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その黒猫は、夜の港で待っている。  作者: 幸円一


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第17話 思い出の、答え合わせ。

 言ってしまった。


 柑奈は、動かなかった。

 ベンチに座ったまま、蓮の方を見ている。さっきまで無理に作っていたような薄い笑みが、まだその顔には残っていた。けれどそれはもう笑顔を浮かべているわけではなく、ただ、動けなくなっているだけだった。


 やけに長く感じる数秒の間を置いて、唇が、ほんの少し開く。

「そ、それは――」

「なんでだよ」


 柑奈の声を遮るように、蓮は言っていた。それがたまたまそうなったのか、それとも敢えてそうしたのかはわからなかった。ただ、自分で思っていたよりも低く重たい声だった。


 考えてきたはずだった。責めるみたいには言わない。問い詰めるみたいにはしない。まずは聞く。どうしてなのか、柑奈の口からちゃんと聞く。

 そう決めていた。なのに、最初の一言を口にした途端、そんなものはどこかへ飛んでいった。


「なんでそんなことしたんだよ……!」


 少しだけ声を荒げてしまうと、もう止まらなかった。


「なんで黙ってたんだよ!なんで平気な顔していられたんだよ!なんで……」


 言葉が、勝手にこぼれていく。

 やめろ。そんな言い方すんな、と思った。

 目の前にいるのは、知らない誰かじゃない。柑奈だ。幼なじみで、友達で、ずっと一緒にいた仲間のうちのひとりのはずだ。

 それなのに蓮は、柑奈に向かって、自分の中からあふれ出してくる言葉を、思いを、そのままぶつけていた。


「なんで……何も言ってくれなかったんだよ!」


 最後の声は、自分でも情けないくらいに悲痛な、掠れた声だった。


 柑奈は、まだ何も言わなかった。膝の上で重ねた手に、ぎゅっと力が入っている。短く切った髪が、海から吹いてくる風に少しだけ揺れた。


「あ、あの、私……」

 ようやく、柑奈が声を出す。

 けれど蓮は、またそれを遮ってしまった。

「何か事情があったんだろ」

 声のボリュームこそ下がったものの、その響きにはまだ明らかな糾弾の意思がこもってしまっていた。

「お前が、理由もなくそんなことするやつだなんて思ってないよ。思ってないけどさ」

 柑奈の目に光るものが溜まっている。蓮は、それを見ていられなかった。けれど目を逸らしたら、言葉まで逃げてしまいそうで、逸らすこともできなかった。

「だったら、なんで言わなかったんだよ!」

 潮風が、二人の間を抜けていく。

 朝の渡船場は静かだった。静かすぎた。蓮の声だけが、やけに大きく響く。


「あの日、前にここで、お前の話を聞いたとき」

 蓮は息を吸った。言いながら、あの時のことが頭に浮かぶ。


 ベンチ。

 海。

 柑奈のリュック。

 足元に落ちた、くしゃくしゃの透明なもの。


「あの時、リュックから落ちたゴミ。覚えてるか」

 柑奈の顔が、はっきりと変わった。

 それだけで、蓮は答えを聞いた気がした。

「あれ、トーフちゃんのテープだったんだよな」

 柑奈は何も言わない。ただ、涙を湛えた目を見開いたまま、蓮を見ている。


「あの時は、俺もよく分からなかった。でも、三咲の家で写真を見ただろ。で、珠美が気付いた。トーフちゃんグッズのテープだって」

 言葉を重ねるほど、柑奈の表情から色が消えていく。


 分かっていた。これ以上言えば、柑奈を追い詰めるだけだと、分かっていた。それでも、止められなかった。


「あれは、六年前にタイムカプセルを包むのに使ったテープだったんだ」

 蓮の手が、知らないうちに握りしめられていた。

「なんで六年前のテープを、あの時お前が持ってたのか。そんなのもう、お前は最近テープに触ったってことだろ。タイムカプセルを見つけて、掘り出して、包みを開けた。そういうことだろ!?」


 最後の方は、もう確認ですらなく、突きつける鋭い言葉になっていた。


 柑奈は下唇を噛んだ。

 その顔が、痛いくらい悲しそうに歪む。


 蓮は、ようやく顔を逸らした。

 自分がそんな顔をさせたのだと思うと、胸の奥がぐっと詰まった。


 一気に吐き出したはずなのに、蓮の中にあったもやもやは、少しも小さくなっていなかった。

 やっと言えた。自分の中だけの考えではなくなった。その感覚は、確かにあった。けれど、すっきりなんてしなかった。


「……私」

 小さな声がした。


 柑奈はうつむいていた。肩が、ほんの少し震えている。膝の上で握った手は、白くなるほど力が入っていた。


 今度は、遮らなかった。


「……ごめんなさい」

 か細い声だった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 その声が、少しずつ崩れていく。

 柑奈の目から、ぽろりと涙が零れた。


 泣かせてしまった。


 思った瞬間、眉間のあたりが熱くなった。喉の奥がつかえる。自分まで泣きそうになっていることが、余計に情けなかった。

 柑奈に、こんな顔をさせたかったわけではない。

 なのに。

 分かっているのに、謝る言葉は出てこなかった。

 出てきたのは、さっきと同じ問いだけだった。


「……なんでだよ」

 震えた声で、蓮はもう一度言った。


「なんで、そんなことしたんだよ」

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