25年前の夜会
六月になった。とうとう革命まであと二か月を切った。南のマリティマ領では市民達が怒りを燃やしながら、この王都に向かって進んで来ているという噂を耳にする。なのにここ王宮では何も変化のない普通の日常があった。
「今度の夜会にはレオンスも参加しなさいね? 今回私は参加しないし、いつも仕事ばかりじゃ婚期を逃すわよ?」
「え? 私が夜会に?」
私はイザベル様の計らいで夜会に参加する事になったのだが、王宮に知り合いもいなければ参加者の中に友人もいない。ここは25年前の世界だから仕方のないことだけど。
そんな事を考えながら昼担当を交代し、早く帰宅しようと小道を歩いていると、緩やかな曲がり角の先から男女の声が聞こえて来た。
「今度の夜会も彼にエスコートしてもらいますから」
「ええ。美しい彼女には私の様な男性が相応しいでしょう。あなたよりもね」
何だか面倒な場面に遭遇してしまった気がする。回り道をして回避したいけど他に道が無い。仕方がなく元来た道を引き返そうと思っていると、聞きなれた声が耳に入ってきた。
「好きにすればいい」
⋯⋯え? 騎士団長? ちょっと見ちゃおうかな?
レオンスは曲がり角から少しだけ顔を出して修羅場を見てみる。
「そう? じゃあそうするわ。あなたは一人で入場なさい。もしくは今からお相手を探せばよろしいのではなくて? できるのならですが」
「あなたの様なつまらない人にエスコートされたい女性はいないでしょう。では失礼」
⋯⋯凄い。確かあの金髪の女性は騎士団長の婚約者で、赤い髪の男性はその彼だったかしら?
これはやっぱり修羅場?
「レオンス、交代の時間か?」
「は! はい⋯⋯すみません、聞くつもりはなかったのですが⋯⋯」
⋯⋯私が覗いていた事に気付いていたのね。流石が騎士団長。だけど気まずい。何と言ったら良いのか。
「この道は近道だからな。気にするな。むしろ恥ずかしい所を見せてすまなかった」
「いえ、そんな様な事は⋯⋯所で次の夜会は仕事ではなく、参加されるのですか?」
先ほどの会話から騎士団長が夜会に参加するのではないかと思って聞いてみた。
「ああ。今回は侯爵として参加しない訳にはいかなくてね。これは⋯⋯いい笑いものになりそうだ」
婚約者がいるのにその婚約者は他の男と一緒に入場。いつもは仕事を理由にできるけど、今回は⋯⋯
「騎士団長、少々ご提案があるのですが――――」
六月の夜会は夏の社交界の幕開けを飾る大事な夜会である。ほぼすべての貴族が集い、新たなデビュタント達が社交界に足を踏み出す華やかな夜会だ。
ちなみに第二夫人のイザベル様は体調が優れず、もう何か月も寝込んでいるという話になっている。
その実、お腹が大きくなっているのを誰にも見せない様にしているのだと思うが⋯⋯王は本当に何も知らないのか、それとも知っていて興味がないのか⋯⋯一介の騎士である私には分からない。そして王は常に酒に酔って泥酔しているらしい。
「クロード・モーリエ侯爵並びにレオンス・ローヌ伯爵令嬢」
「行こうか」
「はい」
そう。今日の私は騎士団長にエスコートを頼んだのである。一人で参加するのは気が進まなかったので丁度良かったのもあるし、若干の下心も⋯⋯無くもない。
また不毛な事をしてしまったな、とも思うけど、満足している自分もいるので目を瞑る。
⋯⋯それにもう時期的にもイザベル様が流産する可能性は無い。今のお腹にいる子が25年後の王太子であるアントワヌ様であるのは確実だ。よって父親の特定という任務も熟せたはず。ただ――――
「すまないなレオンス。私のせいで好奇の目に曝されているな」
「へ? あぁ、そうでしたか」
急いで周りを見ると確かにもの言いたげな顔に囲まれ、衆目に晒されている気もする。
「あの方は誰かしらね?」 「婚約者は⋯⋯」 「どうなってるのかしら?」
「⋯⋯騎士団長は有名人ですね」
「悪い意味でな。だが今日のレオンスが美しいから見ている人も多いだろう」
「へ?!」
夜会が始まった。しかし王は少し話をして乾杯をすると姿を消し、王妃様だけが堂々と王族の威厳を纏って貴族たちから挨拶を受けていた。
私達も王妃様に挨拶へ向かったら微妙な反応をされた。婚約者がいるにも関わらず、違う女性をエスコートしているのだから当然であろう。
その後、騎士団長は騎士達と会話をしたり、侯爵としての社交をしたりと忙しくしていたので、私は周囲を眺めていた。すると会場の一部に人が集まっている場所があり、少し興味を持った私はそばに近づき聞き耳を立ててみる事にした。
「お久しぶりでございますわ」 「今日も素敵な装いで」 「お会いできて光栄ですわ」
「皆様もお変わりない様で何よりです」
集団の中心にはひと際着飾った派手な女性がいた。皆が胡麻を擂っているので、どうやらとても高貴な方らしい。
「アペル公爵夫人がいらっしゃると場が華やぎますね」 「本当ですわ」
「あら、お上手だこと」
アペル侯爵夫人。先ほど壇上にいた国王の妹で、革命時にはすでにアペル公爵家に継いでおり、処刑されなかった人物だ。そして25年後の世界では彼女の孫が王座を虎視眈々と狙っているらしい。それを阻止する為、そして真実を知るために私はここに来た。
「素敵なネックレスですわね」 「美しいです」 「澄んだ輝きが素晴らしい」
「希少なブルーダイヤモンドですわ。やっぱり輝きが違いますのよ。今度はピンクダイヤモンド欲しくて。それに――――」
どうやらアペル公爵夫人は、25年後の騎士団長が言っていた通り選民意識が強く、自分が貴族たちから賞賛されるのも、人一倍贅沢する事も当然だと考えているのが見て取れる。そして少し窓側にいるアペル公爵と思われる男性も派手で、妻と同じ雰囲気を持っている。やっぱりこの二人は国王と同じ価値観の持ち主なのだろう。この様な思考の一族が25年後の次期国王の椅子に座ろうとしているのだ。
「⋯⋯私はどうしたらいいのかな」
折角皆が命を懸けて革命を成功させ、公爵であったアルバン様を国王に即位させて、皆で少しずつ努力を重ねてやっと平和な世界が手に入ったのに。
「何が正しいの?」
私の報告次第ではまたオルメオ―王国が目の前の様な状態に戻ってしまうのではないか。
甲高い笑いを響かせて上機嫌なアペル侯爵夫人。彼女のすべての指には重そうな宝石が光っている。
現在、狭くて汚い牢獄に収監されているアルバン公爵がいる。
毎日貴族から理不尽な暴力を受ける市民がいる。冤罪で処刑された人は何人いるだろう?
高そうな高級食材が並ぶ軽食エリアには誰も見向きもせず、食品が乾燥し始めている。
王宮の外では今日も飢えて亡くなる人がいる。子供の死因が餓死だなんて、母親はどんな気持ちになるのだろう? すでに共同墓地がどこも足りないそうだ。適当に掘られた穴に落とされる最後とは⋯⋯
「素敵なドレスですわね」 「本当に見事なレース」 「羨ましいですわ」
「最高級レースですわ。希少な絹糸を使っておりますの」
夫人のドレスに大量に使われているレース。そのたった10センチで一体いくらするのだろう?
靴に穴が開いても新しい靴を買えない市民がどれほどいるのか。何年同じ服を着続ければ新しい服が買えるのか。遺体から服をはぎ取る市民が絶えないことを一体誰が責めらるのか⋯⋯
「私は何と報告すればいいのよ⋯⋯?」
一気にこの任務の重圧が襲ってきた。ごく普通の騎士である私がこんなにも重い決断をしなくてはならないなんて。
「⋯⋯どうしょう。誰か正解を教えて欲しい」
⋯⋯だって、アントワヌ皇太子は、王の子ではないのだから。




