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その黒猫は、夜の港で待っている。  作者: 幸円一


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第6話 思い出は、盗まれた?

 一時間ほど経っても、タイムカプセルは見つからなかった。

 掘っても、土。掘っても、根。時々小石。半斗缶どころか、それらしい手応えすらない。昨日より早く集まったはずなのに、成果は昨日とほとんど変わっていなかった。少しずつ、五人の間に重たい空気が戻ってくる。


「三咲ー」

 それを嫌ったのか、珠美がシャベルにもたれかかりながら声を上げた。

「三咲んちから、ショベルカーとか借りられないの?」

「えー?」

 三咲が困ったように笑ったあと、珠美の冗談に乗るように首を傾げて答えた。

「うーん。借りられたとしても、こんな山の中にショベルカーを持ってくるのは難しそうかなあ」

「それもそうか……」

 珠美は本気で残念そうに肩を落とした。


「蓮くんは、何か気づいたことない?」

 珠美が空気を変えようとしたのを察したのか、今度は三咲が蓮に話を振ってくる。

「俺?」

 蓮は自分の足元を見下ろした。地図の目印とはほとんど関係なさそうな、ただ何となく気になった場所を掘っている。

「今ちょうど、地図とは全然関係なさそうなところを掘ってるんだけど」

「うん」

「建設的なことをしてるとは思えない、ってことには気づいてる」

「なんだそりゃ」

 弥太郎が苦笑した。


「弥太郎はどうなんだよ」

「俺か?」

 弥太郎はシャベルを地面に突き立て、胸を張る。

「とりあえず掘りまくってる。何も考えてない」

「……さすがパワー担当」

「褒め言葉として受け取っておくぜ」


 そう言ってから、弥太郎は少し離れた場所にいる柑奈へ顔を向けた。

「柑奈は捗ってんのかー」

「やってるわよ」

 柑奈は短く答える。

「おー、ちっこい身体で頑張ってますね。えらいぞ」

「……うるさいな」

 柑奈はため息まじりにそう返すと、シャベルを土に差し込んだ。


 それでも、五人の間には少しだけ笑いが戻った。

 こうして誰かの意図を拾って、別の誰かがうまく回す。昔からそうだった。誰かが沈みそうになると、誰かが茶化して、誰かが受けて、誰かが笑う。蓮は、そういうところがこの五人組のいいところなのだと思っていた。


 その時、三咲が蓮の隣にやってきた。

 手にしたスコップで足元の土を軽く崩しながら、蓮にだけ聞こえるくらいの声で言う。

「柑奈、なんだかちょっと元気ないね」

 蓮は横目で柑奈を見た。柑奈は少し離れた場所で、黙々と土を掘っている。表情はよく見えない。けれど蓮には、三咲が言うほどいつもと違うようには見えなかった。

「そうか?」

 蓮は首を傾げる。

「まあ、昨日の作業もけっこうきつかったし、疲れてるんじゃないか」

「……そっか。そうだよね」

 三咲はそれだけ言うと、蓮の隣で穴を掘り始めた。

 しゃく、という小さな音が土の上に落ちる。


「ねえ、蓮くん」

 少しして、三咲がまた同じくらいの声で話しかけてきた。

「ん?」

「蓮くんは、タイムカプセル、土守様が持っていったと思ってる?」

 予想していなかった質問に、蓮は思わず三咲を見返した。三咲はいつものように、少し困ったような、柔らかい笑みを浮かべている。

「……いや」

 少しだけ考えてから、蓮は自分の考えをそのまま口にした。

「さすがに、それはないと思う」

「じゃあ」

 三咲は足元の土に視線を落としたまま、静かに続けた。


「誰かが持っていったと思ってる?」


 胸の奥が、小さく跳ねた。

 その可能性に思い至ったのは、自分だけではなかった。

 考えてみれば、当たり前のことだ。三咲だけじゃない。弥太郎も、柑奈も、珠美も、その可能性に思い至っていておかしくない。いや、そのほうが自然だ。

 それなのに、誰かの口からその言葉が出た瞬間、蓮の鼓動は少しだけ勢いを増した。


 土守様ではない。だとしたら、誰かが。


 その言葉は、掘っても掘ってもなにも見つからない土の下から、不意に異形の石でも出てきたみたいに、蓮の胸に引っかかった。


「……まあ、土守様の仕業って考えるよりは、現実的だと思う」

 三咲の顔をまっすぐ見ることはできないまま、蓮はそう答えた。

 三咲は少しだけ黙っていた。

 スコップの先が、柔らかい土を浅く削る。しゃく、という音が、やけに近く聞こえた。


「……うん」

 やがて三咲は、小さく頷いた。

「そうだよね」

 それ以上、三咲は何も聞かなかった。

 ほっとしたのか、それとも余計に落ち着かなくなったのか、蓮には自分でもよく分からなかった。胸の奥にはまだ、三咲の言葉が引っかかっている。


 誰かが持っていった。


 蓮の頭の中でも、間違いなく想定されていたその可能性。けれど、頭の中で考えることと、それを口に出すことは、想像以上に違っていた。


「ふー」

 不意に、三咲が立ち上がった。さっきまでの潜めた声が嘘みたいに、今度はみんなに聞こえるくらいの明るさで言う。


「暑いね。焼けちゃうかもしれない」

 そう言って、三咲は長い髪を片手で持ち上げ、首筋に風を送った。

「え、やだ。私も焼けたくない」

 柑奈が真っ先に反応する。

「山の中って意外と日差しあるよね」

「それ以前に、体力がもう限界なんだけど」

 弥太郎がシャベルにもたれかかる。すっかり汗だくだ。


「もう限界か、パワー担当」

「パワー担当にも燃料補給は必要なんだよ」

 そんなやり取りを合図にしたみたいに、五人はひとり、またひとりと手を止めていった。

 荷物をまとめておいたレジャーシートの上に集まる。水筒を回し、汗を拭き、土のついた手を払いながら、しばらくは何でもない話をした。

 休憩が終わる気配はなかなか訪れなかった。誰かが「そろそろやるか?」と言うたびに、誰かが「もう少しだけ」と返す。けれど、その「もう少しだけ」が、このままダラダラと続いてしまうことを、全員がなんとなく分かっていた。

 結局、三十分ほど経ったころには、誰からともなく昼食の話になっていた。


「……一回、町に降りよっか」

 珠美が言った。

 弥太郎がすぐに賛成し、もちろん誰も反対はしなかった。

 五人は道具を片付け、掘り返した土を簡単に均すと、常土山を下り始めた。

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