王太子アントワヌ様
「フニャ~フニャ~」
「あ、ああ、これは産まれましたよね?! 成功ですね?」
「⋯⋯ええ」
お産がこんなに大変だとは思わなかった。初産であるイザベル様とド素人のレオンスの二人は、丸一日もの間あたふたして、今も血まみれで混乱していた。
「へその緒は切らないとですよね。でも何センチ辺りで切るの?! へその緒を固く結んで剣でサクっと切ればいいわよね?」
ぐにゃぐにゃしている赤子を恐る恐るお湯で洗い、布に包んで⋯⋯これで万端?
「お産は終了でしょうか?」
「はぁ⋯⋯胎盤は出たかしら?」
「へ? ヒェェェ!!!」
胎盤を見てあの、革命時に肉塊となった王を思い出して失神しかけた。
「レオンス、産まれたのか?」 「どうすんだよ赤子を」
「今眠っていますが、とりあえず私も仮眠します⋯⋯」
何とか後片付けを終え、イザベル様には赤子と安静にしていてもらい、私も一休みする事にしたが、この時のレオンスは赤子が産まれてからの壮絶な育児を知らなかった。
「おい! レオンス起きろ!」 「赤子がうるせぇんだよ」
「⋯⋯へ? まだ少ししか寝ていませんが⋯⋯」
「赤子がうるさくて牢獄の野郎共がキレてんだよ」 「牢獄は声が響くんだよな」
「は、行ってきます⋯⋯」
ほぼ二~三時間おきに泣き、想像していた赤子の様には眠ってくれない。そもそもなぜ泣くのか分からない。
それにおしめは数枚用意していたが全く足りない。仕方がないので適当な布を代わりに使っているが、信じられないくらい消費する。レオンスも仕事の合間に洗うがこのままでは⋯⋯
「オンギャ! オギャ!」
「泣き止みませんね⋯⋯」
「あまり母乳が出ないの」
出産時の出血や疲れに劣悪な環境、そしてこの栄養の乏しい環境下ではイザベル様が生きるだけで精一杯で、母乳など作れる訳がなかった。
しばらくすると泣き声に力がなくなってきた。
「どうしよう⋯⋯」
イザベル様は必死に赤子の面倒をみているが、このままでは⋯⋯
レオンスは母乳を分けてもらえる人を探した。
「母乳ね⋯⋯皆出ないのよ」 「食事がなけりゃ出ないって」 「月の物も止まってるし」
本当に見つからなくてレオンスは顔の広いあの人を訪ねた。門前払いされるかと思ったが、意外にもレオンスと会ってくれた。
「レオンスか。監獄ではありがとうな」
「アルバン王、ご即位おめでとうございます。本日はお忙し中――――」
「堅苦しいのはいいから。それで? 何かあったかい?」
「実は――――」
レオンスは事の経緯をアルバン王に伝えた。
「赤子に罪はない。それに私と血の繋がりがある者を見捨てる訳にはいかないな」
「本当ですか?」
「ただし赤子はこちらで育てる。このまま監獄で育てる訳にはいかないよ」
それはそうだろう。監獄で育てるのも限界だし、不衛生でこのままでは病気になってしまう。
でもそうなるとイザベル様からお子を取り上げる事になってしまうし、もう二度と会えないだろう。
「分かりました。今から連れて参ります」
非情だとは思うがこれが最善だと思う。赤子はすでに疲れており、命の危険に晒されていた。
レオンスはすぐにアルバン王が手配してくれた王宮の馬車に揺られて監獄に着いた。
そしてイザベル様にアルバン王との話を伝え、きちんと面倒をみてもらえると説明した。
「そうですか⋯⋯この子はアントワヌ。この子の父親と一緒に名前を考えたのよ。もう私にはこれくらいしかあげられる物はないけど、どうか幸せになってね」
イザベル様は最後にアントワヌ様を抱きしめ、キスをし、私に赤子を手渡した。
「レオンスお願いね。そして本当にありがとうございました」
「⋯⋯いえ、約束したではありませんか」
私は酷く後ろ髪を引かれる思いでアントワヌ様を王宮に連れて行った。
そしてすぐに乳母が雇われ、すくすくと成長していった。そしてその後、アルバン王と養子縁組をし、王太子として立派に育っていくのだった。
私はこの後すぐに25年後に帰るつもりだったが、イザベル様の様子が気になり、それからひと月ほど滞在した。アントワヌ様を手放してからのイザベル様は、もうすべてをやり遂げたという安心感からか、または生きる希望を失ったからか、日々を冷たい石の上で寝て過ごしていた。意識も曖昧で、話しかけても反応はなくなったし、食事もあまり召し上がらなくなった。
そして薄情ではあったが、私は25年後の世界に戻る事にした。自分自身にも気になる事があったので。
「これが私の知るすべてよ。そしてアレクシー、あなたが生きていて驚いたわ」
「ああ。北の国境付近で市民からイザベル様を全力で守った俺たちは、皆死んだと思ったよ。でも俺だけ助かったんだ。まだ子供だと思われて⋯⋯可哀想だからと助けてもらえた」
「あ、ああ⋯⋯」
「⋯⋯何?」
「いえ、何も。それで私はこちらの世界に戻ってきて――――」
大嘘をついた。アントワヌ様の父親は国王だったと。そしてイゴールの死を。そして⋯⋯
――コンコン――
「お話し中にすみません、おぼっちゃまがお昼寝から起きてしまったみたいで⋯⋯」
「ママ」
「あら、フローラン起きたの?」
「へ?」
私の最愛である息子のフローランが起きて私の所にやってきた。フローランを見た瞬間のアレクシーの顔が面白かった。短い寿命を更に縮めてしまったかもしれない。
「息子のフローランよ」
「⋯⋯フローランっていうのか、こんにちは。私は君のママの友人のアレクシーだ」
「⋯⋯こんにちは」
「黒い髪に金色の目。クソ真面目そうでいい子じゃないか。君はお父さんによく似ているよ。きっと将来は騎士だな! でも気を付けないと婚約者に浮気を――――」
「変な事を言わないで頂戴」
全く。あの婚約者はあの赤毛の男に上手く利用されてたのだ。あの男は革命側の諜報員。クソ真面目で戦闘力の高かった騎士団長が革命の邪魔で毒を盛ったり、醜聞をまき散らして騎士団長を辞めさせ、革命の成功率を上げたかったのだ。
「その⋯⋯イゴールとはその後に連絡とかはあったのかい?」
「ないわね」
イゴールには恨み言を言いたかったけど感謝もしている。実はあの魔法陣は二名しか転移できない代物で、革命の時点ですでに妊娠していた私は二人になっていたのだ。もし知らずに三人で乗っていたら⋯⋯どうなっていたのか分からなかった。




