食をとる。侯爵の奥様と子供達は南にある暖かな気候の領地で過ごしているらしく不在である。
ちなみに私達は八月にこちらに来て、今は十一月だ。
「王宮のパンの中に小石が入っていたらしいね。それでパン職人と小麦粉の販売店員が処刑されたらしい。これからこの国はどうなるのだか⋯⋯まぁそんな事を君達に言っても仕方ないよね。だって君たちは未――」
「こ、侯爵様、それ以上は!」
「あ、ごめん」
油断も隙も無い侯爵の口の軽さ⋯⋯
このパンの事件は歴史の授業でも必ず教わる有名な出来事である。ツケで小麦を買い続ける王宮に対し、粉屋が質を下げた小麦を卸したのだ。別に嫌がらせでしたわけではなく、粉屋も生活が苦しくて質を下げざるを得なかった。質の悪い小麦にはたまに小石が混ざる事がある。その小石が入ったパンを王宮で食事をしていた高位貴族が食べ、それを見ていた王が怒り狂って関係者を処刑したのだ。
「先月も貴族が問題を起こしましたよね」
庶民が使う生活道路を貴族の馬車が爆走して市民が跳ねられ死亡した。その貴族はそのせいで約束の時間に遅れたと怒りわめき、手持ちの杖でそばにいた市民を打ち付けて数人に怪我を負わせた。
「最近馬車に石を投げてくる市民がいるんですよね。どうしたらいいのか」
「家の門番にもだ。家は堅実な領地経営だし、日々真面目に魔術師として働いているのになぁ。外に『我が家はいい貴族です!』って張り紙でもしょうかな?」
「ついでに侯爵様の良い貴族風な絵姿も共に張るのはどうでしょうか?」
「え? それって顔に落書きされる運命だよね?」
昼勤務の今日は朝からゆっくりと過ごしていたが、そろそろ護衛の交代時間になるのでイザベル様の住居区へと足を進めていると、通過途中にある王宮のサロンの扉が開いていて、ふと中を見てしまった。
⋯⋯昼間から何しているのよ?
そのサロンのテーブルには山ほどの食事にワイン、そして煙草の煙でぼやける視界の中でソファーに寝転び、半裸で戯れる男女たちが⋯⋯
静かに壁に佇む給仕の顔色と感情を無くした横顔が、この国の国民の心情を映している様に見えた。たったこのサロン一つを見るだけで、常に王宮が労働者不足の原因の一因が見て取れた。




