革命までの一か月間
七月。革命まで後ひと月を切った。イザベル様のお腹は更に大きくなり、完全に部屋から出る事はなくなった。
あの夜会の後、レオンスは騎士団長に頭を下げたが、むしろ自身の婚約者のせいで媚薬を盛られ、色々と大変申し訳なかったと謝られてしまった。お互いに謝って謝って⋯⋯普通に戻り、今でも朝は一緒に鍛錬をしている。その時間がレオンスにとっては幸せだった。
「レオンス、最近食欲ないの?」
「そうなのよ。こんな世の中でしょ? アレクシーは大丈夫? 家から王宮に来るまでの間で危険な目に遭ってない?」
革命の熱がどんどん高まっている王都は、貴族にとって危険な場所になりつつあった。
王宮への出勤時に馬車に向かって石が投げられ、顔を隠した男達に貴族が襲われる事件が多発している。
「家はボロ馬車を使っているよ。中に貴族がいるなんて思わない様なヤツ。服装も平民のでね」
「それがいいわ。近衛の制服は王宮で着替えないと危険だしね」
レオンスも鍛錬で使う服を着て出勤している。それくらい危険だった。
「はぁ~どうなっちゃうんだろうな? これから」
「⋯⋯そうね。一度くらい仕事の後に皆で飲みに行きたかったな⋯⋯」
「人員不足で休みが少ないし、飲みに行くには交代時間が微妙なんだよね」
「そうね」
南のマリティマ領から進んで来た集団は各地で賛同者を増やし、王都まであと一歩の所まで迫っていた。
イゴールはまだ魔法陣を完成させていないし、レオンスも一日でも長くここにいたいと思ってしまっている。本当に恋なんて冷静な判断を狂わす邪魔な感情だと思う。でも抗えないし、今はそれでいいと自分を許している。
⋯⋯あと少しだけ。
「第一騎士団のヤツは?」 「ああ、半数は」 「監獄は?」 「これからだ」
仕事の帰り道、レオンスは革命家がいると思われる庶民のパブに足を踏み入れた。歴史書ではなく、実際に革命前の王都の事実や生の声を聞いて情報収集をしたいし、今後の危険回避の為でもある。
男たちの話に耳を傾けていると、騎士団の騎士もすでに寝返っている事が分かった。
「おい、そこの女、何者だ?」
「⋯⋯私ですか?」
革命家と思われる男からいきなり声を掛けられた。すぐに男の仲間達がレオンスを囲む。
「素人じゃねーな? ここで何をしてる? 俺たちの話を聞いてたな?」
「すみません、商人です。王都の情報を収集してます。危険は回避すべきでしょ? 商品に傷がついたら困るし、うちもギリギリの商売なんで」
前もって用意しておいた返答をする。
「あぁ、まぁ女だしな。商人も巻き込まれたら大変だろうな」
「ええ。商品は財産なので」
女性の騎士なんてほとんどいないし、服装は平民の男性用。馬車で荷運びなどをしている小さな商会の人間だと思ってくれたみたいだ。
「でも何か騎士っぽい雰囲気があんだよな。独特な貴族っぽさも」
「ああ、はい。馬車で商品を運びますから盗賊相手の戦闘には慣れています。小さい頃から剣を習っていましたよ。それに商売の相手は貴族の時もありますので礼儀作法も一応は」
「用心棒もできる訳だ。なるほど。小さな規模の所は何でも熟す訳だな」
納得してもらえたみたいだ。だがもう一人の男がレオンスに話しかけてきた。
「ふ~ん? じゃあ戦闘できるのか。いいな⋯⋯俺たちの仲間にならないか?」
「いや、流石にそれは⋯⋯女ですし」
「女もいるぞ? これから国民全員で戦うんだ。剣が使えて王宮の騎士と戦える人間は一人でも多く欲しい」
その騎士が私なのですが⋯⋯
「まぁ仕事もあるだろうからな。気が変わったらいつでも言ってくれ」
「はい」
革命家と話をしていると本気度が伝わってくる。戦地にいる騎士よりも士気が高いかもしれない。
そして男達と別れて侯爵邸に帰る。貴族の使う表門は危険なので裏から回っ入るのが最近の習慣になっていた。
――第一訓練場――
「騎士団長、もし市民達が王宮に突撃してきたらどうしますか?」
革命まで残り二週間。朝二人で鍛錬するのも、もうすぐ時間切れだと思うと胸が苦しくなる。そのせいか打ち合いをした後に無意味な質問をしてしまった。少し心が高ぶってしまっているのかも。
「⋯⋯国民が王都に向かって来ているのは知っている。どれだけの不満を抱えながら進んで来ているのかも。でも私は騎士団長だ。どんな時でもすることは変わらない」
「⋯⋯そうですか。クソ真面目って言われません?」
「名前と同じくらい言われる。でも⋯⋯レオンス、君は生きなさい」
「⋯⋯ええ。生きますよ」
「泣かないでくれ。暴君を止められなかった責任は私が背負うべき失態だ」
「いまだに団長から一本も取れない事による悔し泣きです。そんなに強いのに⋯⋯」
⋯⋯私達は歴史を変えてはいけない。それは分かっている。分かっているからこそ、結末を知っているからこそ辛い。だったらこの時代に住む人と同じく未来なんか知らない方が断然ましだった。
「ねぇレオンス? 女性同士でお茶会をしましょう」
「はい」
その日の午後イザベル様からお茶に誘われた。よくある事だが今日は雰囲気が違う。
部屋にある小さなバルコニーで二人、お茶を飲む。そこから庭を眺めると、少し荒れた庭園に夏の花が咲いていた。少し前に庭師も減らされたが、意外にも草花は元気に成長している。
「これはね、ある女性の話なの。彼女にはとても大好きだった婚約者がいて、その婚約者とも仲よかったの」
イザベル様の話は⋯⋯多分彼女自身の話だった。その大好きだった婚約者は騎士をしていて、かっこ良くて真面目で人気の人だったらしい。その女性は楽しみにしていたデビュタントの日、婚約者の彼と共に社交界にデビューした。社交界にデビューすれば一人前の成人として扱われ、やっと彼と結婚できるのだ。その時、彼女は幸せの絶頂だったらしい。そして二人は王族に挨拶に向かった。
「そこでね、王がその女性を無理やり自分の第二夫人にしたのよ」
「え?」
王は女性に一目ぼれした⋯⋯のではなく、見目麗しく、才能も人気もある騎士に嫉妬したのだ。元々王は選民意識が強いが、その実、自分よりも目立つ存在が嫌いだった。自分が最上位に選ばれた人間だと思いつつも、心のどこかで劣等心を抱えている人間なのだろう。騎士の愛していた女性を奪って自尊心を満たしたのだ。
「それでね、王はその後も彼が活躍する度に、その第二夫人の女性に暴力を振るうようになったの」
それを知った彼は真面目な騎士は止めてチャラチャラした騎士になったらしい。そして元々目立つ美形だったので王妃の希望により近衛騎士となった。
その頃になると王は彼女に何の興味も無くなったらしい。
「そしたらある日、彼女の部屋に元婚約者が現れたの」
「はぁ」
部屋には王族のみが知る隠し通路があるらしく、彼女の部屋の姿見の鏡がドアの様に開き、彼がやってきた。
「なぜ彼がその通路を知っていたと思う?」
「⋯⋯分かりません。なぜでしょう?」
「王妃様が教えてくれたそうよ」
「えぇ?!」
姿見の鏡が開く事はもちろん監視用魔法陣を見たので知っていた。でもこの告白にレオンスは大層驚いたのだった。




