赤い近衛騎士
次の朝、朝食を共に取った後、イゴールは侯爵と共に魔術師団へと出勤した。
「レオンス様、採寸をさせていただきますがよろしいですか?」
「あ、もちろんです」
これから何をしようかと考えていると侍女に声を掛けられたので、一体何の為の採寸なのかと尋ねたら、騎士服は支給ではなく各自用意しなくてはならないからだと言われた。26年後のマリエットの騎士服は支給品だったのに。
「服ができるまでに、どのくらいかかりますか?」
騎士服はそれなりに丈夫で細かい刺繍などもされているので時間が掛かるだろう。だが服を仕立てる為に何か月も待ってはいられない。
「侯爵様の弟のアンリ様が近衛騎士でらしたので、申し訳ございませんが、その騎士服をお直しいたします。今回はお時間がございませんから」
「いえ十分です」
侯爵家の仕立てた服なんてお古でも十分贅沢。我が家はお金の無い子爵家だから。
マリエットの家族は、仲は悪くはなかったがとても貧乏だった。冷夏の影響で作物が育たない年が幾度となくあり、マリエットは父と領地の民と共に畑を耕す事もあった。
なのでマリエットに婚姻できるだけの支度金も無ければ、結婚相手にとって何の旨味もない令嬢であった。よってマリエットは早々に結婚を諦め、自立できるように騎士の道を選んだのだった。
⋯⋯あれ? 今サラっと言われけど、私は近衛騎士になるのかな?
近衛騎士の制服? 確かに王族の情報は得やすいが近衛など経験が無い。失敗をして首が物理的に飛んだら少なからず歴史を変えてしまうのではないだろうか。
採寸を終えた私は屋敷にある新聞を読んで、大体の社会の動きや人々の思想などの知識を得る。自分が想像していた以上にこの国は切羽詰まっている状態だ。
とにかく重税が過酷過ぎる。これでは働いても働いても希望が無いし未来も見えない。それに疫病の流行まで起きているみたいだ。これは飢餓で体力が落ちている事が原因かな。
歴史の授業で習ったつもりでも、実際にすぐそばで起きている事柄だと思うとより危機感や閉塞感を感じてしまう。胸が苦しい。正に百聞は一見に如かずだ。
「レオンスは明朝、王宮の第一騎士団の第一訓練場に来てくれだとさ」
夕食の席でマヴェット侯爵に明日の予定を告げられた。
今朝出勤した侯爵はその足で騎士団長に会いに行ったらしく、私の面接予約をもぎ取ってきてくれたみたいだ。仕事が早い。
「制服のお直しは終わったかな? 明日には着て行ける?」
「あの、近衛の騎士服を勝手に着てよろしいのでしょうか? 明日は面接や入団試験ですよね?」
まだ騎士団員でもないのに近衛騎士の姿で王宮に行くなど考えられない。騎士団に捕まっても文句は言えないし、犯罪だと思うが。
「違うよ~? 明日から働くの。騎士団長が明日の朝の鍛錬中にしか時間が無いらしいから、その時に顔合わせに来てくれだとさ」
「⋯⋯わかりました」
ある意味これから諜報活動に行く私が心配になるほど、王宮の危機管理意識は甘いのではないだろうか。騎士としての実力すら事前に確認しないなどコネ入団にも程がある。
またはそれ程までにこの侯爵は信用されているのかな?
「侯爵様は騎士団長と交流があるのですね?」
「え? いや~一応学友ではあるけど、私とはそりが合わないかな? 彼はクソ真面目で遊び部分が無いというか、カチカチ?」
「あ、あー⋯⋯」
「今の話のどこら辺に納得したの? ん?」
「赤い騎士服だね」
朝になり王宮に向かう準備を始めた私は、昨日お直しをしていただいた真っ赤な騎士服を受け取った。これは確か『王宮で流れた血に染まった服』なんて例えられていたはずだ。そんな悪の象徴である近衛の真っ赤な騎士服を自分が着る事になるなんて思わなかった。私の暮らす26年後は過去を消し去るかの様な真っ新な純白の近衛騎士服だ。
赤い騎士服に袖を通し、細いレイピアを帯刀する。鏡に映る自分は、侍女から綺麗に化粧を施され、波打つ薄い緑色の髪も華やかに整えられていた。王宮が見た目重視というのは本当らしい。
⋯⋯でもこんなにきちんと化粧をされたら訓練なんて出来ないよね。しない事前提?
準備が整った私は、時間よりも早めに第一騎士団の訓練場へと向かう事にした。
朝日が昇り始めた町は通常であれば人々が行き交い、賑やかな物だ。だがこの王都の町にはやはり活気がなく、俯きながら速足で仕事に向かう者が道を過ぎ去っていくだけだった。
皆その日を暮らすだけで精一杯で夢も希望も無いのだろう。
革命は1年後だけれど本当にそれまで国民は大丈夫なのかな⋯⋯。
心配にはなるが私には何も出来ない、してはいけない。私は馬車のカーテンを閉め切った。




