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第34話


 オルデン・リースの屋敷は、暗殺未遂の直後から騒然としていた。


 使用人たちは廊下の端で身を寄せ合い、老執事は青ざめた顔で何度も同じ説明を繰り返している。騎士たちは応接室、廊下、庭、屋根、隣家との境界まで確認し、針が飛び出した本棚と、銀糸が仕込まれていた測量器具を慎重に解体していた。


 真壁悠は、その応接室の隅に立っていた。


 正確には、立っているつもりだった。実際には壁に背中を預け、今にも座り込みそうになっている。足が重い。胃が気持ち悪い。喉が渇く。目の前では、さっきまで自分たちと話していた老人が床に座らされ、騎士に介抱されている。


 嫌いな老人だった。


 それは変わらない。


 オルデンは、戦場の記録を整え、誰かが生きていた可能性を紙の上で消した人間だ。言葉の端々から、人を数として扱う冷たさが見えた。全体を守るために少数を切り捨てる。混乱を避けるために記録を綺麗にする。そういう言い方をする人間だ。


 真壁は、そういう人間が苦手だった。


 苦手というより、怖い。


 前世の学校にも、似た空気はあった。誰か一人が教室で浮いていても、全体の空気を守るために見ないふりをする。誰かの負担が限界を超えていても、決まりだから、仕方ないから、みんな同じだから、と言って流す。真壁はその中で、自分が少しずつ支払えなくなっていったことを覚えている。


 だから、オルデンを好きになれるはずがない。


 だが、死なせていいわけでもなかった。


「……面倒くさいな」


 小さく呟く。


 ララ・バーンが振り返った。


「何がだ」


「人間です」


「広いな」


「広いです。物の方がまだ分かりやすい」


 ララは応接室の中央に立っている。彼女の外套には、さきほど飛んできた銀の針を受けた跡が残っていた。布地が小さく裂け、針が触れた部分だけ細く変色している。毒はなかった。だが、もし喉や目に当たっていたら、命に関わっていたかもしれない。


 真壁はそれを見るたび、胸がざわついた。


 ララが一歩遅れていたら。


 オルデンだけでなく、近くにいたララも危なかったかもしれない。


 それが腹立たしい。


 誰に対してかと言えば、もちろんアルゴに対してだ。


「真壁」


 ララが低く呼んだ。


「はい」


「顔が怖い」


「俺が?」


「ああ」


「珍しいですね」


「怒っているのだろう」


「……はい」


 認めるのに、前より時間がかからなくなった。


 それも成長なのかもしれない。嬉しくはない。


「この人は嫌いです」


 真壁はオルデンの方を見ずに言った。


「でも、アルゴさんがこの人を消そうとしたのは、もっと嫌です」


「分かる」


「本当に?」


「ああ」


 ララは短く答えた。


 その声はいつも通り硬い。だが、真壁には少しだけ柔らかく聞こえた。


 応接室の入口から、若い騎士が入ってくる。


「ララ隊長。屋敷外周の確認、終了しました。侵入者の痕跡はありません。屋根にも足跡はなし。ただし、隣家側の雨樋に銀糸の残滓を確認しました」


「遠隔で仕掛けたか」


「その可能性が高いです」


「測量器具は」


「内部に小型の針筒と圧縮バネが仕込まれていました。測量針の振動を合図に本棚の装置が作動する仕組みです」


 真壁は顔をしかめた。


「最初からここに?」


 騎士が振り返る。


「おそらく、かなり前に」


「つまり、オルデンさんが喋る可能性まで読んで、先に仕込んでた」


 口に出すと、さらに気持ち悪かった。


 アルゴはその場で襲ったのではない。


 この家に仕掛けを置き、真壁たちがオルデンへ辿り着くことも、聴取することも、嘘の中心へ触れることも予測し、口が開きそうになったところで消す準備をしていた。


 読まれている。


 だが、完全ではない。


 針は外れた。


 ララが間に合った。


 オルデンは生きている。


「……アルゴさん、今頃どう思ってるんですかね」


 真壁が呟く。


 ララは測量器具を見た。


「失敗したと思っているだろう」


 その時、窓の外から声がした。


「いや、半分成功ってとこじゃねえか」


 真壁は反射的に振り向いた。


「出た!」


 ヴォルフが窓枠に座っていた。


 屋敷の二階ではない。一階の応接室だ。だからまだ驚きは少ない。いや、普通に驚く。窓から来る時点でおかしい。


「お前、外周確認にいたはずでは」


 ララが睨む。


「いたぜ。終わったから来た」


「扉を使え」


「騒がしいからな」


「だからこそ使え」


 ヴォルフは肩をすくめ、窓枠に座ったまま応接室を見回した。床に座るオルデンを見て、薄く笑う。


「生きてるな、爺さん」


 オルデンは顔を上げた。


 その目に、初めて明確な怯えが浮かんだ。


「……ヴォルフ」


「久しぶりだな」


「お前も、まだ生きていたのか」


「よく言われる」


 ヴォルフの声は軽い。


 だが、その軽さが逆に冷たい。


 真壁は二人の間に流れる空気の悪さを感じた。単なる旧知ではない。戦場で同じ出来事を別の立場から見た者同士の、重くて腐ったような沈黙。


「ヴォルフ」


 ララが静かに言った。


「挑発するな」


「してねえよ」


「している顔だ」


「顔は生まれつき」


「嘘をつくな」


 ヴォルフは笑ったが、それ以上は踏み込まなかった。


 ララはオルデンへ向き直る。


「オルデン・リース。あなたは保護対象となった。騎士団宿舎へ移送する」


「私を拘束する気か」


「保護だ」


「同じことだ」


「違う。あなたは命を狙われた。ここに置けば、再び狙われる可能性がある」


「……」


「そして、あなたには話してもらう必要がある」


 オルデンは黙った。


 さきほどまでの威圧感は、かなり薄れている。銀の針で殺されかけたことで、さすがに理解したのだろう。自分はもう安全な側にはいない。記録の中に隠れ、手続きの裏で生き残れる立場ではない。


 真壁はその姿を見て、少しだけ複雑な気分になった。


 嫌いだ。


 だが、哀れでもある。


 そう思ってしまうのが嫌だった。


「……保護するってことは」


 真壁は言った。


「この人を守るってことですよね」


「そうだ」


 ララが答える。


「俺も関わります?」


「お前は休め」


「本当ですか」


「今はな」


「今は」


「明日以降、記録確認は必要になる」


「ですよね」


 真壁は深くため息を吐いた。


 守りたくない証人。


 そんな言葉が頭に浮かぶ。


 オルデンは、真壁にとって守りたい相手ではない。むしろ、放っておきたい。関わりたくない。だが、この老人が消されれば、嘘の中心も消える。アルゴが何者なのか、なぜ死んだことにされたのか、その手がかりが失われる。


 だから守る。


 嫌いでも。


 それが、今の状況だった。


「……難しい」


 真壁はまた呟いた。


 ヴォルフが窓枠で笑う。


「人間は面倒だろ」


「はい」


「でも、お前、だいぶ慣れてきたな」


「慣れたくないです」


「そう言いながら、ちゃんと見るだろ」


「見たくないです」


「でも見る」


「……そうですね」


 認めたくはなかった。


 だが、否定できなかった。


   ◇


 オルデンの移送は、表向きには医療保護という形になった。


 襲撃を受けた退役工兵監督官を騎士団宿舎へ移す。理由としては十分だった。もちろん、実際には監視付きである。屋敷から持ち出す資料は最低限。家人には、命の危険があるため外部との接触を控えるよう通達された。


 真壁は移送馬車に同乗しなかった。


 ララがそう判断した。


 オルデンと同じ空間に長くいるのは、今の真壁には負担が大きい。そう言われた。反論する理由はなかった。むしろ感謝しかない。


 ただ、騎士団宿舎に戻っても休めるわけではなかった。


 小会議室に、オルデンの屋敷から押収した古い資料が積まれている。


 真壁はそれを見た瞬間、顔を覆った。


「……紙が増えた」


 ララが横で言う。


「全部は見せない」


「その言葉だけで少し救われます」


「まずこちらで分類する。お前には、違和感のあるものだけ見てもらう」


「違和感のあるものだけって、もう嫌な予感しかしないんですけど」


「だろうな」


 記録官たちが資料を分けていく。


 北方戦役関連。


 収容所関連。


 工兵部隊関連。


 測量術式関連。


 針工師関連。


 その中に一冊、古い革表紙の手帳があった。


 記録官が手を止める。


「これは……私的な日誌のようです」


 ララが受け取る。


「オルデンのものか」


「署名はありませんが、筆跡は屋敷内の書簡と一致します」


 真壁は嫌な予感がした。


「日誌って、一番読んじゃ駄目なやつでは?」


「証拠だ」


「ですよね」


 ララは手帳を開く。


 数ページめくり、眉を寄せた。


「北方戦役末期の日付がある」


「読みます?」


「まず私が見る」


 ララは立ったまま読み始めた。


 真壁は少し離れて椅子に座る。読みたくない。だが、ララの表情が変わるたび、気になる。こういう時、自分の神経が本当に厄介だと思う。


 数分後、ララが手を止めた。


「真壁」


「はい」


「一箇所だけ見てほしい」


「もう嫌です」


「無理ならいい」


「見ます」


 即答してから、自分で嫌になった。


 ララは手帳を机へ置き、該当箇所を指した。


 真壁はそこだけを見る。


 古い文字。


 整った筆跡。


 内容は短い。


『アルゴは、また戻せると言った。壊れた者も、失われた者も、名前さえ残っていれば戻せると。狂気だ。だが、あの目は本気だった。彼は修理と蘇生を混同している』


 真壁は、しばらく文字から目を離せなかった。


「……蘇生」


 喉が乾く。


 ララの表情も硬い。


 ヴォルフが壁際から歩いてくる。いつの間にかいた。もう驚く気力がなかった。


「何だって?」


 ララが手帳を示す。


 ヴォルフが読む。


 顔から笑みが消えた。


「……そういうことか」


「知っているのか」


 ララが問う。


 ヴォルフはしばらく黙った。


「噂はあった。アルゴは、壊れた機械より、壊れた人間を直したがってたってな」


 真壁は顔をしかめる。


「壊れた人間って言い方、嫌です」


「ああ。俺も嫌いだ」


 ヴォルフは珍しくすぐ同意した。


「戦場じゃ、身体も心も壊れる。手足を失う奴、声を失う奴、記憶が飛ぶ奴、仲間の名前だけを繰り返す奴。アルゴは、そういう奴らを見てた」


「治療師ではないのか」


 ララが聞く。


「違う。工兵だ。金属と構造と術式の専門。だが、あいつは人間も構造だと思ってた」


 真壁の胃が重くなる。


 人も構造。


 それは、アルゴの言葉と繋がる。


 人も、街も、設備も、記録も、全部同じように扱う。


「……それで、死んだ人を戻そうとした?」


「かもしれねえ」


 ヴォルフの声は低い。


「戦場の末期、収容所で何があったかは曖昧だ。だけど、アルゴが何かをやろうとしてたのは確かだ。壊れた者を戻すとか、名前から形を呼び戻すとか、そんな話をしていたって聞いた」


 真壁は手帳を見た。


 名前さえ残っていれば戻せる。


 認識票。


 名前。


 死者。


 直せないもの。


「……最悪だ」


 真壁は呟く。


 この場合の最悪は、単なる悪意ではない。


 もっと厄介だ。


 アルゴは壊したいだけではないのかもしれない。


 直したいのかもしれない。


 ただ、その修理観が決定的に壊れている。


「真壁」


 ララが静かに呼んだ。


「お前はどう読む」


「……アルゴさんは、直したかったんだと思います」


 言いたくなかった。


 だが、そう見えた。


「でも、直せないものを直そうとした。死んだ人とか、壊れた心とか、戻らない時間とか」


「それが今の行動に繋がるか」


「たぶん」


 真壁は手帳を見つめる。


「王都を壊してるんじゃなくて、王都が壊れてることを証明してる。直すために。いや、直すって本人は思ってる。でもやり方がめちゃくちゃ」


 自分の言葉が嫌だった。


 アルゴを少し理解してしまう。


 それが嫌だ。


「……俺と似てますかね」


 小さく言った瞬間、ララが即座に答えた。


「違う」


 早かった。


 迷いがなかった。


 真壁は顔を上げる。


「でも」


「違う」


 二度目。


「お前は、直せないものを直せると言わなかった。昨日、認識票を見て、直せないと認めた。その上で、なかったことにはしないと言った」


「ララさんが言ったんです」


「お前も選んだ」


「……」


「アルゴは、直せないものを直せると思っている。そこが違う」


 真壁は黙った。


 その違いは、少しだけ分かる気がした。


 直せないものを直せないと認める。


 それは諦めではない。


 なかったことにしないための、別の方法。


 アルゴは、その境界を越えたのかもしれない。


 直せないものまで修理しようとした。


 その結果、人間も街も記録も、全部を材料として扱うようになった。


 ヴォルフが手帳をめくる。


「続きがある」


 真壁は顔をしかめた。


「まだあるんですか」


「あるな」


 ヴォルフは読む。


『収容所の地下に、彼は針を置いた。認識票、骨片、名簿、術式糸。工兵監督官として止めるべきだった。だが、上は成果を求めている。失われた兵を戻せるなら、戦況は変わる。私は見なかったことにした』


 部屋の空気が凍った。


 ララの顔が、はっきりと険しくなる。


「見なかったことにした」


 真壁は呟いた。


 まただ。


 見ない。


 壊れているものを見ない。


 危険を見ない。


 人を材料にしようとする狂気を見ない。


 その結果、何かが起きた。


「……地下」


 真壁は収容所跡を思い出す。


 診療小屋。


 認識票。


 銀糸。


 そして、見ていない場所。


 ヴォルフが「あっちは見るな」と言った場所。


「ヴォルフさん」


「何だ」


「あの収容所、地下ありました?」


 ヴォルフは表情を変えなかった。


 だが、少しだけ間があった。


「ある」


「見ました?」


「ああ」


「そこに、何が?」


 ヴォルフはすぐには答えない。


 ララも黙って待つ。


 やがて、ヴォルフは低く言った。


「失敗作だ」


 真壁は言葉を失う。


「何の」


「人を戻そうとしたものの、失敗作」


 部屋が静まり返った。


 ヴォルフは笑わなかった。


「俺が見た時には、もう動いてなかった。人の形をしてるようでしてないもの。骨と金属と、認識票と、針と糸で繋がれた何か。あれを見て、俺たちは地下を封鎖した」


「報告は」


 ララが聞く。


「上げた。だが、多分握り潰された。オルデンか、その上かは知らねえ」


 真壁は身体が冷えていくのを感じた。


 直せないもの。


 その先。


 直せないものを直そうとして、作られたもの。


 見たくない。


 本当に見たくない。


 だが、アルゴは見せようとしている。


「……地下に行く流れですか」


 真壁はかすれた声で言った。


 ララはすぐ答えなかった。


 それが答えだった。


「嫌です」


「分かっている」


「本当に嫌です」


「ああ」


「でも、そこに答えがあるんですよね」


「可能性は高い」


 真壁は頭を抱えた。


 行きたくない。


 今までで一番行きたくない。


 水門も、鐘塔も、旧測量塔も、評議会場も嫌だった。だが、それらはまだ街の設備だった。今回は違う。人の死と、過去と、狂った修理がある。


 それでも。


 もしそこに、アルゴが何者なのかの答えがあるなら。


 もし今のアルゴが、その失敗作と関係しているなら。


 読まないわけにはいかない。


「……今日は行きませんよね」


 真壁は確認した。


「行かない」


 ララが即答した。


「本当ですね?」


「本当だ」


「神」


「騎士だ」


 いつもの返し。


 だが、その場の空気は重いままだった。


   ◇


 夜。


 真壁は自室で一人、天井を見ていた。


 地下。


 失敗作。


 骨と金属と認識票と針と糸。


 壊れたものを直す。


 死んだ者を戻す。


 その発想が、頭の中で絡まって離れない。


 真壁はずっと、修理とは対話だと思っていた。


 いや、前世ではそんな立派な言葉を持っていたわけではない。四畳半で紐を打っていただけだ。だが、異世界に来てから、壊れた設備を見て、何となく分かってきた。


 壊れたものには、理由がある。


 負荷がある。


 無理がある。


 そこを見て、無理を逃がし、戻れる場所へ戻す。


 それが自分の修理だ。


 でも、死んだものは違う。


 戻る場所がない。


 戻してはいけない。


 それを無理に戻そうとすれば、別の何かになる。


「……アルゴさん、何作ったんだよ」


 呟く。


 返事はない。


 コン、コン。


 扉が鳴った。


 ララかと思った。


 だが、声はしなかった。


「……ララさん?」


 返事がない。


 真壁の身体が固まる。


 窓を見る。


 閉まっている。


 扉を見る。


 もう一度、コン、コン。


 真壁は立ち上がらなかった。


「誰ですか」


 返事はない。


 代わりに、扉の下の隙間から何かが滑り込んできた。


 小さな金属片。


 真壁の喉が鳴る。


 近づきたくない。


 だが、見えてしまう。


 ズレた歯車。


 文字。


『地下で待つ。君なら、私を直せるか』


 真壁は、その文字を見た瞬間、初めてはっきりと言った。


「無理だ」


 声が震えていた。


 だが、言えた。


「俺は、人間は直せない」


 扉の向こうには、誰もいない。


 それでも真壁は続けた。


「死んだ人も、壊れた過去も、あんたも、直せない」


 胸が苦しい。


 でも、止まらなかった。


「でも、だからって、あんたが何してもいい理由にはならない」


 廊下の向こうで、足音がした。


 騎士の声。


 ララの声。


「真壁!」


 扉が開く。


 ララが飛び込んでくる。


 廊下には騎士たちがいる。誰も侵入者を見ていないらしい。


 真壁は金属片を指差した。


「来ました」


 ララが文字を見る。


 顔が硬くなる。


「地下で待つ、か」


「はい」


「真壁」


「何ですか」


「無理はするな」


 真壁は笑いそうになった。


 笑えなかった。


「無理ですよ」


「そうだな」


「でも、行くんですよね」


「行かない選択もある」


「あります?」


「ああ」


 ララは真壁を見て言った。


「お前を守ることも、選択肢だ」


 真壁は黙った。


 その言葉は重かった。


 逃げてもいい。


 見なくてもいい。


 そう言われている。


 だが。


 地下で待つ。


 君なら、私を直せるか。


 真壁は金属片を見下ろした。


「……直せないって言いに行くのは、ありですか」


 ララは少しだけ目を見開いた。


「何?」


「俺はあんたを直せないって。直せないものは直せないって。そう言いに行くのは、ありですか」


 ララはしばらく黙った。


 そして、静かに頷いた。


「ありだ」


 真壁は深く息を吐いた。


 怖い。


 行きたくない。


 本当に、心の底から行きたくない。


 だが、アルゴに言わなければならない気がした。


 直せないものは直せない。


 それでも、なかったことにはしない。


 その違いを。


「……じゃあ、行きます」


 真壁は言った。


「でも報酬は高めで」


 ララはほんの少しだけ笑った。


「交渉する」


「神」


「騎士だ」


 そのやり取りを聞きながら、真壁は金属片から目を逸らさなかった。


 地下で待つ。


 そこには、きっとこの件の一番嫌な中心がある。


 真壁はそれを見たくなかった。


 だが、今度は少しだけ違う。


 直すためではない。


 直せないと言うために。


 そして、なかったことにしないために。


 彼は、行くことを選んだ。

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