全く読めない妊娠の時期
「レオンスは最近どう?」
久しぶりにイゴールと情報交換をする。イゴールも魔術師団で朝から晩まで仕事をしているので忙しく、ゆっくりと任務の進行状況について話し合う機会がなかった。
「そうね23時の時点では誰もイザベル様のお部屋には訪れていないわね。最近のイザベル様はお疲れで、21時には就寝支度を始めるのよ⋯⋯イゴールは?」
ガーデンパーティーのあった年末の時には妊娠を疑ったが、結局イザベル様は妊娠していなかったみたいだ。なぜならその後も医師が定期的に診察はしているが、一度も妊娠について話をしているのをレオンスは見た事がない。でもイザベル様はいつも疲れてらっしゃるのでレオンスは多少疑っていたが、疲れは精神的な原因から来る物だと医師がはっきりと言っていた。
「ほぼ毎晩、あの王は酔いつぶれて寝ているな。肥満と深酒で生殖能力がどこまであるのかわからない。毎日女性は連れ込んでいるけどな」
現在二月。革命まで残り半年。そろそろイザベル様は妊娠する可能性が高いのではないだろうか。夜中のイザベル様を見張りたいが流石に警備が厳重すぎて、一般的な騎士としての能力しかない私には難しい。 なぜこの任務に諜報の者を起用しなかったのだろうか?
今日は久々の朝担当なので早起きをして訓練場に顔を出す事にした。
「お久しぶりです騎士団長! 時間が経ってしまいましたが、酔いつぶれてしまって大変申し訳ありませんでした!」
時間が経ってしまったが、やっと泥酔の失態を謝る事が出来た。
「あぁ気にするな。面白かったしな」
「?!」
⋯⋯あぁ一体何をしてしまったのかな私は。きっと酔って変顔でもしたのだろう。26年後の騎士団でも好評だし。
そしていつもの様に二人で打ち合いを始めたのだが⋯⋯
⋯⋯ヤバい。完全に腕が落ちているかも。一人稽古だと打ち合いはできないからな。
「ローヌ嬢、仕事はどうだ?」
「そうですね、イザベル様の体調があまり優れないのが気になりますが、騎士としての仕事は順調でしょうか」
「⋯⋯医師は何と言っている?」
「穏やかな心で過ごすようにとの事です」
イザベル様の主治医はイザベル様を幼少時代から診ているベテラン医師だそうだ。
心の問題は直ぐに治る様な物ではないそうで、ゆっくりと時間をかけて静かに過ごす様にと言っていた。そしてあまり人と会ったりせず、気心の知れた人とこの居住区で過ごして下さい。との事だった。
「⋯⋯そうか」
「あの⋯⋯騎士団長は疲れていますか? 顔色が優れないようですが?」
普段からあまり表情が無いのが常だが、今日は特に疲れが見える。どうしたのだろう?
「あぁ仕事が立て込んでいて睡眠が足りていないのだろう。病気ではないから気にしないでくれ」
あの王の護衛を熟しつつ、騎士団長としての書類仕事も多いのだと思う。それに夜会があれば警備案を確認し、不足している騎士団の人事も考え、騎士団の予算に関する書類も熟さなくてはならない。
「騎士団長は侯爵ですよね? そちらの仕事も多いと思いますし、大変ですよね⋯⋯? え? ⋯⋯団長? 大丈夫ですか?!」
打ち合いの途中でふらりと倒れそうになった騎士団長を急いで支えたが、とにかく顔色が悪いので貧血だろうか? でも震えているし、これは普通ではない気がする。
「救護室に運びますか? それとも団長室で休みますか?」
「すまない、団長室で⋯⋯」
騎士団長室の部屋には続きの部屋があり仮眠用のベッドがある。
団長自身もすべて脱力していた訳ではないので、私が支えて団長室までたどり着くことができた。完全に意識を失った状態であれば私が一人で運ぶのは厳しかっただろう。
「大丈夫ですか? 水持ってきます」
急いでカラフに水を入れグラスと共に持って行く。
「すまない」
「団長の副官はどちらに?」
通常騎士団長は仕事の多さゆえ副官が二、三名いるのが普通なのに、早朝だからなのか見当たらなかった。
「いない。今の騎士団は人事だけでなく予算も危うい。副官を雇うだけのゆとりがないんだ」
「⋯⋯そんなにですか」
騎士団の予算を減らされれば国の安全性はどうなるのだろう? そういえば革命時に騎士団が簡単に無効化されたはずだ。もちろん事前に市民側へ寝返った騎士も多かったとは思う。
現在、革命まで残り半年。これからどのような事態に陥るのか心配でたまらない。 目の前の真面目で優秀な騎士団長はどう思っているのか、この先の結末が見えているのだろうか。
「う⋯⋯⋯⋯⋯」
「大丈夫ですか? やっぱりこれは毒ですね? 私も詳しくはありませんが⋯⋯」
一応毒については士官学校時代に教わっている。でも私は専門家ではないので毒の種類までは分からない。それより問題なのはこの国の騎士団長が毒を盛られている事実だ。
「毒には耐性があるので多少は大丈夫だ。それより仕事に行きなさい」
「⋯⋯では仕事の前に副団長に伝えて来ます」
後ろ髪を引かれる思いだが交代時間が迫っているし、私がこの世界で動き過ぎるのは良くない。ガーデンパーティーでは目立ち過ぎでしまったと思う。少しでも歴史を変える可能性のある事は控えるべきだった。
騎士団長室を出て、隣の副団長室に行ってみたが誰もいなかったので、今度は王妃の居住エリアへ向かった。
「え? いらっしゃいませんか?」
「副団長なら昨日23時に交代して帰ったはずだよ。ここにはいない」
⋯⋯王宮に副団長はいないみたい。ならば救護室の方に頼むかな?
私は最短で救護室に行くために王宮の庭を横切る事にした。
王宮の庭はきちんと庭師が整えているので美しい。だがこのまま国の予算が減り続ければ庭師が減らされるのも時間の問題だと思う。
⋯⋯不況の今、王宮庭師も解雇されたら再就職は厳しいわよね。でも革命に巻き込まれないからむしろ安全? それに歴史の授業で習ったけど、革命の日に大量の市民が城に押しかけすべてを強奪し、城で働いていた者たちも大怪我をしたり亡くなったりしたはず。
「おっと! レオンスちゃん? こんな所でどうしたの?」
庭を横切っているとお目当ての副団長とばったり会えた。
「あ! 副団長! 昨日は23時終わりだったと聞きましたので、今日は昼過ぎにいらっしゃるのかと思いましたが、会えてよかったです。実は――」
私は副団長に団長の様子や毒について伝え、その後をお願いし、私は遅れない様にイザベル様の護衛へと急いで向かったが、運よくここから近かった事もあり遅刻はしなかった。




