第3話 思い出は、思い出せない。
それから一時間近く、五人はひたすら地面を掘り返した。大きなシャベルを持った珠美と弥太郎、そして柑奈が目星をつけた場所をざくざく掘り、蓮と三咲は小さめのスコップで周囲の土を崩していく。
最初のうちは、それでもまだ楽しかった。
「ここじゃない?」
「いや、こっちの方がそれっぽいって」
「それっぽいって何が根拠だよ」
そんな調子で笑いながら作業していたのだが、時間が経つにつれて、口数は少しずつ減っていった。
掘っても、出てくるのは湿った土と木の根と、小さな石ばかり。四月の終わりとはいえ、山の中で地面を掘り続けるのは思った以上に重労働だった。
「えー……こんなに見つからないものなの?」
そもそもの言い出しっぺである珠美が、ついにシャベルを地面に放り出した。そのままよろよろと日陰まで歩いていき、柑奈がリュックから出して広げてくれていたレジャーシートの上に、どさりと座り込む。
シートの端には、みんなの荷物が寄せ集めるように置かれている。リュックや水筒、脱いだ上着、汗を拭いたタオル。山の中に急ごしらえで作った休憩場所は、すでに土と草の匂いを含んでいる。
「柑奈ー、お茶ちょうだい!」
珠美は柑奈のリュックのサイドポケットに差してある水筒を手に取る。
「えー。自分のは?」
「もうとっくに飲んじゃった!」
てへ、とわざとらしく舌を出す珠美に、もう、と柑奈が頬を膨らませた。珠美は勝手知ったる様子で水筒のふたを開けると、そこにお茶を注いで一息に飲んだ。
「小学三年生の私たちなんだから、そんなに深くは掘ってないと思うんだけどなぁ」
三咲もポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。長い髪を片手で束ねて、首筋に風を送っている。
「まあ、木は無限といってもいいくらいあるからなあ……」
蓮は改めて周囲を見回した。
木。
木。
木。
どれもそれなりに「それっぽい」。
そして、どれも決定打に欠けていた。
――それっぽいところをガンガン掘るぞ作戦。
珠美が高らかに掲げたその作戦は、どうやら無茶だったらしい。
弥太郎もシャベルを地面に突き刺し、それにもたれるようにして手を止めた。
「案外覚えてないもんだな。六年前のことって」
「まあ、私たちの人生の半分近いわけだし」
柑奈もシャベルを置き、レジャーシートへ避難する。蓮もその隣に腰を下ろした。土のついた手を払うと、指先が少しじんじんしている。
「っていうかさ」
珠美は柑奈の水筒をサイドポケットに戻しながら言った。
「みんな、自分が何入れたか覚えてる?」
「確か、二十歳の自分たちへ向けた手紙は、みんな入れたよね?」
三咲が記憶を探るように首を傾げる。
「そうだったな、それはみんな入れようって決めた記憶がある」
蓮も頷いた。
「あとは、みんなそれぞれ思い思いのものを防水のために袋に入れて……中身は内緒にしてたんだっけ?」
「そうだった気がする」
柑奈が膝を抱えるようにして座りながら答えた。
「弥太は多分、なんかよくわかんないカードとか入れてそう」
珠美が言うと、弥太郎は露骨に顔をしかめた。
「ぐ……まあ、なんか、否定はできない」
「覚えてないの?」
「いや、覚えてるような、覚えてないような……」
「絶対レアカードとか入れてるじゃん」
柑奈がにやりと笑う。
「しかも今見ると全然レアじゃないやつな」
蓮も続いて、からかうように言う。
「やめろ!そういうこと言うな!小三の俺にとっては宝物だったんだよ!」
「そういう意味では、珠の五万円が一番ちゃんと宝物だよね」
三咲が苦笑する。
「でしょ?」
珠美は得意げに胸を張った。
「小三の私は、未来の私に投資していたわけですよ」
「結局中途解約することになっちゃったけどな」
「蓮、鋭いツッコミはやめて」
珠美はわざとらしく肩を落とした。
笑い声が、少しだけ山の中に戻ってくる。
蓮はその様子を見ながら、六年前のタイムカプセルを思い浮かべた。
たしか、缶の中には五人分の袋が入っていた。
それぞれが何を入れたのかは、詳しく知らない。掘り出したときのお楽しみだと言って、見せ合わないことにしたように記憶している。
「見つかったらさ」
弥太郎がふと思いついたように言った。
「その場で開けるんだよな?」
「もちろん!」
珠美が即答する。
「お宝の五万円だもんね」
「もちろんそれもだけど。昔の自分からの手紙とか、絶対面白いじゃん」
「珠は今とあんまり変わらないこと書いてそう」
三咲がくすりと笑った。
「そうだなあ…"二十歳の私へ。ゲームは一日十時間まで"」
「長いな」
蓮が思わず突っ込む。
「小三の時点でだいぶ仕上がってるじゃん」
「褒め言葉として受け取っておく」
珠美は得意げに胸を張った。
「蓮くんは?」
「俺?」
柑奈に急に話を振られて、蓮は少しだけ考え込んだ。
「……覚えてないな。多分、無難なこと書いてると思う」
「無難な手紙って、何?」
柑奈が膝についていた土を払いながら聞く。
「二十歳の僕へ。元気ですか、とか?」
弥太郎が蓮の真似をするように、言った。
「ザ・無難すぎる」
「その普通さが蓮くんっぽいよね」
「それ褒めてる?」
「うん、多分」
「柑奈は?」
珠美が今度は柑奈に顔を向けた。
「私?」
柑奈は顔を上げる。
「うーん……何だろ。全然覚えてないけど……小三の自分なんて、絶対ろくなこと書いてないでしょ」
「柑奈って、昔からそういうとこあるよね。勢いで何かやって、すぐに忘れちゃう、みたいな」
「失礼な!」
柑奈は抗議するように、レジャーシート越しに地面を軽く叩いた。
「それを言うなら、珠の五万円が一番勢い任せの行動じゃない!?」
「あれは投資です」
「どっちかというと埋蔵金だな」
弥太郎がそう言うと、また笑いが起きた。山の中に、明るい雰囲気が戻ってくる。
「三咲は?」
珠美が尋ねる。
「私?」
三咲は少し考えてから、恥ずかしそうに笑った。
「うーん、手紙の内容は正直言うとあんまり覚えてないなぁ。……でも、手紙以外に入れたものはちょっと覚えてるかも」
「え?なになに?」
興味津々といった様子で珠美が食いつく。
「多分、貝殻とか入れた気がする」
「貝殻?」
「うん。小学校の帰りに、みんなでよく海の方まで行ってたでしょ?あの時、綺麗な貝殻をよく拾ってたんだ。当時の私には、宝物だった」
「あー、あったかも」
柑奈が頷く。
「三咲、そういうの大事にしそう」
「三咲は昔から、ロマンチストだったもんな」
弥太郎も納得したように言った。三咲は少し気恥ずかしそうに目をそらすと、海の方角に視線を送った。
ここからでは、木々に遮られて海はほとんど見えない。それでも風の匂いは、かすかに潮を含んでいる。
数秒、誰も口を開かなかった。それぞれが何かを思い出しているように、蓮には見えた。
「まあ」
しんみりとしかけた空気をごまかすように、明るい声で三咲が口を開いた。
「まずはちゃんと見つけないと、だけどね」
珠美は小さく「よしっ」というと立ち上がった。
「では諸君、そろそろ私の埋蔵金の発掘作業に戻りたまえ」
蓮たちは苦笑して立ち上がる。休憩は、そろそろ終わりらしい。
それぞれシャベルやスコップを手に取り、五人はもう一度、どこかに埋まっているであろうタイムカプセルを探し始めた。




