一つの運命の分岐点
「レオンスどうした? 大丈夫か?」
「え? 大丈夫です」
思考の海に沈んでいると、貴族達との話を終えた騎士団長が私の目の前にいた。
「何か飲むか?」
「そうですね、じゃあ――――」
「あら? あなたでもエスコートする相手がいたのね。でもこの女性⋯⋯見た事がないわ」
「あなたは⋯⋯」
声を掛けてきたのは騎士団長の婚約者の女性とそのパートナーの赤毛の男性だった。
「シャンパーニュをどうぞ。お嬢さん」
「は、はぁ、ありがとうございます」
赤毛の男から飲み物を手渡された。これでは喉が渇いたと言って二人から逃げる事ができない。
「あなた何処の誰?」
「私はレオ――――」
「止めてくれ。彼女は私の部下だ」
「あぁ~なるほど? エスコートする相手がいないから部下に頼んだの――――」
「そうではございません。私は第二夫人イザベル様の近衛騎士をしておりますレオンス・ローヌと申します。急遽夜会に参加する事となり、私から騎士団長にエスコートを頼みました」
私のせいで騎士団長が迷惑を被るのは避けたい。
「ローヌ家⋯⋯あの外国を拠点に商売している家かしら? 噂では聞いた事があるわ。へぇ~あなたは騎士をしているの? 商人の一家だと思っていたわ」
「ええ、まぁ⋯⋯」
⋯⋯どうしょう。レオンス・ローヌは実在する人物だとは言われていたけど、本人がどんな人かなんて聞いた事もないし、ローヌ家の商売なんて分からないわよ。
「ローヌ家は随分と流通網を張り巡らせているらしいね? 流通網はそのまま情報網だよね? レオンスちゃんはどんな情報を探っているのかな? 今日はこの騎士団長から何を聞き出そうとしているの?」
「え? いや、そんなつもりは⋯⋯」
いきなり赤毛の男に距離も話題も詰められてるのですが?! この男⋯⋯チャラチャラしている割に⋯⋯
「私はレオンスから何も聞かれていないし、何も探られていない。いい加減にしてくれ」
「⋯⋯そう、じゃあ乾杯しましょう。乾杯」
た、助かった⋯⋯
あの赤毛の男はどこの国の諜報員だろうか。でもそれにしては大っぴらに色々聞いてくるからプロではないのかも。ただの嫌がらせ?
「じゃあね~」 「良い夜を」
嫌味を言われるのかと思ったが以外にも二人はすんなりと去って行った。本当によくわからない⋯⋯でも⋯⋯
「あれ? 少し酔ったみたいです⋯⋯」
「大丈夫か? ⋯⋯まさか⋯⋯盛られたのか?」
「え? 嘘?」
そうだ、たった一杯で酔うはずがない。さっきのシャンパーニュ? でも変な味も色もなかったし、舌が痺れる感じも無かった。あぁ~学生の頃に毒物については一応勉強したのに気づかないなんて。
「このままでは危険だ。とりあえず早く出すしかない」
「⋯⋯すみません」
私は騎士団長に連れられて休憩室に向かった。フラフラと歩いている間に、あの二人が遠くから笑っている様子が見えた。初めからこれが目的だったらしい。だから乾杯した後はあっさりといなくなったのだ。
⋯⋯死なないわよね? 私。⋯⋯これはどの種類の毒なの?
「吐き出せるか? 水を飲んでもいい毒なのか、飲まない方がいい毒なのかが分からないな⋯⋯」
「何も出ません。私、もう⋯⋯駄目かもしれません⋯⋯」
⋯⋯すでに体がすべての毒を吸収したんだ。心拍数が上がってきた。熱い、熱い、死にたくない⋯⋯
「ならベッドに横になって、医者を連れて来るから⋯⋯あれ? 私も熱いな⋯⋯力が入らない」
「嫌です! こんな所で一人で死にたくない! 共同墓地にポイ捨てないで⋯⋯!!」
「おい! ちょっと――――」
次の日の朝、王宮の休憩室で一人、レオンスは打ちひしがれていた。
「⋯⋯や、やってしまった⋯⋯!!」
そんなつもりはなかった⋯⋯はず。あの毒物のせい。すべてはあの二人のせい。
「媚薬だったのかな? 媚薬なんて眉唾物だと思っていたのに⋯⋯」
25年前に来て一つ学んだ。媚薬は実在すると。そして⋯⋯
「父から仕込まれた体術がこんな所で開花した!!」
小さい頃から剣や体術を父に仕込まれていたが、年齢が上がる毎に剣では男性に勝ち難くなっていた。でも体術に関しては、相手の力を使ってやり込めたり、関節技を器用に決める寝技を父から伝授されていたので実は強いのだ。でもまさかこんな所で披露する事になるとは⋯⋯穴があったら入りたい⋯⋯じゃなくて、昨晩は私から⋯⋯
「ああああ! 無理! どうしょう?! ⋯⋯あれ?」
ベッドの横に小さな紙が置いてあった。そしてそこには『先に仕事に行くが、ゆっくりしていい』と書かれていた。
「怒ってないからいいわよね。じゃあいいか⋯⋯」
レオンスは毒に倒れることもなく、このまま任務を遂行できる事に安堵した。
「いや、でも恥ずかしい! どんな顔をして会えばいいのよ?!」
レオンスは数分間ベッドでジタバタしてから着替え、コソコソと家に帰った。
そしてこの日の夜会はレオンスにとって大きな分岐点となったのだった。




