第2話 思い出の、宝の地図。
ゴールデンウィーク初日。蓮たち五人は、常土山の中腹にいた。
この町は、連休ともなれば観光客がそれなりにやってくる。海沿いの通りやレトロな雰囲気を感じさせる商店街、古い寺へ続く坂道には、カメラを下げた人たちの姿も増える。
けれど、常土山まで足を伸ばす者はほとんどいない。山頂まで登れば一応展望台があり、途中には史跡らしき石碑もいくつかある。道もまったく放置されているわけではない。だが、少し奥へ入れば、舗装はすぐに途切れ、足元は土と落ち葉に変わる。
観光地というより、地元の人間でさえ用がなければ近づかない山。そんな常土山の中腹に、小さく開けた場所がある。
古びたベンチがひとつ。錆びかけた案内板がひとつ。木々の隙間からは、町の屋根と海が少しだけ見えた。
足元にはタイムカプセル発掘のために用意した道具が並んでいる。
大きなシャベルが三本。これは三咲の家から借りてきたものだ。三咲の家は、西浦造園という造園業を営んでいる。住宅の庭木の手入れや、お寺や神社の植え込みの剪定なんかを請け負っていて、古い神社仏閣の多いこの町では昔から知られた家だった。
三咲ひとりでは運べないので、家の方向が同じ弥太郎と珠美も手伝って、ここまで持ってきた。それ以外にも、各自が自宅から持ってきた片手サイズのスコップや軍手が並べられていた。
六年前、蓮たちはこの場所の外れにタイムカプセルを埋めた。
「んー……」
弥太郎が、手にした紙を見下ろして唸る。
「小学生の頃の俺たちって、アホだったのかな」
その手にあるのは、黄ばんだ一枚の紙だった。折り目は擦り切れ、端は少し破れている。鉛筆の線は薄くなっていたが、子どもなりに一生懸命描いたらしい山道と木と石、それから意味ありげな矢印は、どうにか読み取れた。
紙の中央上部には、大きな字でこう書かれている。
たからの地図。
「見てよこれ」
柑奈が横から覗き込み、すぐに吹き出した。
「“猫の通り道”って書いてある。なにそれ」
「タイムカプセルを埋めるときに、猫が通ってたのかな」
「宝の地図の情報としては刹那的すぎるな」
蓮も思わず吹き出す。
「でも、当時の私たちのワクワク感は伝わってくるね」
まるで当時の自分たちがこの場所を駆け回っている様子を見守っているかのように、三咲は周囲を見回して微笑んだ。
確かに、六年前の自分たちは本気だったのだろう。
山に入ることも、秘密の場所を作ることも、何かを埋めることも、そのすべてが冒険だった。たからの地図、なんて名前をつけるくらいには。
「で?どこを掘ればいいの?」
珠美がシャベルを握り直す。今日一番張り切っているのは、間違いなく彼女だった。理由は言うまでもない。
「えーっと……」
蓮は弥太郎から地図を受け取り、再び目を落とした。矢印の先には、丸っこい木の絵が描かれている。その横に絵を指す矢印が伸びており、へたくそな子どもの字で説明が添えられていた。
赤いみがある
「赤い……"実"、かな?赤い実がある木、らしい」
木のイラストの根元あたりにはキラキラマークが描かれている。実に子どもらしいお宝の示し方だ。
蓮は顔を上げ、あたりを見回した。木はある。ありすぎるほどある。けれど、赤い実がなっているような木は見当たらない。
「赤い実……」
柑奈は何かを思い出そうとするように、周囲の藪を覗き込む。
「……ないね」
三咲が困ったように笑った。
「そもそもさ」
弥太郎が地図を指で弾く。
「俺たち、これを成人式の日に掘り出すつもりだったんだろ?」
「そうだね」
「成人式って一月だろ。そんな季節に赤い実がなるものなのか?」
「南天とかなら、冬でも赤い実がついてるけど……普通はお庭とかに植えられてる木だし、ここには……なさそうかなぁ」
もう一度周囲をぐるっと見回して、三咲が答えた。
「じゃあ、こっちは?」
蓮は地図の端を指で押さえた。木の絵から少し離れたところに、丸いものが描かれている。その横には、これまた拙い字で説明が添えられていた。
大きな石から十歩くらい。
「大きな石……」
弥太郎が周囲を見回す。
「どれだよ」
全員が黙ってあたりを見渡した。
石はある。小さいものならいくらでもある。けれど、地図に描かれているような、目印になるほど大きな石は見当たらなかった。
「この絵だと、埋まってる岩って感じじゃないよね」
三咲が地図を覗き込みながら言った。
「どっちかっていうと、落ちてた石っぽい」
「だったら、もう動いてても不思議じゃないよね」
柑奈が肩をすくめる。
「六年以上も経ってるし」
「猫の通り道に、赤い実に、動くかもしれない石」
弥太郎がため息をついた。
「小三の俺たち、ポンコツすぎない?」
「でも、多分本気だったんだよ」
三咲がくすくすと笑う。
「これで完璧だと思ってたんだろうね」
蓮はもう一度、地図に目を落とした。確かに六年前の自分たちにとっては、十分すぎるほどの目印だったのかもしれない。
猫が通った道。
赤い実のある木。
大きな石から十歩。
けれど今となっては、そのどれもが頼りなかった。
山の中を、少し強い風が抜けていく。木の葉がざわざわと鳴り、どこか遠くで鳥が鳴いた。
「とにかくさ!あの頃の私たちがなに考えてたかはわかんないけど、今の私たちには 体力がある!弥太なんてあの頃から身長だって3倍くらいになったでしょ?」
珠美が手に持ったシャベルを勢いよく地面に刺して言った。
「俺はバケモノか。そこまでデカくねーよ」
「柑奈はあんまり変わってないよね」
「なっ!?私だって少しは大きくなってるっつーの!」
「まあまあ柑奈、落ち着いて。とにかく、この辺にあることは間違いないわけだし。"それっぽいところをガンガン掘るぞ作戦"で行こうよ!」
シャベルを天に掲げながら珠美は作戦名を発表。そのまますぎるネーミングに苦笑しながらも、四人も気持ちは発掘モードに切り替わった。
「よっしゃ、やりますか!」
地面に置いていたシャベルを手に取り、弥太郎が言った。




