第12話 思い出の、アルバム。
放課後、五人は学校からそのまま三咲の家へ向かった。
商店街を抜け、少し坂を上った先にある西浦家の敷地には、家屋とは別に作業場がある。開いた戸口の奥には、枝切りばさみや竹ぼうき、土の袋なんかが見えた。門の脇には植木鉢がいくつも並び、庭木の根元には、切りそろえられた枝葉が小さく積まれている。土と青い葉の匂いがした。
「ごめんな、急に」
玄関へ向かいながら蓮が言うと、三咲は首を横に振った。
「ううん。休み時間に家へ電話しておいたから。お母さんも、楽しそうだねって言ってた」
通された居間には、すでに何冊ものアルバムが座卓の上に積まれて置かれていた。分厚い表紙のものもあれば、透明なフィルムで写真を挟み込むタイプのものもある。背表紙には、三咲の母親らしい丸い字で、年代らしき数字や「小学校」「夏祭り」「旅行」などの文字が書かれていた。
「うわ、多っ」
珠美が座卓に手をついて身を乗り出す。
「三咲んち、記録資料館じゃん」
「お母さん、撮った写真はだいたいアルバムに入れるから」
三咲は少し恥ずかしそうに笑った。
「この中に、何かヒントがあるかもしれないんだね」
珠美のその言葉に、蓮は少しだけ背筋を伸ばした。
今日ここに来た目的は、思い出に浸ることではない。六年前、自分たちがタイムカプセルを埋めた場所を選んだ理由。その手がかりを探すことだ。
……そのはずだった。
「見て見て見て!」
一冊目にいきなりタイムカプセルとは関係なさそうな時期のアルバムを開いて一分弱。珠美が声を上げた。
「これ! この夏祭りの時なんだよ! 私が『魔法少女ミラクル・ルナ』と運命の出会いを果たしたのは!」
「あーこれか。珠、今もたまにミラクル・ルナの話してるよね」
柑奈が写真を覗き込みながら言う。
「そう!この日、商店街のくじ引きで景品のシールを当てたの。それがすべての始まりだった……!」
「壮大に語るなあ」
弥太郎が呆れたように笑う。
写真の中には、小学生の自分たちが写っていた。
浴衣姿の三咲。綿あめを持った珠美。射的の景品らしき安っぽいおもちゃを手にしている弥太郎。少し離れたところで、柑奈が焼きそばのパックをいくつも抱えている。
「あ、この時さ」
弥太郎が写真を指さした。
「柑奈が絶対食べ切れない量の焼きそば買ってきたよな」
「えー、そうだったっけ?」
「そうだったそうだった」
珠美が笑いながら頷く。
「あれ、結局ほとんど弥太と蓮くんが食べてなかった?」
「うん」
蓮も写真を見ながら頷いた。
「おかげで他のもの、あんまり食べられなかったの覚えてる」
「あちゃー。その節は失礼しました」
柑奈が両手を合わせて頭を下げる。
「まあ、俺はそのおかげでこんなに身長が伸びました」
弥太郎が胸を張った。
「焼きそばにそんな効果が……」
三咲が真面目な顔で言う。
「ないよ」
蓮が即座に否定した。
「柑奈ももっと食えば、もうちょっと伸びたかもな」
「弥太、うっさい!」
柑奈の拳が、弥太郎の肩に軽く入った。弥太郎は大げさに痛がり、珠美が腹を抱えて笑う。三咲も口元に手を当てて笑っていた。
蓮も笑った。笑いながら、自分が少しだけ肩の力を抜いていることに気づいた。
ここ数日、タイムカプセルのことを考えるたびに、どうしても誰かが持っていった可能性が頭をよぎっていた。
土守様ではないなら、誰かが。
その「誰か」の中に、目の前で笑っている四人も含まれてしまうことが、蓮は嫌だった。
写真の中の五人は、何も知らない顔で笑っている。
そして今の五人も、同じアルバムを囲んで笑っている。
ふと柑奈を見ると、彼女も笑っていた。昨日からの妙な元気のなさが、少しだけ遠のいているように見える。弥太郎にげんこつを入れた後、柑奈はそのまま写真の中の自分を見て、恥ずかしそうに頬を膨らませていた。
元気が出たなら、それでいい。
蓮はそう思って、またアルバムへ視線を戻した。
それからしばらく、調査は完全に脱線した。
運動会の写真では、弥太郎が徒競走で豪快に転んでいる瞬間が見つかった。
遠足の写真では、珠美がからあげだけの弁当を自慢げに披露している。
三咲が妙に真面目な顔でリコーダーを吹いている写真もあれば、柑奈が誰かと張り合うように鉄棒にぶら下がっている写真もあった。
中学に入ってからの写真まで出てきたところで、蓮はさすがに我に返った。
「待った」
蓮はアルバムのページを押さえた。
「俺も楽しんじゃってるのに悪いけど、俺たち、何しに来たんだっけ」
「思い出鑑賞会」
珠美が即答する。
「違うだろ」
三咲がくすくす笑いながら、別のアルバムを一冊引き寄せた。
「たぶん、小学三年生の頃ならこっちかな」
表紙の隅には、三咲の母親の字で、小学校低学年から中学年あたりの年代が書かれていた。
ページをめくる。
透明なフィルムの下で、少し色あせた写真たちが静かに並んでいる。写真の右下には、古いカメラで印字された日付が小さく入っていた。
「この辺から、ちゃんと見た方がいいかも」
蓮が言った。
「日付、見て。小学三年生の秋ごろだ」
ようやく、全員の空気が少し変わる。
さっきまでの思い出話の熱が、ほんの少しだけ調査の方向へ傾いた。
「秋かあ」
弥太郎が写真の日付を覗き込む。
「赤い実って要素だけ見ると、このくらいの時期が一番怪しいんだけどな」
「でも、お年玉がある以上、埋めたのは絶対に年明け後のはずなんだよね」
珠美が言う。
「少なくとも、五万円を入れたのは一月以降」
「じゃあ、さすがに秋から計画してたってことはないか」
柑奈が首を傾げる。
「小三の俺たちに、数ヶ月かけるような壮大な計画性があったとは思えないな」
蓮が言うと、弥太郎が「間違いない」と頷いた。
秋祭りの写真。
運動会の写真。
どこかの公園で遊んでいる写真。
ページをめくるたび、懐かしいものが出てきて、そのたびに誰かが余計なことを言う。何度かまた脱線しかけたが、今度は蓮がどうにか軌道修正した。
そして、十二月の日付が入った写真にたどり着いた時だった。
「ん?」
三咲がページをめくる手を止めた。
「これ、何の写真だろう」
そこに並んでいたのは、運動会や祭りのような分かりやすいイベントの写真ではなかった。
三咲の家の居間らしき場所で、五人が写っている。
奥でこちらを振り向いているのが三咲と珠美。
手前では、蓮と弥太郎と柑奈が、大きな紙を囲んで何かを描いていた。
「これ……」
蓮は思わず顔を近づけた。
「地図か?」
一瞬そう思った。
けれど、どうやら違う。紙にはこの数日で何度も見たあの地図のようなものは描かれておらず、もっと雑多に、絵がいくつも描かれている。魚のようなもの。変な顔の生き物。家らしき四角。おそらく、何かの遊びで描いたただの落書きだ。
「違うっぽいね」
三咲が言う。
「でも、ひとつ分かったことがある」
珠美が妙に真剣な顔で写真を指さした。
「宝の地図のイラストに関しては、たぶん弥太がかなり描いてる」
「なんでだよ」
「見てよ、この写真の絵。弥太が描いてるやつだけ、何が何だか分からない」
「くそっ」
弥太郎が写真を覗き込み、すぐに呻いた。
「これは確かに強烈な証拠だ……!」
「認めるんだ」
柑奈が笑う。
「刑事さん、俺がやりました……!」
また笑いが起きる。
けれど蓮は、その写真をもう少しだけ見ていた。
十二月。
五人で、三咲の家に集まっていた。
直接の手がかりではないかもしれない。でも、六年前の自分たちが何度か集まって、何かを準備していたということなのではないだろうか。
次のページをめくる。
そして、そこで五人は同時に固まった。
写真の右下の日付は、年が明けた一月の中ごろを示していた。
写っているのは、今よりずっと幼い五人だった。
けれど、そこに写っているものは、ここ数日の自分たちにも馴染みのある、見覚えのあるものばかりだった。
軍手。
シャベル。
小さなスコップ。
服や靴についた泥汚れ。
写真の中の五人は、三咲の家の前で横一列に並び、カメラに向かってピースをしていた。頬にも手にも泥がついているのに、誰もそれを気にしていない。むしろ、何か大きな仕事をやり遂げたあとのように、誇らしげに笑っている。
「これ……」
珠美の声が、少しだけ低くなった。
「ひょっとして」
誰も、すぐには続きを言わなかった。
胸の奥で、閉じたままだった扉の鍵が外れる音が、小さく聞こえた気がした。




