第5話 まさか、思い出は……。
タイムカプセル探索二日目。
この日、蓮たちは昨日よりも少し早い時間に常土山へ集まっていた。中腹の広場は、昨日見た時よりもいくらか荒れて見える。あちこちに土の色が違う小さな盛り上がりがあり、五人で掘って、五人で埋め直した跡が残っている。
それは昨日の努力の証――と言えば聞こえはいい。実際には、半日かけて何も見つけられなかった事実を突きつけてくる光景だった。
「見ろよ、この掘り跡の数々を」
弥太郎がシャベルを肩に担いだまま、深々とため息をついた。
「俺たちの無駄な努力の結晶だ」
「無駄って言うな!」
珠美がすぐに抗議する。けれど、その声にも昨日ほどの勢いはなかった。
「……まあ、事実だけどさ」
「認めるんだ」
蓮がそう言うと、珠美は悔しそうに唇を尖らせた。
弥太郎はそのまま、少し離れた木の根元を指さす。そこにも、掘って埋め直した跡があった。
「っていうか、俺たち、こんなとこまで掘ってたっけ?」
「あんた、昨日どこ掘ったか覚えてられる程度しか働いてなかったわけ?」
柑奈がジト目で弥太郎をにらむ。
「ごもっとも。失礼しました」
弥太郎は大げさに頭を下げる。柑奈は「分かればよろしい」と言って、手にしたシャベルで足元の土を軽くつついた。
それから五人で、もう一度地図を広げた。昨日と同じ言葉を、昨日と同じ拙いイラストを、昨日と同じように眺める。角度を変えたり、木の絵を指でなぞったり、常土山の斜面と見比べたりもした。けれど、そこから新しい答えが出てくることはなかった。
「結局さ」
珠美がシャベルの柄に顎を乗せるようにして言った。
「それっぽいところをガンガン掘るぞ作戦、続行?」
「昨日の失敗作戦を続行するのかよ」
「失敗じゃない。まだ成功してないだけ」
「物は言いようだね」
三咲がくすくすと笑う。しかし、他にできることはなかった。昨日よりも慎重に。けれど昨日よりも少しだけ諦め混じりに。蓮たちはそれぞれシャベルやスコップを手に取り、もう一度、土と落ち葉の下に隠れているはずの半斗缶を探し始めた。
ただ、作業のペースは明らかに落ちていた。昨日のように声を掛け合って場所を決めるというより、各自がなんとなく目についた場所を掘っている。手は動かしている。けれど、誰もが心のどこかで、昨日と同じことを繰り返しているだけなのではないかと思っているようだった。
「そういえばさ」
しばらく掘ったところで、弥太郎がふと思い出したように口を開いた。シャベルの先で土を崩しながら、こちらを見ずに続ける。
「昨日、うちのじいちゃんがちょっと気になること言ってたんだけど」
「おっ」
珠美がすぐに顔を上げた。
「弥太のおじいちゃんの新作?」
「新作って言うな」
弥太郎は苦笑する。
弥太郎の祖父は、昔から少し変わった話をする人だった。世界を裏で動かしている秘密結社の話。町の古い怪談。若い頃の武勇伝。どれもたぶん、五割――いや、七割くらいは盛られている。場合によっては九割かもしれない。だけど、聞く側を楽しませることだけは、妙に上手かった。孫の弥太郎をずいぶんと可愛がっているので、蓮たちは勝手に、あれは孫を楽しませるためのサービス精神なのだと解釈している。
「で? 今度は何?」
柑奈がシャベルを地面に刺したまま尋ねる。
弥太郎は少しだけ声を低くした。
「土守様って、知ってるか?」
四人は顔を見合わせた。誰も頷かない。
「何それ。土の守護者?」
「ゲームの中ボスっぽいね」
「いや、そういうのじゃなくて」
珠美と三咲に挟まれて、弥太郎は肩をすくめる。
「昨日、それとなく話したんだよ。もちろんタイムカプセルのことは言わなかったんだけど、常土山での探し物が見つからないって感じで。そしたらじいちゃんが、土守様の仕業じゃないかって言い出してさ」
「土守様の……仕業?」
蓮は思わず復唱した。
「うん」
弥太郎は、少し調子に乗ったように、怪談話でも始めるような顔をした。
「土守様ってのは、この常土山の神様なんだってよ。山に物を置いていくと、持っていって隠しちまうんだと」
しばらく沈黙が落ちた。風が木々を揺らし、遠くで鳥の鳴く声がした。
「……新作、不発」
珠美がぽつりと言った。
次の瞬間、誰からともなく笑いが起きる。
「なんだよ弥太郎」
蓮も笑いながら言った。
「じゃあ、俺たちのタイムカプセルは、その土守様が持っていったって言いたいのか?」
「いや、俺だって信じてるわけじゃねえよ」
弥太郎は慌てたように手を振った。
「ただ、ちょっと被ってるなって思っただけだよ。常土山に物を置いていくと消えるって話と、俺たちのタイムカプセルが見つからないって話がさ」
「まあ、状況だけ聞くとね」
三咲が小さく頷く。それから、ふと周囲を見回した。
「でも、常土山って、そういえばあんまりゴミが落ちてないよね」
その言葉に、蓮たちもつられるようにあたりを見渡した。あんまり、どころではない。土と落ち葉、枯れ枝、小石なんかは見かける。けれど、空き缶や菓子袋のようなものはまったく見当たらない。
連休になると観光客で賑わう山の方では、人が多いぶん、どうしてもそういうものを目にすることがある。ロープウェイや展望台や土産物屋がある、町の外から来た人たちがまず向かうあの山とは違って、常土山はそういった華やかさとは無縁だ。
とはいえ、ここもまったく人の入らない山というわけではない。展望台へ続く道は一応整えられているし、古びた案内板やベンチもある。地元の人間が散歩に使うことだってあるだろう。
それなのに、空き缶も、菓子袋も、煙草の吸い殻さえ見当たらなかった。
「土守様が持っていった、とか?」
珠美がわざとらしく声を潜める。
「ゴミ袋持って山を巡回してくれてる神様?」
「それもう神様じゃなくて管理人さんじゃん」
柑奈がそう言って、少しだけ笑った。けれど、その笑い声はすぐに土と風の中へ溶けていった。
蓮はもう一度、周囲を見回す。昨日あれだけ掘った場所。今日もまた掘り返している場所。何も見つからない土の下。
常土山に物を置いていくと、土守様が持っていく。
もちろん、本気で信じたわけではない。
それでも、そのごく短い話が、妙に耳の奥に残った。




