プロローグ
「こんにちはマリエットさん。いるかしらー?」
「はーい。あら? お義姉さま。どうされましたか? 今日はマリーちゃんの家庭教師の日ではありませんよね?」
母屋に住む義姉さまが珍しく、離れの我が家にまで来ていた。
普段私は姪のマリーちゃんの家庭教師を務めているけど、私が母屋に伺うので義姉様がこちらまで来られるのは珍しい。
「それがね、うちにマリエットさんに会いたという男性が来ているのよ。あなたは人と会うのを避ける事が多いでしょ? だから直接あなたにどうしたいか聞きに来たのよ。で、どうする? 会う?」
「⋯⋯どの様な方でしょう?」
「アレクシーさんという方だわ。小柄で足が不自由な⋯⋯お義父様くらいのお年を召した方かしら?」
「⋯⋯アレクシー⋯⋯そうですか」
少し悩んだけれど、私は彼に会ってみる事にした。
母屋の応接室。そこは元々私の生家で10年前に兄が家を継ぎ、結婚して子供も産まれたので、私は離れで暮らしていた。
――コンコン――
「失礼します。お待たせいたしました。マリエットでございます」
「⋯⋯レオンス」
「⋯⋯お久しぶりですね。アレクシー」
久しぶりに会うアレクシーはあの頃の若かった時とは違い、壮年の紳士となっていた。まさかアレクシーが我が家の応接室に訪れる日が来るとは思わなかった。
「⋯⋯薄緑色の髪に金色の目⋯⋯レオンスだね。いや、マリエットか。本当に久し振りだ。まさかまた会えるとは思わなかった」
「私もです。⋯⋯生きていたのですね」
彼はあの時に亡くなったのだと勝手に思い込んでいた。
「不自由だけど、まぁ何とかね」
そう言ってアレクシーは自分の足を叩き⋯⋯どうやら彼は車椅子で生活をしているみたいだ。
それから二人で少し世間話をして、話が途切れた所でアレクシーが表情を改めた。
「それで⋯⋯数年前に風の噂で聞いたんだ。時空を超えられる魔術の話と、今の王の即位の裏側をね。少しだけ」
「⋯⋯私の口からは何も言えませんし、言いません」
元騎士の私には守秘義務がある。どんなに仲の良かった友人にも家族にも言えないのだ。
「レオンスを探すのに何年も掛かってしまったよ。実はね、俺はもう長くない」
「⋯⋯病ですか?」
「そうだ。むしろ今まで持っている事の方が不思議なんだ。これも神の思し召しかな? だから⋯⋯最後に教えて欲しい。俺達第二夫人の護衛騎士はどうするべきだったのだろう? それにレオンスの選んだ結果だけど⋯⋯君は知っていたんだよね?」
「⋯⋯」
「ここで聞いた事は墓場まで持って行く。絶対に。誓うよ。だから最後に教えて欲しい。死に掛けた爺の最後の頼みだと思って」
「⋯⋯そうですか。では私はここで昔話でもしましょう。ですがこれは独り言ですし、作り話です」
「ありがとう」
蝉の鳴き声が微かに聞こえる初夏の午後の応接室で、私は誰も知らない、誰にも話した事もない話を始めた。




