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その黒猫は、夜の港で待っている。  作者: 幸円一


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第21話 みつけた。

 蓮に全部打ち明けた日の夜。何年ぶりかわからないくらい久し振りに、蓮に涙を見せてしまった日の夜。蓮から電話があった。


 明日の十時。

 常土山の、タイムカプセルを埋めたあの広場に来てほしい。


 そう言われて、もちろんすぐに「わかった」と返事をした。

 だけど、何をするのか。誰が来るのか。もちろん何をするにしても、誰が来るにしても、否応なしに応じるつもりではいた。だけど、それを聞いていいのかどうか迷っていると、受話器の向こうで、蓮の方から先に言った。


「みんないるから」


 その一言で、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 みんな。

 珠美。弥太郎。三咲。蓮。

 その全員が、そこにいる。


 蓮はもうみんなに話をしたのだろうか。柑奈がしたことを。

 タイムカプセルを一人で掘り返して、持ち帰ったことを。

 みんなで探している間も、それを隠して、黙っていたことを。

 ……そして、その理由も。


 そう思うと、受話器を持つ手に力が入った。


 そして翌朝。

 柑奈は、常土山へ向かう山道を一人で歩いていた。

 約束の時間には、まだ少し早い。たぶん、このまま行けば二十分くらい前には着くはずだった。


 珠美は、何を言うだろう。

 五万円のこと。勝手に持って帰ったこと。


 弥太郎は、何を言うだろう。

 いつもみたいに茶化しては……くれないだろうか。いつもみたいに笑ってはくれないだろうか。


 三咲は。

 三咲は、悲しそうな顔をするだろうか。


 そこまで考えて、柑奈はぎゅっと唇を結んだ。

 考えない。

 考えても仕方がない。

 そう思って、足元の土を見る。

 落ち葉を踏む音がする。風が木々を揺らして、頭の上で葉がざわざわと鳴る。

 少し歩く。

 また、考えそうになる。

 振り払う。

 また歩く。

 そんなことを何度も繰り返しながら、柑奈は山道を上っていった。


 やがて、あの広場が見えてきた。足が、少しだけ重くなる。それでも止まるわけにはいかなくて、柑奈は最後の数歩を踏み出した。


 広場には、もう四人がいた。

 レジャーシートを敷いていたあたりに、三咲と蓮が立っている。弥太郎と珠美は、地面に直接座っていた。昨日、蓮が持って帰ったはずのタイムカプセルは見当たらなかった。


 柑奈が広場に入った瞬間、全員の視線がこちらを向いた。

 胸の奥が跳ねる。


「柑奈、おはよう」

 最初に声をかけてくれたのは、三咲だった。いつものように、柔らかい声。

 けれど、その声を聞いても、柑奈の緊張はほどけなかった。


「うん。おはよう」

 自分の声は、少し硬い。

 柑奈は無理に笑おうとして、それがうまくできたのかどうか分からないまま続けた。

「……ごめん。ちょっと遅れたかな」

「そんなことないよ。まだ、ちょっと早いくらい」

 三咲は左手首に着けた腕時計を見ると、そう言って微笑んだ。


 弥太郎は何も言わなかった。

 珠美も、蓮も、口を開かなかった。


 いつもならきっと、弥太あたりが「お、さすが主役。遅れて登場ってか」とか、そんなふうに茶化したはずだった。珠美がそれに乗って、三咲が困ったように笑って、蓮が適当に突っ込む。

 そういう流れになるはずだったけど、ならなかった。そのことが、思ったよりも胸に刺さった。


 蓮はもう、みんなに言ったのだろうか。

 それとも、ここで今から言うつもりなのだろうか。

 自分の口から言わなければいけないのだろうか。

 償いのためには、なんだって受け入れるつもりでいた。だけど、いざ四人の前に立つと、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 柑奈は、足元の土を見る。

 この下には、もうタイムカプセルはない。

 自分が持っていってしまったから。


「よし」

 珠美が立ち上がりながら言った。

「全員揃ったね」

 いつもより少しだけ、声がはっきりしている気がした。

 弥太郎も膝に手をついて立ち上がると、蓮を見る。

「じゃあ……蓮。頼む」


 蓮と一瞬、目が合った気がした。

 けれど、その目から何かを読み取ることはできなかった。

 蓮は一度だけ小さく息を吸って、それから言った。


「タイムカプセルのある場所が分かった」


 柑奈の鼓動が、さらに跳ねた。


「……どういうこと?」


 珠美が言った。蓮の真意を図りかねているような声だった。


「そのままの意味だよ」

「回りくどいな。どこにあるんだよ」

 弥太郎が待ちきれないように言う。

「もう掘り出したのか?」

「まあ、落ち着いて。一旦聞いてくれよ」

 蓮は、いつもより少しだけゆっくりとした声で言った。

 柑奈は、思った。


 ああ。

 これから、みんなに話すんだ。


 気持ちが沈んでいく。

 普段なら、なんでもない柑奈の失敗なら、きっとみんなは柑奈を責めるようなことはしない。けれど、今回は違う。

 先に裏切ったのは、自分だ。

 みんなに嘘をついたのは、自分だ。


「俺は、掘り出してない」

 蓮は続けた。

「でも、たぶんもう、この広場のどこを掘ってもタイムカプセルは出てこないと思う」

「だーかーら」

 弥太郎が少し苛立ったように眉をひそめる。

「回りくどい言い方すんなって」

「弥太郎くん」

 三咲が、なだめるように名前を呼んだ。

 それから、少しだけ考えるように視線を落として、静かに続ける。

「誰かが、持っていっちゃったってこと?」


 柑奈の胸が、ぎゅっと縮む。

 心臓の音が、耳のすぐそばで鳴っているみたいだった。


「そうだ」

 蓮の言葉に、三人が少しだけざわついた。

 柑奈は、息をするのを忘れそうになる。

「誰が?」

 珠美が言った。

「誰だよ」

 弥太郎も重ねる。

 三咲は、黙って蓮を見ていた。


 自分の心音がみんなにも聞こえてしまっているんじゃないかと、柑奈は思った。

 そして、次の蓮の言葉を受け止めるために、腿の横で拳を握る。下唇を噛む。逃げない。逃げちゃいけない。


「土守様だよ」


 一瞬、柑奈は、蓮が何を言ったのか分からなかった。

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