ガーデンパーティーでの陽炎
「今日も何だか疲れたわ。早めに休みたいの」
「かしこまりました」
最近イザベル様は毎日早めにお休みになられる。本日の私の勤務は23時までなので、交代時間になるまでは廊下の扉の前で護衛の仕事に勤しむ。
現在12月。革命まであと八か月。妊娠をしてもおかしくはない時期に差し掛かったけど、イザベル様の疲れは妊娠によるものではない。なぜなら医師が昨日診察に来たが妊娠ではなく、ただの気疲れだと診断されたし⋯⋯。
それに王がイザベル様の部屋に通う事は無い様だ。少なくとも私は見た事がない。それも気疲れの原因の一つだと思う。王の寵愛も薄れた元子爵家の第二婦人⋯⋯王宮内でも目に見えて軽んじられ初めている。
⋯⋯でもイザベル様は悪い方ではないのよね。むしろいい方。だからこそ悪い遊びをしないイザベル様はこの王宮では煙たがられる。
年が明けた一月下旬、今日は隣国であるカイル王国の王族の方々との会食だ。いつもは食事に呼ばれない第二婦人イザベル様も同席している。 流石に他国の者の前ではいい王族を装いたいのだろう。
そしてイザベル様の後ろに控えている私には、会食は和やかに進んでいる様に見えたのだが。
「あら? イザベル様は食が進んでいないみたいね? 今日の食事はカイル王国の調味料を使った物よ。お口に合わないのかしら?」
確かに先ほどからあまり召し上がっていない。
「いえ、大変素晴らしい料理でございます」
⋯⋯苦手な食品でも入れられたかな? 王宮の噂で王妃の性根の悪さは聞き及んでいるし。だがここで食べなければカイル王国の王族の前で、カイル王国の調味料が苦手だと思われてしまうだろうね。大きな問題ではないけど、印象が悪くなる。王妃は嫌な言い方をするものだ。
「最近イザベルは体調が悪いそうだな」
王がどうでもよさそうに言う。
「まぁ! それは大変だわ! お部屋に帰られた方がよろしいのでは?」
王妃が大げさに騒ぎ立てる。 心配など微塵もしていない楽しそうな顔で。その姿を見ているカイル王国の王族の方々にどんな印象を与えるのかなど考えていないのだろう。この国で毎日好き放題している内に王族として取り繕う事も忘れた様だ。
「いえ、大丈夫です」
「イザベル様はお若いですから妊娠されている可能性もあるのではありませんか?」
カイル王国の王子が爆弾発言を投下した。 多分軽い手助けを差し伸べただけなのだろうけど。
「いえ、ただの疲れですので、ご心配ありがとうございます」
⋯⋯あれ? でもつわりの症状で食欲が落ちている? そんなはずは⋯⋯同僚に何気なく、誰かイザベル様の部屋に訪れたかを聞き出してはいるが、誰も来ていないと聞いている。
⋯⋯同僚は本当に信用できるのだろうか。そして私は彼らから信頼されているのだろうか。
会食が終わり、場所を変えてガーデンパーティーへと移った。
隣国の王族と我が国の貴族達を交え、綺麗に整えられた色とりどりの花々が咲き乱れる庭で、歓談にも花を咲かせる。
そして今日もイザベル様の元には挨拶に訪れる貴族が絶えない。ガーデンパーティーに相応しくない程に着飾り、その衣の下に下心を覆い隠した者達が。
⋯⋯護衛をしながらもさっきの妊娠の可能性が頭から離れない⋯⋯違うわよね? こんなにも側に侍り、毎日気を付けていたのに、もしイザベル様が妊娠していたとしたら、父親の検討もつかない私は無能だわ。冷静に考えろ自分!
挨拶の貴族が切れた瞬間、ふとイザベル様が遠くを見つめた。私も無意識にその目線の先を追う。
イザベル様は王妃様のいる辺りを見つめていた。今日も貴族たちに囲まれて満足そうな笑い声を上げている。
「⋯⋯レオンス違うのよ。見なかった事にして」
「はい?」
いきなり何がだろう? 王妃に対する恨みの目線? 嫉妬の感情?
もう一度王妃の辺りに群がる貴族を見てみる。本当にふと、面影というか雰囲気が王太子アントワヌ様に重なる者がいた。
⋯⋯あれは副団長? いや、でも彼は王妃付きの護衛騎士なのだからあり得ないでしょ。あれだけに目立つ副団長が夜イザベル様の元に来ていたら私の耳にも届くはず。それに彼は女にだらしない男のはず。わざわざ危険を犯してまで第二婦人なんて狙わないわよ。
一瞬あらぬ疑いが頭を過ったが、それはないと結論付ける。妊娠の可能性ばかり考えているからすべてが疑わしく思ってしまうのだろう。 それに身内が一番怪しい気もしてきた。同じイザベル様の護衛騎士の中で、夜担当の者が一番可能性が高いのではないだろうか。そして新参者には秘密にしているとか。
次は王を観察する。アントワヌ様には似ている気もするし、似ていない気もするので正直わからない。髪の色も目の色も母親であるイザベル様のお色だと聞いた。イザベル様もアントワヌ様も銀色の髪に青い目。王は金髪に金の目、副団長は薄い紫の髪に青い目をしている。
⋯⋯ダメだわ副団長と決めつけては。男性全員を疑う位でいきましょう。任務の失敗は許されないのだから。
「全く華やかな会だってのに騎士団長はつまらぬな。何か芸でも見せてみよ」
「は、はい?」
和やかな歓談中に少し声を荒らげた王の声が響いた。王の方に視線を向けると随分と酔った王が騎士団長に絡んでいるのが分かる。
「私を楽しませろと言ってるんだ!」
周りの貴族たちは面白そうに眺めているが、カイル王国の王族の方々は厳しい顔をしていた。ただでさえこの国の国民が他国に流れ始めていて治安を悪化させている。 ここにいるカイル王国もそうだ。むしろその話し合いの為にここに来ていると思われる。
国際関係が悪化しつつあるのに王は自分が最高位の人間だと、自分が正しい神だとでも思っているのだろう。そしてその誤りを指摘できる者達はすでに王宮を去った後だった。
ふと私の袖を掴む手が、思考の海に沈んでいた私を一気に浮上させた。
「イザベル様どうされましたか?」
「あ、ごめんなさい」
イザベル様は怯えていた。
⋯⋯もしかして王が怖いのかな? それとも王に怒鳴られた経験を思い出してしまったとか? あまり目立ちたくはないが護衛対象の心を守るのも護衛騎士の仕事かな。
「少し外しますね」
「え? レオンス?」
「失礼いたします。私はイザベル様付きの近衛騎士レオンス・ローヌと申します。本日、この素晴らしいガーデンパーティーの記念に一つ、私から余興を披露させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ほう? 許可するぞ」
「ありがたき幸せでございます。では参ります。空にご注目下さいませ」
「⋯⋯⋯おお?」「まぁ!」「綺麗!」「素敵ね」「虹だわ」
昔から魔術は好きだった。騎士にもなりたかったが魔術師になる事も密かに憧れていた私は、時間があれば魔術のコソ練をしていた。この虹をかける魔法は私の十八番だった。
パーティー会場にいる貴族達にも喜んでもらえたみたいだ。
「ほう、面白いではないか。これをやる」
「は!」
王は懐から袋を取り出すと私に向かってそれを投げ付けた。袋の中身はお金だろう。
王から『これをやる』と言われたからには断れない。私はありがたくそれを拾った。
⋯⋯お金を投げつけるなんてムカつく~! もうこのお金でぱーっとやるわよ! お金に罪はないのだから!
レオンスはお金の入った袋を持ってイザベル様の元へと戻った。
「凄いわレオンス! どんな仕掛けなの?!」
「ふふふ水の魔術を基本に、光の屈折を変えて七色に見せているだけですよ」
「ありがとうね、レオンス」
「いえ、お役に立てて光栄です」
その後のガーデンパーティーは和やかに進み、多少の問題はあったものの何とか終了する事ができた。




