時空を超える魔術
私は大嘘つきだ。この国で私ほどの大嘘つきはいないだろう。でも不思議と後悔はない。
――五年前の騎士団第一会議室――
「失礼します。第一騎士団所属マリエット・アーベイです」
「来たか。こちらへ」
「は!」
仕事中にいきなり呼び出され、会議室に連れて来られた私の前には、騎士団長と魔術師団長、そして国王陛下の右腕と言われる宰相様がいた。この国の重鎮達がこの場所に一堂に会しているなど、きっとただ事ではない。
⋯⋯私は何かしてしまったのかな? 心当たりは全くないけれど。
「座りなさい」
「は!」
極度の緊張により嫌な汗をかきながら指示された椅子に座ると、隣にはすでに若い男性の魔術師が座っていた。
少しでもこの状況から情報を得る為にマリエットはこっそりと隣を窺うと、彼は綺麗な金髪に緑の目をしていた。
彼は確か女性に人気な魔術師のマシュー・モンカルメル伯爵子息だったはず。何故彼がここに? 益々意味がわからない。彼と私の間に共通点はないはずだけど⋯⋯
私は顔には出さない様にしながら心の中で困惑していると、宰相が話を始めた。
「これから話す事は極秘だ。いいな? 君たちは国王の体調が思わしくないのは知っているだろう?」
このオルメオー王国の国王アルバン・オルメオーが近頃体調を崩しているという話は、王宮で働く者ならば皆知っている事である。
「国王も65歳を超えられ、そろそろ引退される事となった」
アルバン王は素晴らしい王だが年には勝てなかったみたいだ。だがしかし、それが私とどんな関係があるのだろうか。
「近頃、時期国王は先王の妹の孫がよいのではないかと言う声が上がっている」
アルバン王には実の子がいない。先王の子であるアントワヌを養子として育て、現在王太子として立派に公務を熟していらっしゃる。なのに今更どうして⋯⋯
「先王の妹がアペル公爵家に嫁いだのは知っているな? そのアペル公爵家の者達がアントワヌ王太子は先王の子ではないと言っているのだ」
「?!」
そんな話は聞いた事がないが、25年前のあの頃、この国は混乱期で正しい情報が得られる様な時代ではなかったのも事実だ。
「彼らの主張では25年前のあの革命直前に第二婦人は妊娠した。だから父親は先王とは言えないのではないか? という主張だ」
25年前、このオルメオー王国に大革命が起こった。今でも大人たちの話題に頻繁に上がるほどで、知らない国民はまずいない。
絶対王政、王侯貴族の腐敗⋯⋯国民は度重なる重税を課せられ、王家に意見をしたものは次々に処罰され、王宮内は堕落した王侯貴族が毎日酒池肉林の贅を凝らした遊びに更けていたそうだ。
「革命時にはすでにアペル公爵家に嫁いでいた前国王の妹は処刑されなかったが、あの方もアペル公爵も前国王と同じ価値観の持ち主だ」
前国王は公務もせずに遊び惚け、特に選民思想が強い方だったと聞く。その前国王と同じ考えを持った家門の孫が次期王の椅子を狙っているのだろうか。
折角皆が命を懸けて革命を成功させ、元公爵であったアルバン様を国王として即位させて平和な国になったというのに。
「我々としてはそれを阻止したい。だがアントワヌ王太子に、もし王家の血が流れていないとすると何とも微妙ではある」
アントワヌ王太子の母君は全国王の第二婦人だ。確か子爵家の子女だったのを前国王が気に入って第二婦人にしたと言われている。もしアントワヌ王太子が前国王の子ではなかったとしたら子爵家の血と間男の血を引く子が国王になってしまう。
「なので君たちに確認をしてもらいたい」
「「え?!」」
「では魔術師団長である儂から説明しますかね。儂の生涯研究である時空空間を超える魔術が完成した」
「ほ、本当ですか?!」
隣のマシュー魔術師が驚き尋ねる。
「ああ。それでだね、君たちに25年前に行って欲しいのだよ。正確には26年前になるか」
「「え?!」」
本気だろうか? そんな事が本当に可能なのだろうか。
「騎士団長である私からも命令をする。いいか? お前らに極秘潜入任務を与える。今から26年前に行き、第二婦人のお腹の子の父親を特定せよ。時空を超えた捜査など試しが無いが、何点か注意事項がある――」
一、25年後から来た事は極秘である。
二、歴史を変えるような行動、発言はしない。
三、第二婦人のお腹の子の父親を確認後、速やかに25年後に戻ること。
「いや~史上初の時空を超えるという歴史的瞬間に君たちが選ばれたんだよ? 皆羨ましがるだろうね。凄いではないか」
⋯⋯本当にそう思っているのなら、あなた達の家族や友人にやらせるのでは? 危険性があるからこそ私みたいな低位貴族や落ち目な伯爵家の四男に行かれるのでしょ?
「26年前に着いたら私の屋敷に向かってみておくれ。私から私宛に手紙を書いた。それとあの頃の執事長への手紙だ。転移先は王都北の自然公園だよ。あの園内は今と全く変わっていないし、昔から平日はガラガラで人気がないから丁度いい」
「これはお前達の身分証だ。26年前に実在した家だが海外で主に生活をしていて、顔が知られていない貴族の者だ。それで王宮内へ潜入し、情報収集をするんだ」
「「は!」」
渡された身分証明書を見る。
私の名前はレオンス・ローヌ伯爵家二女?
「26年前の腐った王宮は顔がいい騎士や魔術師ばかりが採用されていたからね。君たちは容姿がいいからすぐに潜り込めるだろうな。ワシは当時、王宮に中々入れてもらえなかったのだ。ハハハ」
顔や容姿で採用? 思っていた以上に革命前の王宮は腐っていたみたいだ。
「では着替えて移動してくれ。情報漏洩の観点から個人的な物は持ち込めない」
「「は」」
別室で渡されたシンプルなワンピースに着替えながら考える。もし時空超えの魔術が失敗したらどうなるのだろう。断るという選択肢は与えられていないので従うのみだけど⋯⋯
ふとキッチンにシチューの入った鍋を置きっぱなしにしていた事を思い出した。もっと心配するべき事があるはずなのに。
これから過去に行くなんて現実味がないからかな。
始めて入る魔術師団の一室は、広い真白な空間に上下左右複雑な魔法陣が描かれていた。私は足元のそれらを踏まない様に注意して魔法陣の中央に入った。
さすがに酷く緊張してきた。本当に時空なんて移動できるのかな⋯⋯
「では二人共準備はいいかな? 身分証に手紙は持ったね? では発動するよ」
自分達を包む様に複雑な魔法陣が浮かび上がる。そして光輝いた瞬間――
私は薄暗い森の中にいた。




