自己紹介
「初めまして。この教室の担当となりましたノエミ・アルタヴィッラです。数多くの教養、初歩の魔法、算術、神学、幾何、天文等々、数多くをここで学んでいただきます。この学校内において、私は出自がどうであろうと、無礼な態度を取る相手に容赦は致しません。そのことを努々、忘れなきよう。従者の方々も、それを踏まえていただきたい」
神経質そうな中年の女性だ。切れ長の眼が吊り上がっており、冷徹な印象を受ける。
それを察したのか、隣のリュディも黙ったし、先ほど僕に絡んできた三人組も雑談を止めた。
この人は雰囲気だけで場を支配できる人だ。
「では全員、ひとりずつ前に出て自己紹介を。最前列の右から」
僕だった。最前列には、僕とリュディしかいないしね。なぜこういう時、皆は後ろとか端に行きたがるのだろうか。
そんな普遍的な疑問を頭の隅に追いやり、僕は席を立ち前に出て、一旦間を取るように周囲を見渡す。
「……先ほど講堂の壇上でも挨拶させていただきましたが、バグナイアの街出身のロモロです。皆様と大きく違う立場ではありますが、勉学・教養・魔法についていけるよう頑張りたいと思います」
「ロモロ、あなたは夢や目標はありますか?」
突然、ノエミ師にそう問われ、一旦落ち着いて考える。
この学校でそのために何をするか、ってことかな?
「もっともっと多くの知識を手に入れたいですね。卒業までにここの図書館ですべての本を読みたいと思っています。僕が入学を決めた理由のひとつです」
「よろしい」
答えに満足したのかどうかはわからないが、これ以上、特に語る必要はないようだ。
禁書を探しに来ましたとか、お姉ちゃんのために人脈を広げに来ましたとかなんて言うわけにいかないしね。魔法を学びに来たくらいは言ってもよかったかな。
僕が戻ると、次はリュディの番だった。
「リュディヴィーヌ・ド・オードヴィルだ。アルコバレーノ王国、オードヴィル伯爵家の長女で留学生。魔導具を開発してるから知ってる人は知ってるかもね? みんなも知らず知らずのうちに使ってるはずさ」
教室も少しざわつき始める。
「オードヴィル商店の元締めの家ですね」「伯爵から侯爵に叙されるという噂の……」「魔導具開発の功績でまた領地を受領したとか」「うちとも取引がありますので……」
そんな会話が聞こえてきた。と言っても、従者の人たちが主に教える形で、生徒同士で語り合っているわけではない。
彼女、魔導具開発してる貴族の子だったのか。
魔導具とは魔法を使った道具であり、人の使う魔法ほどではないが、それに近いことができる。歴史はまだ浅いが、明かりをつけたり、火を点けたり、水を出したりといった生活に関わる道具らしい。もっとも非常に高価な代物で平民が見るのは稀だけど。
雑談を断ち切るように、ノエミ師が手を叩くと教室は静まり返った。
静かになってからリュディは続ける。
「夢は魔導具をもっと安くして、大陸全土に行き渡らせること。魔導具は貴族だけで独占するものじゃない。あまねく世界に広げて、生活を豊かにするものだからね」
「結構。では、次」
リュディも終わって、他の面々がノエミ師に促されて次々と自己紹介を行っていく。
ただ、やはり子供ということもあってか、言葉が辿々しい。
僕は前世の記憶があるから上手く喋れるけど、リュディは教育の賜物なのだろうか。
僕に絡んだ三人組もあの時の勢いはどこへやら、しどろもどろだった。ノエミ師が目を光らせているからかもしれない。
「次」
最後列になって、ひとりの男子がゆっくりと降りてくる。
壇上で前に向き直り――一瞬だけ僕を強く睨んだ。
「ゼークト・ゲルド・デ・ランチャレオネ。ランチャレオネ公爵の次男だ」
漆黒の短髪で瞳も黒い。他の生徒たちとは身体の大きさも一回り違っていた。
今までの生徒とは雰囲気が違う。
それもそのはずだ。ランチャレオネはスパーダルドと並ぶ四大公爵家のひとつ。
槍とライオンを紋章としたランチャレオネの兵士は勇猛なことでも有名で、出身者は気性が荒い者も多いという。
「父と兄の助けとなるべく、ここであらゆることを学ぶ。特に槍を鍛え、誰にも負けない技量を身に付ける。もちろん魔法に於いても一流を目指す。以上だ」
「結構」
そして、彼――ゲルドはまた僕を睨む。
ランチャレオネはスパーダルドと仲が悪いと聞いていた。
……というよりも四大公爵家はどこも仲が良くないらしく、特にランチャレオネとスパーダルドは領地係争問題があるという。そのためか仲の悪さがかなり際立っているようで、州境でちょくちょく小競り合いもあるとか。
スパーダルドを後援とした僕を牽制してきたのかもしれない。
ただ、彼とのコネクションは非常に重要だ。
お姉ちゃん曰く、魔族との決戦中、ランチャレオネにスパーダルドの大鉱脈を奪われ、そのせいでスパーダルドは装備の自給や鉄製品の修復ができなくなっていったという。
それを実行したのは次男の彼ではないはずだが、良好な関係を築ければランチャレオネへのアプローチは可能になるかもしれない。
まずは、彼の人となりを知っていこう。プライドが高そうだから慎重にね。
「では次。最後ですね」
最後のひとりが、先ほどのゲルドよりもさらにゆっくりと降りてくる。
誰もがその仕草に見入っていた。
金髪碧眼で、容姿は神が整えたのではないかと思うぐらい均整が取れている。
「リナルド・ディ・ファタリタ。ファタリタ王家、第六王子である」
誰も囁きすらしない。
たぶん、貴族の人たちは知っていたんだろうな。王族がこの教室にいることを。
教室に入ってから目には付いていたのだ。気品のある従者がふたりいたし、誰もが注目しつつも、彼に近づかなかった。周囲とは明らかに雰囲気が違っていたのだ。
まさか王族までいるとはね……。貴族の人たちはやりにくそう。
「先ほど、そこの平民――ロモロだったか。彼と、テアロミーナ女史が言っていたように、ここで身分は関係ない。皆と共に歩んで行ければと思う」
「……何か夢や目標はありますか?」
「夢は語るものではない。秘めるものだ。目標はこれから見つける。そのための学校だ」
「いいでしょう」
ノエミ師も今、どういう感情でいるんだろうな。
身分は関係ないと言っても、限度はあるだろう。最終的に区別は絶対に必要だ。
「全員終わりましたね。では、本日はこれで終わりです。まだ諸事情で入学の遅れている者がおりますが、そちらはまた来てから自己紹介をしてもらいます。明日から本格的に授業を始めますので、くれぐれも寝坊などしないように」
それから幾つかの連絡事項や規則についての説明を受け、それが終わるとノエミ師は教室から出て行った。
少しずつ空気が弛緩していく。
リュディがわざとらしく大きく息を吐いた。
「ふー。あの教師、おっかないねー」
「いなくなった途端、それか」
「気を抜くべき時は気を抜くべきだよ。それにしても、あの人は王族にも公爵家の人間にもまるで態度を変えなかった。経験豊富そうだね」
「平民の僕にも変えなかったからね。見下すこともなかったし」
「あの人は信用できそうだ。というわけで、ちょっとこの学校の探険といかないか?」
「話飛んだような気がするけど、なにがというわけなの……?」
「さっきの話の続きさ。平民のことを聞きたいと言っただろう? 話は学校の探険をしながらでもできる。口と足は別々に動かせるわけだからね。効率的だと思わないかい?」
まさか今日を指定してくるとは思わなかった。
学校を歩いて見学するのはいずれやろうとは思っていたけども。学校にあるらしい図書館を探さないといけないのだ。ここに来た目的のひとつにワールドルーツがあるし。
傍に寄ってきたニコーラに目を向けると、にこやかに頷いた。どうやらいいらしい。
「わかったよ。じゃあ、行こうか」
「そうこなくちゃ」
リュディは満足げな笑みを浮かべて立ち上がる。
思い立ったら即行動というのは、お姉ちゃんに似ているな。




