第11話 思い出は、写真の中に。
ゴールデンウィークの谷間の月曜日。
昼休みの教室は、いつもより少しだけ浮ついていた。連休に挟まれた登校日を面倒くさがる声と、今日と明日だけ学校に来ればまた休みだと楽しみにする声が入り混じった、落ち着かない空気がクラス中に薄く広がっている。
けれど、蓮たち五人の机の周りにある空気は、少しだけ違っていた。
「つまりさ」
購買で買ってきたパンの袋をくしゃりと丸めながら、蓮は言った。
「もう一回、ちゃんと思い出してみた方がいいんじゃないかと思うんだ」
四人の視線が集まる。珠美は弁当箱の蓋を持ったまま、きょとんとした顔をした。
「思い出すって、何を?」
「タイムカプセルを埋めた時のこと」
蓮は机の上に置いた宝の地図へ視線を落とした。昨日の夜、黒猫に言われたことが、まだ頭の奥に残っている。
場所を探すのではない。
六年前の自分たちが、そこを選んだ理由を探す。
「昨日まで俺たち、ずっと地図に描いてあるものを探してただろ。赤い実とか、大きな石とか、猫の通り道とか」
「猫の通り道は、どう考えてもノリで書いただけでしょ」
柑奈が呆れたように言う。
「たぶんな」
蓮は頷いた。
「でも、たとえノリでも、当時の俺たちにとっては意味があったはずなんだよ。どうでもいいものを、わざわざ地図には描かないと思う。……いや、違うな、どうでもいいものを描いていたとしても、それを描こうと思った理由があるはずなんだ」
自分で言っていて、黒猫の受け売りだなと思った。けれど、それは今の蓮にとって、一番しっくりくる考えでもあった。
「つまり、思い出会議ってこと?」
珠美が少し身を乗り出して尋ねた。
「まあ、そんな感じ」
「うん、いいんだけど……弱いなー。もうちょっとこう、“記憶奪還作戦”とか」
「おお。なんだか緊張感が増した」
三咲がくすりと笑った。
少しだけ、空気が軽くなる。
「でもさ」
弥太郎が箸をくわえたまま首を傾げた。
「今の俺たちでもあんだけきつかったのに、小三の俺たち、よくあんな山で穴掘ったよな」
「それ、私も思った」
珠美が大きく頷く。
「小三にしてはかなりの重労働だよ。……まあ、あてずっぽうにいくつも掘ってるわけじゃないけどさ。砂場でも浜辺でもない場所で大きな穴を掘るのって、想像以上に大変だもん」
「缶って、どれくらいの大きさだったっけ」
三咲が弁当箱を片付けながら言った。
「半斗缶くらいじゃなかったか?」
弥太郎が両手で四角を作る。
「これくらい」
「でかすぎないか?」
蓮が即座に突っ込む。
「いや、でもけっこう大きかった気がするぞ。せんべいか何かが入ってた缶を使ったんじゃなかったか?」
「あー」
珠美が声を上げた。
「なんか、おばあちゃんちとかにありそうなやつ!」
「どこのおばあちゃんちだよ」
「全国のおばあちゃんち」
笑いが起きる。
「それで、缶の中にそれぞれ袋を入れたんだよね」
三咲が記憶をたどるように言う。
「うん。防水の袋」
珠美が頷いた。
「中身は内緒。二十歳になった時のお楽しみ」
「十五歳と十六歳の時のお楽しみになっちゃったけど」
「ごめんって」
珠美は机に突っ伏しかけたが、すぐに顔を上げた。
「っていうか、埋めたのって何月か覚えてる?」
「……寒かったのは覚えてる」
柑奈が答えた。
「だよね!多分一月だよ!」
珠美は指を鳴らす。
「どうして?」
少しきょとんとした様子で三咲がきいた。
「私が入れた五万円、お年玉だ!」
そう言って、珠美は勢いよく立ち上がる。
「おかしいと思ったんだよね!ゲームとか漫画とか買いまくってる私に、なんで五万円なんてまとまったお金があったんだろうって!」
随分と自虐的なひらめきだったが、今の蓮たちにはどんな些細なことでも、手がかりになりそうな情報は貴重だった。
蓮は、改めて地図の端に書かれた文字を見た。
赤いみがある。
「一月か」
蓮はつぶやいた。
「じゃあ、やっぱり一月に赤い実があったってことになるのか」
「そうなるね」
三咲が頷く。
「でも、前にも言ったと思うけど、南天みたいな木は常土山になかったし……」
「そもそも場所が違うってことか?まさか、常土山ですらない……ってことはないよな、さすがに」
弥太郎が言う。
「さすがにそれはないと思うけど……そのレベルも排除しないで考えた方がいいのかもしれないな」
蓮は答えた。
分かりそうで、分からない。
手がかりの端を掴んだようで、まだ指先からすり抜けていく。
蓮は地図を見つめながら、もう一度考えた。
六年前の自分たちは、何をしていたのか。
どこを見て、なぜそれを目印にしたのか。
「なあ」
弥太郎が、ふと思い出したように言った。
「俺たち、一日で全部やったっけ?」
「え?」
珠美が顔を上げる。
「タイムカプセルの準備だよ。缶用意して、中身入れて、山行って、埋める場所探して、地図描いて、実際に埋めて……って」
弥太郎は指を折りながら並べる。
「小三の一日でやるには、ちょっと盛りだくさんすぎないか」
「……たしかに」
三咲が小さく頷いた。
「何日かに分けてた……気がする」
柑奈がぽつりと言った。その声は大きくなかったが、四人はハッとして柑奈を見る。柑奈は少しだけ居心地悪そうに、視線を弁当箱の端へ落として言った。
「いや、たぶんだけどね。最初に、どこに埋めるか探しに行った日があって。実際に埋めたのは、たぶん別の日だった。……ような気がする」
「それだ!」
蓮は思わず立ち上がり、柑奈に顔を寄せて言った。少し声が大きかったらしく、近くの席の生徒が一瞬こちらを見る。蓮は慌てて椅子に座り直し、声を落とした。
「いや、たぶんそれが大事なんだ。俺たち、タイムカプセルを埋めた日のことだけ思い出そうとしてた。でも、その前から準備してたなら、埋める場所を決めた日のことも考えないといけない」
「場所を決めた日……」
珠美が腕を組む。
「うーん。なんか、山に何回か行った気はする」
「俺もそんな気がしてきた」
弥太郎が頷いた。
「記憶って適当だな」
「六年前だしね」
三咲が苦笑する。
その時、珠美が「あ」と声を上げた。
「そういえばさ。シャベルって、六年前も三咲んちから借りたんじゃなかった?」
「え?」
三咲が瞬きをする。
「たぶんそうじゃない?今だってそうだけど、小三の時も私の家には大きいシャベルなんてなかったし」
「確かに」
弥太郎が頷く。
「俺、三咲んちの作業場から借りたような気がする。昨日と同じ感じで」
「それで」
柑奈が少しだけ顔を上げた。
「終わったあと、みんなで道具返しに行った……ような?」
言いながら、柑奈自身もその記憶を確かめているようだった。
「あ、そうだよ!」
珠美が机を叩く。
「行った行った! 三咲んちにみんなで道具返しに行った!」
「そうだっけ?」
蓮は首を傾げる。
「そうだよ。たぶん絶対!」
「たぶんかよ」
「違う!たぶんだけど絶対!」
珠美は胸を張った。
「じゃあ、その時に三咲のお母さんとかお父さんに何か話してないかな」
蓮が言うと、弥太郎がすぐに首を振った。
「いやー、話してないだろ」
「どうして?」
「だって俺たちだけの秘密って感じだったじゃん。秘密基地とか、宝の地図とか、そういうノリだったろ」
「弥太郎くんは、ポロッて喋っちゃいそうだけど」
三咲がさらりと言う。
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよね」
珠美が追撃する。
「お前らなあ」
弥太郎が抗議すると、三咲は口元に手を当てて笑った。
いつもの五人の空気。
けれど蓮は、その中でひとつの言葉に引っかかっていた。
話していない。確かに自分もそう思う。
自分たち五人は、結構頑固なところがある。ひとりひとりが、ということではない。五人集まると、頑固になるのだ。秘密基地を作ったときも、親に内緒の冒険をした時も、誰一人、誰かにそのことを話した人はいなかった。仲間の約束を守ることに、頑固なのだ。
でも、何かは残っていないだろうか。話していなくても、漏れ出ていた可能性はあるのではないか。
「写真……とか、ないかな?」
ぽつりと、蓮の口からこぼれた。
「写真?」
柑奈が聞き返す。
「タイムカプセル作戦の時。なにか写真を撮ったりしてないかな」
四人は顔を見合わせる。
「うーん……どうだろ。俺たちで遊んでるときに、特にそういう習慣はなかったような気がするけど」
「あ、待って」
弥太郎の言葉を遮るように珠美が発言した。
「私たちではないけどさ。ほら、三咲のお母さんって、よく写真撮ってなかった?運動会とか、遠足とか、町内会の集まりとか。あと、普通に私たちが遊んでる時も」
「ああ」
弥太郎が手を打つ。
「それはあった、撮ってたな。三咲んち行くと、たまに急に写真撮られたよな」
「うちのお母さん、写真好きだから」
三咲は少し恥ずかしそうに笑った。
「趣味って言えるほど上手なわけじゃないんだけど、何かあるとすぐ撮るの。最近は私もちょっと嫌がるようになっちゃったし、さすがにあんまりないけど、小さい頃は特に」
「じゃあ、あるかも?」
珠美は身を乗り出す。
「タイムカプセルを埋めてる瞬間の写真じゃなくてもさ。道具を借りた時とか、返しに行った時とか、準備してる時とか。何か写ってるかもしれないじゃん」
「背景に、常土山が写ってるとか?」
柑奈が言う。
「それもあるかもだし」
珠美は勢いづく。
「服装とか、持ってたものとか、どの時期だったかとか。ギャルゲーの攻略本でも、立ち絵じゃなくて背景で得られる情報があったりするじゃん!?」
「いやそれはよくわかんないけど」
蓮は苦笑した。
けれど、悪くない。むしろ、それは今までで一番まともな手がかりに思えた。
写真。
六年前の自分たちが、忘れてしまったこと。
今の自分たちが言葉で思い出せないものでも、写真の中には残っているかもしれない。
「三咲」
蓮は顔を上げた。
「どう思う?」
三咲は少し考えるように、視線を下げた。それから、いかにも今から重大発表をします、というように少しだけ芝居がかった顔をして、力強く頷いた。
「……大いに、あり得ると思います」
コミカルなその言い方に、四人は「おお」と盛り上がった。
「うちのお母さん、撮った写真はだいたいアルバムにしてしまってあるから。当時の写真を撮ってたとしたら、残ってる可能性は高いと思う」
「今日の放課後、三咲んち行っちゃおうよ!」
珠美が即座に言う。
「早いな」
「だって、ついに私の五万円への手がかりが見えたんだよ!」
「結局そこなんだ」
「もちろん、思い出も大事にしてるよ。五万円と同じくらい」
「じゃあ、合わせて十万円分だね」
三咲が苦笑する。
いつの間にか、四人の視線が蓮に集まっていた。
いつもの通りだ。だけど、考えるまでもない。答えは決まっていた。
小さく息を吐く。
黒猫の言葉が、もう一度頭の中で響く。
探すなら、場所じゃない。
六年前のお前たちが、そこを選んだ理由だ。
「三咲」
蓮は改めて尋ねた。
「今日の放課後、行っても大丈夫か?」
「うん」
三咲は頷いた。
「アルバムも、探せばすぐ出てくるはず」
「よし」
蓮は頷いた。
「じゃあ今日の放課後は、三咲の家に行こう」
珠美が「よっしゃ」と言うと、隣にいた弥太郎にハイタッチを求める。弥太郎もすぐに応じ、パァンと気持ちのいい音を立てた。
柑奈は微笑んでそれを見ている。
その柑奈の横顔を、蓮は見た。昨日、渡船乗り場の近くで聞いた柑奈の話を思い出した。
柑奈には悪いけど、弥太郎のことはもう少し後回しにさせてもらうしかないかな。
昼休み終了の予鈴が鳴った。ざわめきが教室へ戻ってくる。
蓮は机の上の宝の地図を、静かに折りたたんだ。




