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その黒猫は、夜の港で待っている。  作者: 幸円一


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第13話 思い出の中の、僕ら。

「これ、絶対関係あるでしょ」


 誰が言ったのか、蓮にはすぐには分からなかった。

 ただ、その言葉が落ちた瞬間、さっきまで笑い声で満ちていた空気が、スッとその性質を変えた。


 アルバムの一ページ。

 透明なフィルムの下に収まった一枚の写真。

 そこには、今よりずっと幼い五人が写っていた。

 軍手。シャベル。スコップ。泥だらけの靴。土のついた服。そして右下の日付。

 その写真に写るものの全部が、ひとつの事実を突きつけている。


 六年前、自分たちは確かにタイムカプセルを埋めた。

 そして、これはおそらく、その直後の写真だ。


「これ、埋めた後……ってことかな」

 珠美が、珍しく緊張した声で言った。

「たぶん、そうだと思う」

 蓮は写真の右下に印字された日付を指さす。

「一月の中ごろ。時期的にも、つじつまは合う」

「この前のページに、他に何か関係ありそうなのはないかな」

 三咲がそう言って、少し前のページに戻る。五人は身を寄せるようにしてアルバムを覗き込んだ。


 そこにあったのは、三咲が晴れ着姿で初詣に行っている写真や、どこかの家で五人がクリスマス会をしている写真だった。ケーキの前で珠美が妙に得意げな顔をしていたり、弥太郎が紙の三角帽を斜めにかぶっていたりする。


 普段なら、そこだけでまたひとしきり笑いが起きただろう。けれど今は、誰も大きく脱線しなかった。


 目を凝らしても、タイムカプセルに繋がりそうなものは写っていない。

 半斗缶も、宝の地図も、常土山らしき背景もなかった。


「……だめか」

 弥太郎が小さく息を吐いた。

「でも、この写真だけでも今は大事な情報だよ」

 三咲がそう言って、もう一度問題の写真があるページを開く。


 改めて見る。


 写真の中の五人は、横一列に並んでいた。

 向かって左から、三咲、弥太郎、蓮、柑奈、珠美。


 三咲は小さなスコップを持ち、控えめにピースしている。けれどその笑顔は、どこか誇らしげでもあった。少し上等そうな上着の裾には、はっきりと土汚れがついている。今の三咲なら少し困った顔をしそうな汚れ方なのに、写真の中の三咲は心底楽しそうに笑っていた。


 その隣に弥太郎。

 自分の前にシャベルを突き立て、軍手をはめたままの両手でピースしている。笑顔全開というより、少しだけかっこつけたような顔だ。五人の中で一番泥にまみれているのに、妙に得意げなのがおかしく見える。


 真ん中に蓮。

 片手にスコップを持ち、もう片方の手でカメラに向かってピースしている。笑ってはいる。けれど、他の四人に比べると、どこか斜に構えたような顔をしていた。


 その隣には柑奈がいた。

 今でこそ五人の中で一番背が低い柑奈だが、写真の中では三咲と同じくらいで、五人の中でも背が高い方に見える。

 左手でシャベルの柄を握り、右手を顔の横でピースしている。カメラに向けられた笑顔は、今より幼く、何の迷いもない。


 一番右端には珠美。

 今と変わらず眼鏡をかけていて、その眼鏡にまで土の汚れがついていた。シャベルを地面にまっすぐ突き立て、その持ち手に両手を添えている。どこかで見たアニメキャラクターの決めポーズのようにも見えた。


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 写真の中の五人は笑っている。

 それなのに、その写真を見つめる今の五人は、うまく笑えずにいた。


「……なあ、これさ」

 重くなりかけた空気を裂くように、弥太郎が静かに口を開いた。


「シャベルとスコップの配分まで今と同じなの、すごくね?」


 その言葉に、蓮は思わず瞬きをした。


「……確かに」

 珠美が写真と現実を見比べるように言う。

「私と柑奈と弥太はシャベル。蓮と三咲はスコップ。おんなじだ」

「俺たち、成長してもなんにも変わってないんだな」


 そこで、ようやく小さな笑いが起きた。

 固まっていた空気が、少しだけ緩む。


「でもさ、まず三咲のこれ」

 柑奈が写真の左端を指さした。

「絶対あとで怒られたでしょ。穴掘りに着てって、こんな汚し方していい服には見えないんだけど」

 写真の中の三咲は、小さなスコップを持って、控えめにピースしている。ワンピースの上に上着を着ているようだが、その上着の袖口には、ずいぶんとはっきり土汚れがついていた。子どもの服にしては上等に見えるものなので、なおさら目立った。

「……たぶん、怒られたと思う」

 三咲は笑いながら少しだけ肩をすくめた。

「きっと、山に穴掘りに行くなんて言ってなかったんだろうね。もし言ってたら絶対こんな服で行っちゃだめって止められてたと思うもん」

「つなぎの作業着貸してくれたかもな。胸ポケットのとこに“西浦造園”って刺繍されてるやつ」

 弥太郎のコメントに一同から笑い声が上がった。


「その隣の弥太はさ」

 今度は珠美が写真を指さした。

「なんでこんなにかっこつけてるの?」

 写真の中の弥太郎は、自分の前にスコップを突き立て、軍手をはめたままの両手でピースしていた。笑ってはいる。けれど笑顔全開というより、どこか決め顔に近い。しかも五人の中で一番泥にまみれている。

「うーん……察するにこれは……」

 弥太郎は腕を組んだ。

「仕事を終えた男の顔だな」

「はあ?」

 柑奈の冷たいツッコミ。弥太郎は少しだけたじろいだ。

「なんだよ、一番泥まみれだろ?ってことは一番一生懸命に穴を掘ったんだよ、仕事をやりきったんだよ!」

「ていうか、身長ちっさ」

 柑奈が追撃する。今と真逆で、写真の中の弥太郎は一番身長が低いように見える。

「ばーか。このあと焼きそばで伸びるんだよ」

「やっぱり、焼きそばにはすごい効能が……」

「ないからね、三咲」

 柑奈が呆れたように弥太郎の肩を小突く。

 弥太郎は大げさに肩を押さえた。


「蓮くんは、この頃からちょっとおすましさんなんだね」

 三咲が、真ん中に写っている蓮を見て言った。

 写真の中の蓮は、片手にスコップを持ち、もう片方の手でカメラに向かってピースしていた。笑ってはいる。けれど他の四人に比べると、少しだけ表情が控えめだ。今見ると、なぜか妙に恥ずかしい。

「やめてくれ」

 蓮は顔をしかめる。

「昔の自分を解説されるの、想像以上にきつい」

「でも蓮くんらしいよね」

 柑奈が写真を覗き込みながら言う。

「みんなが全力で浮かれてる横で、ちょっとだけ落ち着いた顔してる」

「小三男子に落ち着きなんてないだろ?」

「ないけど、あるように見せたいお年頃ってやつ?」

 珠美がにやにや笑う。

「かっこつけ仲間だね、弥太」

「俺と蓮を一緒にするな!」

「こっちの台詞だよ」

 軽口を返しながら、蓮は写真の中の自分から目を逸らした。

 昔の自分を見るのは、思っていたより照れくさい。


「柑奈は……あれ?」

 弥太郎が写真に顔を近づけた。

「この頃、今より背高くないか?」

「そんなわけないでしょ」

 柑奈が即座に言う。

 左手でシャベルの柄を握り、右手を顔の横でピースしている。カメラに向けられた笑顔は今より幼く、何の迷いもない。

「いや、これ三咲とほぼ同じくらいあるぞ」

 弥太郎が言う。

「この頃が成長のピークだったんだな」

「弥太、今すぐ黙って」

 柑奈はむっとした顔で写真から目を逸らした。

 と、弥太郎が何かに気づいたように写真へ顔を近づけた。

「ん? 柑奈、この腕についてるの何だ?」

「腕?」

 三咲も目を細める。

 写真の中の柑奈の左腕、シャベルの柄を握っている方の腕に、幅広の輪っかのようなものがはまっていた。白っぽい帯のようなものが、手首より少し上のあたりに通っている。


「腕輪……かな?」

 三咲が自信なさげに首をかしげた。

「それにしては大きい感じがするけど」

「柑奈、なんなんだ?これ」

「覚えてないよ。小三の私に聞いて」

 柑奈はそう言って、わざとらしく肩をすくめた。


「ちょっと待って」


 急に、珠美がアルバムへ身を乗り出した。

 さっきまで写真の中の柑奈をからかっていた顔が、一瞬で真剣な表情に変わる。

「これ、もうちょっと見せて」

 珠美はアルバムを自分の方へ引き寄せると、写真の柑奈の腕に顔を近づけた。

 眼鏡の奥の目が、みるみる輝いていく。


「……うわー!」


 突然の大声に、弥太郎が肩を跳ねさせた。

「なんだよ急に、でかい声出すなよ」


「これ、トーフちゃんじゃん! なっっっっつかし!」


「トーフちゃん?」

 三咲が首を傾げる。

「何それ」

 柑奈も同じように聞き返した。

「俺も知らん」

 弥太郎が言う。


「なによ、覚えてないの!?」

 珠美は信じられない、という顔で三人を見た。

「MHKでやってたアニメじゃん! 豆腐の妖精・トーフちゃんが、いろんな事件を豆腐で解決するの!」

「豆腐で事件を解決……?」

 蓮は思わず復唱した。

「ごめん、覚えてないっていうか、知らないかもしれない」

「うそでしょ!?」

 珠美が大げさにのけぞった。

「トーフちゃんだよ?ほら、顔が豆腐で、なんか着物っぽい服装で、困った人を見ると豆腐でどうにかするの!」

「どうにかって何」

 弥太郎が眉をひそめる。

「喧嘩してる人たちを仲直りさせたり!」

「豆腐で?」

「遠足の日の雨予報をお天気に変えたり!」

「豆腐で?」

「時には遺産相続問題を解決したり!」

「思ってたよりもだいぶ凄いな、豆腐」

 二人のやりとりを見て、三咲と柑奈がくすくす笑う。

「まあ、たしかに。人気作品じゃなかったと思うけどさ」

 珠美は少しだけ声を落とした。

「でも私、めっちゃ好きだったんだよね」

 懐かしそうに言うと、もう一度写真を眺めて、アルバムをみんなの前に戻した。

「これたぶん、トーフちゃんグッズのテープだよ。ほら、トーフちゃんの顔が並んでるデザインになってる。タイムカプセルの作業に使ったんじゃないかな」

「私、珠のオタク知識を初めてすごいと思ったかも」

 三咲が心底感心したように言った。

「ん、まあね」

 珠美は少し恥ずかしそうにはにかんだ。褒められたことへの照れなのか、思い出の作品について熱くなってしまったことへの照れなのか。

「なーんかマイナーな作品にばっかり惹かれちゃうんだよね、私」

 照れ隠しのようにおどけてみせると、それでまた少し笑いが起こった。


 泥だらけの五人が写る写真を囲んで、居間の空気はすっかり思い出鑑賞会に戻っていた。

 珠美はトーフちゃんの思い出を語り始める。

 三咲は懐かしそうにアルバムを押さえ、弥太郎は「豆腐で世界は救えるのか」などとくだらないことを言っている。柑奈も、笑っていた。


 蓮も、笑おうとした。

 けれど、うまく笑えなかった。


 何気なく交わされていた言葉。

 六年前の写真に、写っていたもの。

 この数日、自分の頭の中に残っていた、ばらばらの情報。

 それらが、ひとつずつ繋がっていく。

 

 胸の奥で、心臓が強く脈打つ。

 

 みんなの笑い声が遠くなる。


 蓮はゆっくりと息を吸った。


 分かった。 


 分かってしまった。


 けれど。


 ……どうして。

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