表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/14

第9話

 「追加報酬、確定です」


 ギルドの受付嬢がそう言った時、真壁悠は一瞬だけ、この世界で生きていけるかもしれないと思った。


 銅貨が、増えた。


 薬草の仕分けと害虫駆除の分が上乗せされ、昨日よりも明らかに重い音を袋が鳴らす。手の中で、その現実的な重さがはっきり分かる。


「(……いけるかもしれない)」


 単純な話だ。


 危険なことはしたくない。戦いたくない。人とも関わりたくない。だが、飯は食いたいし、寝る場所も欲しい。


 ならば――雑務で稼げばいい。


 今日の薬草倉庫のように、危険度が低く、誰かの役に立ち、なおかつ自分の力が「壊す」ではなく「整える」方向で使える仕事。


 それなら、やれる。


 そう思えた。


「真壁」


 横に立つララ・バーンが、静かに声をかけた。


「浮かれるな」


「浮かれてません」


「顔に出ている」


「そんなに分かりやすいですか」


「分かりやすい」


 即答だった。


 真壁は小さく咳払いをして、表情を引き締めるふりをした。


 だが内心では、まだ少しだけ期待が膨らんでいた。


 雑務で生きていく。


 その可能性が、ゼロではなくなった。


 それは彼にとって、かなり大きなことだった。


 受付嬢が次の依頼票を差し出す。


「真壁さん、こちらもどうですか」


「もうですか」


「薬草倉庫の件で、倉庫管理の方から推薦が入っています。仕分けが非常に正確だったと」


「推薦……」


 嫌な響きだった。


 目立つ。期待される。仕事が増える。全部、真壁の苦手な要素だ。


 だが、依頼票を見る。


『倉庫整理補助(軽作業) 報酬:銅貨○○ 危険度:低』


「軽作業」


 その文字に、心が揺れる。


「……内容は?」


「古い道具倉庫の整理です。壊れた器具、使えない部品、再利用できる素材の仕分けになります」


「壊れたやつ……」


 真壁の指先が、わずかに熱を持つ。


 壊れているもの。


 繋がっていないもの。


 ほどけているもの。


 それを分ける。


「(……それ、得意なやつでは?)」


 危険は低い。


 魔物もいない。


 人と戦う必要もない。


 ただ、壊れたものを分けるだけ。


「……行きます」


 言ってから、少しだけ嫌な予感がした。


 ララが横で小さく息を吐く。


「連続依頼か」


「駄目ですか」


「駄目ではない。だが、疲労は蓄積する」


「俺、もうだいぶ疲れてます」


「それでも受けるのか」


 真壁は銅貨袋を軽く握った。


「飯が増えるなら」


「……そうか」


 ララはそれ以上何も言わなかった。


 倉庫は、ギルドのさらに奥にあった。


 薬草倉庫とは違い、こちらは埃と油の匂いが強い。木箱の中には、錆びた刃物、曲がった釘、割れた陶器、外れた歯車、壊れたランタン、折れた柄、用途不明の金属片などが無造作に積まれている。


「うわ……」


 真壁は思わず声を漏らした。


 視界が、うるさい。


 どこもかしこも「壊れている」。ひび、継ぎ目、歪み、外れた部分。全部が目に入る。全部が気になる。


 薬草よりも、ずっと強く反応してしまう。


「真壁」


 ララが低く言った。


「見るな」


「無理です」


「視線を外せ」


「外したらどこ見ればいいんですか」


「床を見ろ」


 真壁は床を見た。


 床にもひびがある。


「無理です」


「……そうか」


 ララは少しだけ考え、真壁の前に立った。


「私の背中を見ろ」


「またですか」


「一番安定している対象だ」


 真壁は素直に従った。


 確かに、少し楽になる。


 ララの背中は、相変わらず整っている。揺れが少ない。乱れがない。見ていて気持ち悪くない。


「……じゃあ、指示出してください」


「できるか」


「背中見てると、箱の中見えないので」


「なるほど」


 ララは小さく頷いた。


「では、私が箱を開ける。お前は中を一瞬だけ見て、すぐ視線を戻せ。そして、言葉で判断を伝えろ」


「かなり難しくないですか」


「やれ」


「はい……」


 訓練の延長だった。


 ララが箱を開ける。


 真壁が一瞬だけ中を見る。


 ひび。歪み。接合部。


 そして、すぐに視線をララの背中へ戻す。


「……使えるやつ、三割くらい。あとは駄目です」


「どれだ」


「左上のやつは使えます。右は全部駄目です。下の金属は、部品取りなら使えます」


 ララが中身を確認する。


「合っているな」


「なんか、ゲームみたいですね」


「ゲーム?」


「いや、なんでもないです」


 作業は進んだ。


 真壁は視線を制御しながら、言葉だけで仕分けを続ける。直接触れると発動しやすい。だから触らない。見すぎると反応する。だから一瞬だけ見る。


 思ったより、できた。


「(……いけるな、これ)」


 手を使わない。


 壊さない。


 ただ、見て、分ける。


 それだけなら、まだましだ。


 その時だった。


 倉庫の奥から、金属の擦れる音がした。


 ――ギィ。


 真壁の肩が跳ねる。


「……今の」


 ララがすぐに剣へ手をかける。


「下がれ」


「またですか……」


 真壁は心底嫌そうに後ずさった。


 箱の山の向こう側。


 影が動く。


 人ではない。


 小さい。


 低い。


 四足。


「……機械?」


 出てきたのは、小型の装置だった。


 金属でできた体。四本の細い脚。中央に歯車のようなものが露出している。目のような部分が淡く光り、ぎこちない動きでこちらへ近づいてくる。


「自律機構……?」


 ララが呟いた。


「古い警備装置か」


「警備……?」


 真壁は顔を引きつらせた。


「なんで倉庫にそんなものが」


「廃棄予定だったのだろう。だが完全には停止していない」


 装置は、ぎこぎこと音を立てながら動く。


 明らかに壊れている。


 脚の一本が歪んでいる。


 歯車の噛み合わせがずれている。


 それでも、動いている。


「(うわ、うわ、うわ)」


 真壁の指先が震えた。


 壊れているのに動くもの。


 それは、かなり気持ち悪い。


 止めたい。


 直したい。


 いや、止めたい。


 とにかく、この不自然な動きを止めたい。


「真壁、見るな!」


 ララの声。


 だが、遅い。


 真壁は、見てしまった。


 歯車。


 継ぎ目。


 ずれ。


 負荷のかかっている一点。


 そこに触れれば、止まる。


 確信があった。


 ――パツン。


 真壁の右手が、前へ出る。


 触れた。


 瞬間。


 装置の動きが、止まった。


 だが、それだけでは終わらなかった。


 歯車が外れる。


 脚の接合部が外れる。


 金属の継ぎ目が、次々とほどける。


 ガラガラと音を立てて、装置は床に崩れ落ちた。


 完全に、動かなくなる。


「……」


 静かだった。


 真壁は、自分の手を見た。


「……止めました」


 ララは剣を下ろした。


「破壊したな」


「止めたかったんです」


「結果的には同じだ」


「……ですよね」


 倉庫担当が駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!?」


「装置は停止した」


 ララが答える。


「助かりました……あれ、最近勝手に動き出すようになって、困ってたんです」


「廃棄対象だな」


「はい……でも、部品は再利用できるので……」


 真壁はその言葉に反応した。


「部品、使えるんですか」


「え? あ、はい。歯車とか、金属板とか、修理に使えるので」


 真壁は、崩れた装置を見る。


 さっきほどの嫌悪感は、少し薄れていた。


 動いていない。


 ただの部品だ。


 壊れているが、整っている。


「……これ、分けます?」


 倉庫担当の目が輝いた。


「お願いします!」


 ララは小さく息を吐いた。


「やるのか」


「動かないなら、怖くないです」


「そうか」


 真壁は手袋越しに、装置の部品を触った。


 歯車。


 継ぎ目。


 ひび。


 ほどけそうな部分。


 だが、今は「壊す」のではなく「分ける」ことを意識する。


「これは使える。これは駄目。これは……削れば使えるかも」


 気づけば、作業に集中していた。


 怖くない。


 うるさくない。


 静かだ。


 壊れているものを、整える。


 それは、真壁にとって少しだけ落ち着く作業だった。


 ララはその様子を見ていた。


「(戦闘ではなく、処理と整理か)」


 真壁の適性は、明らかにそこにあった。


 壊れたものを分ける。


 接続を外す。


 不要なものを取り除く。


 戦うための力ではない。


 だが、だからこそ扱いが難しい。


 その時。


 倉庫の外から、誰かの声がした。


「おーい、ここか?」


 軽い声。


 聞き覚えがある。


 真壁の肩が固まる。


「……来た」


 ララが低く言う。


 扉が、開いた。


 そこに立っていたのは、くたびれた外套の男。


 ヴォルフだった。


「また来ました」


 真壁が呟く。


「また来た」


 ヴォルフは笑った。


「いやー、今日は静かに仕事してるじゃん」


「邪魔しないでください」


「邪魔しに来たわけじゃねえよ」


 ヴォルフは倉庫の中を見渡す。


 壊れた道具。


 分けられた部品。


 そして、真壁。


「……いいね」


 彼の目が細くなる。


「お前、壊すだけじゃねえな」


「壊してないです。分けてます」


「同じだろ」


「違います」


 真壁は即座に否定した。


 ヴォルフは少しだけ驚いたように眉を上げる。


「へえ。そこはこだわるんだ」


「違うものは違います」


 少しだけ、強い口調だった。


 ララがその横顔を見た。


 真壁は、初めてはっきりと自分の意思を出していた。


 壊すのではない。


 分ける。


 整える。


 それが、自分のやり方だと。


 ヴォルフは楽しそうに笑った。


「ますます面白いな」


「面白くないです」


「いや、面白い」


 彼は一歩、近づいた。


 ララの剣が動く。


「それ以上近づくな」


「分かってるって」


 ヴォルフは止まる。


 そして、真壁を見た。


「なあ、ほどき屋」


「その呼び方やめてください」


「じゃあ整備屋?」


「それも嫌です」


「注文多いな」


 ヴォルフは肩をすくめた。


「ま、いいや。次は外だな」


「外?」


 真壁が顔を上げる。


「動くやつ、いっぱい見れるぞ」


「見たくないです」


「そう言いながら、見たら止めたくなるんだろ」


「……」


 否定できない。


 ヴォルフはにやりと笑う。


「楽しみにしてるぜ」


「俺はしてません」


「してるって」


 そう言い残して、彼は倉庫を出ていった。


 静寂が戻る。


 真壁は大きく息を吐いた。


「……あの人、何なんですか」


「お前に執着している」


 ララが答える。


「なんでですか」


「面白いからだろう」


「最悪ですね」


「同感だ」


 真壁は崩れた装置の部品を見つめた。


 静かだ。


 動かない。


 うるさくない。


 だが、さっきまで動いていた。


 そして、また動くものが来るかもしれない。


「……ララさん」


「何だ」


「俺、雑務で生きていくの、無理かもしれないです」


 ララは少しだけ考えた。


「無理ではない」


「本当ですか」


「だが、雑務だけで済むとは思うな」


「やっぱり……」


 真壁は肩を落とした。


 銅貨袋の重さが、少しだけ軽く感じた。


 それでも、彼はまだ信じていた。


 静かな仕事。


 安全な場所。


 誰とも関わらずに済む生活。


 それが、この世界でも手に入ると。


 だがその希望は、少しずつ、確実に削られていく。


 真壁悠の異世界三日目は、まだ終わっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ