父親判明
四月の下旬、結局私はイザベル様の妊娠の決定的な証拠も見つける事ができず、途方に暮れていた。イザベル様の主治医は相変わらず妊娠の二文字を口にする事はなく、お腹の大きさも服の上からでは正直よく分からない。
同僚の近衛騎士もいつも通りで、王宮内でもイザベル様の妊娠などは一切、噂にはなっていなかった。
そして今日はイザベル様の新しいドレスを誂える為にお針子たちが採寸をしている。
私以外の近衛騎士は皆男性なので、私だけが部屋の中で護衛をしている。お針子たちはイザベル様が昔から贔屓にしている店の子らなので危険はないと思うが、外部の人間なので何事にも絶対など存在しない。私はイザベル様とお針子から目を離さない様にしている。そしてもちろん確認すべきは⋯⋯
「⋯⋯?!」
あれ? 細身なイザベル様の下腹部が膨らんでいる気がする。いや、気のせいだろうか。正直どちらとも言えない大きさだ。
⋯⋯最近医師はいつ来た? 確か先週末だったけど妊娠については何も言っていなかったはず。やっぱり何かがおかしい。
「シー」
動揺していた私にイザベル様が人差し指を口に当て、黙ってての意を示すジェスチャーをした。
「?!」
⋯⋯イザベル様はすでに妊娠していた。そして隠していらっしゃる理由は何だろうか。 やはり父親が⋯⋯
直接イザベル様に尋ねたいが常に人に囲まれている状況でそれは難しい。誰が知っていて誰が知らないのかも分からないのだ。 でも案外、直接イザベル様に聞いたら答えてくれる気がする。
そして仕事が終わった私はその足で魔術師団に向かった。
「すみませんイゴール・バール魔術師はいらっしゃいますか?」
同じ25年後から来たイゴールは最近忙しいみたいで侯爵邸に帰って来ていない。だがすぐにでも妊娠について伝えたかった私はイゴールに会いに行った。
「え、はい、あの⋯⋯?」
「失礼いたしました。私はイゴール魔術師と同じ侯爵邸に住むレオンス・ローヌと申します」
可愛らしい受付の女性に疑いの目を向けられてしまった。近衛騎士は何処へ行っても嫌われるらしい。近頃は王宮の腐敗が面白可笑しく大衆紙や新聞に書かれており、そこの挿絵に描かれている近衛騎士のイメージ画は王族に尻尾を振るおバカな赤い犬だ。
「お呼びいたしますので少々お待ちくださいませ」
通り過ぎる人に微妙な顔をされながら待つこと十分、やつれたイゴールが目の前に現れた。
普通に近状報告などをしながら廊下を進み、イゴールが使っている研究室にやってきた。
机の上には沢山の本や書類が山積みになっており、その上に可愛らしいカップが置いてあった。
「随分と忙しそうだね。そっちはどう?」
「忙し過ぎて仕事に忙殺されているよ。⋯⋯あの業務もあるしな」
イゴールは25年後に戻る為の魔法陣を研究している。なんと魔術師団長はイゴールに『戻る時の魔法陣はこんな感じかな~?』と出発前に信じられないほど適当な説明をしたらしい。イゴールはその信用出来ない魔法陣の安全確認や、間違っている箇所は無いのかなどを頑張って研究している。少しの失敗が命がけの大事故を起こすから⋯⋯
「⋯⋯王はイザベル様の元には行ってないぞ?」
イゴールは王の私室に数点、監視用の魔法陣を仕込んでいる。私も始めからイザベル様の私室に設置しょうかと思ったのだが、一応は王族で第二夫人の部屋だし、人権的にもいかがなものかと思い、始めの三か月間は設置していなかった。
が、イゴールにもそんな甘い事を言うなと怒られたし、任務の失敗はイゴールの責任にもなってしまう。これはあくまで私達が25年後の騎士団長と魔術師団長から与えられた任務だ。この世界の人間が我々の本当の上司でもなければ、この世界の王族に忠誠を誓っている訳ではない。よって背に腹は代えられない。私もイザベル様の護衛任務中に魔法陣を設置させてもらった。
だが魔法陣に関しては本当に最終手段とし、できるだけ自分で父親を見つけるつもりでいたのだが⋯⋯結局失敗した。不甲斐ない。でも情報部の特殊工作員ではないのでご勘弁願いたい。
「すまないな、イゴールの部屋を貸してもらうよ。イザベル様が妊娠している」
「本当か?! それでどうなんだ?」
「全くわからない。だから今から確認するよ」
この監視用魔道具はイゴールであるマシュー・モンカルメルが作り出した魔法陣と魔道具だ。この発明により狭き門である魔術師団に入団で来たらしく、現在は危険地帯や治安の悪い場所の監視に役立っている。
使い方は監視したい場所の壁に魔法陣を設置し、イゴールの部屋にある魔道具に映像が記録され、見たい場面を見る事が出来る。私はその魔道具に夜間のみ、イザベル様の部屋の映像を記憶する設定にしてもらったのだが、部屋の明かりが少ない中で、魔法陣と映像を映し出す魔道具がどれ程使えるのかわからなかった。
だからこそ自分自身の目で確認したかったけど⋯⋯ 夜間にイザベル様の部屋に侵入するのは無理だった。腐っても王族。部屋の位置は安全に考慮された場所だし、そう簡単に窓や廊下から賊が侵入できる様な造りではないのだ。
「下腹部が若干だが膨らんでいるんだ。だから妊娠四か月くらいではないかと思う。年末前後の記録を見せて欲しい」
「わかった」
11月と12月の記憶映像。確かこの頃からお疲れを頻繁に口にし、夜早めに就寝し始めた頃だ。 私も心の底では怪しいと思ってはいた。でも何もできなかった。
映像を確認し始めてから数日間の映像におかしな点はなかった。
「う、私だ。私ってこんな歩き方なの? 後ろ姿が完全に男性じゃない?!」
23時の交代時間に映った自分に軽いショックを受けつつ、映像の確認を続ける。そして――
「⋯⋯必死に廊下や扉を守っていた意味ってあるのかしら?」
「レオンス、わかったか?」
「⋯⋯えぇまぁ」
「その⋯⋯自分達の下された命令は、父親が判明したらすぐに帰還だが、その、もう少し待ってくれないか?」
「分かったわ。こちらとしてもまだ妊娠が確定したわけじゃないし、最悪流産や早産、妊娠週数の勘違いもあると思うから、私もあと少し滞在して様子を見たいし」
イゴールはまだ魔法陣が完成していないのだろう。あせって帰還に失敗しても困る。
私達はもう少し25年前に滞在する事になった。




